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出着点 ~しゅっちゃくてん~  作者: 東雲綾乃
第1期 第2章 世界一へ
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ただいまの返事

 柚希は蒼依に続いて階段を登っていった。


 そして、その足が音楽室へ向かって迷いなく進んでいると気付いたのはどの辺りのことだっただろうか。

 二人は音楽室の前に立つ。柚希は一応もう一度蒼依に確認を取る。


「蒼依ちゃん、ほんとに休みの学校に入ってて大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だから」


 蒼依がバッグからスマホを出したとき正面にある音楽室のドアがガチャリと音を立てて開き、凌久が部屋から出てくる。


「お、柚希! おかえりな。お疲れ様」

「凌久…………?」


 こちらも柔らかいブラウン系の色に髪を染めた凌久が廊下を走ってくる。普段であれば地毛の生徒で溢れているはずのこの廊下に髪を染めた二人が当たり前のように立っているのはどこかアンバランスのように感じられた。

 もちろん柚希もピンクブラウンに染めているからアンバランスの構成要素である。


「柚希、金メダルおめでとな」

「凌久こそ大学合格おめでとう」

「もう、今はおめでとう言ってくれる人いるから言わなくていいぞ」


 記憶と同じように素直ではない凌久が、耳の先端をほんのりと赤くし、若干明後日の方向を見つめながら口にする。

 三年前は柚希が卒業と合格祝いを言った記憶がある。柚希は微笑んだ。


「お義母さんに会ったよ。いつだったか凌久が言ってた通り、面白い人だね」

「だろ」

「昔話はまたあとでね。柚希ちゃん、凌久くん、行こう」


 蒼依の言葉に頷き柚希が歩いていくと、音楽室の中からはなにやら物音がしてくる。


 ドアの前に立つ。柚希の思っていたことは正しそうだ。二人以外にも誰かがいる。





 凌久と蒼依が大きく扉を開け放つ。





「え…………」


 柚希の口から思わず声が漏れた。

 想像もしていなかった光景が広がっていた。三年前共に全国を目指し切磋琢磨し合った仲間たちが顔を揃えていた。


「ちょっと……待って…………」


 柚希は一度廊下に引き返す。その時だった。


 音楽室から懐かしい曲が流れ出したのは。毎日何時間も吹き続けていた、吹いていなくても勝手に指が動き出してしまうほど練習していた、あの年のコンクールの課題曲が流れてきた。


 CDの音ではないことに気づいた柚希は思わず音楽室を覗く。

 そこではかつての仲間たちが楽器を奏でていた。

 柚希は頬を涙がつたるのを止めることができなかった。柚希の頬を後から後から絶え間なく優しい水滴が流れていく。


「なんで……」


 柚希の呟きに答えたのは低い声だった。


「羽澄の金メダルの後、唐突に大和から連絡があってな。気がついたらみんな来ることになってた」


 柚希が振り返るとそこには顧問の足利(あしかが)が立っていた。


「将軍先生…………」


 実際には何の関わりもないらしいが室町幕府の足利家と名字が同じため、当時から将軍先生と呼ばれていた吹奏楽部の顧問だ。


「久しぶりだな。羽澄」

「将軍先生……あのときはご迷惑を多々おかけして申し訳ありませんでした」

「気にするな。羽澄のおかげで全国行けたんだ」

「わたしじゃなくて、みんなの努力の賜物ですよ」

「そのきっかけになったのは羽澄だからな。そもそもこの部活をより強くしてくれたのも羽澄がいたからだ」


 足利は柚希の背中をそっと押した。


「羽澄、入れ。みんなお前が来るのを待っていたんだ」

「…………」


 柚希は涙を拭くと音楽室に入った。

 あの頃と変わらない部屋。あの頃と変わらない仲間の笑顔。変わらない景色が柚希を迎え入れた。

 それでも、彼らは全員顔つきが少し変わっていた。それはそうだろう。柚希が三年生だったときの一年生ですら既にこの学校から巣立っているのだ。柚希には纏うことのできなかった、みずみずしい輝きが彼らにはあった。


 この輝きは何だろうと考えた柚希は、あぁ、今は三月なのか。と思いいたる。

 三月独特の四月からの新生活への少しの不安と希望で輝く仲間たちの姿に嫌でも自分との間に生まれた距離を感じさせられてしまう。


 同級生たちの中にはすでに高校を卒業した人たちもいるようだ。だから髪を染めているのかと納得すると同時に嫌でも時の流れの速さを実感してしまい少しばかり寂しくなる。


 柚希は前に進み出る。


「みんな、パラリンピックの……ここまでずっと応援してくれてありがとう。やっと戻ってこれました。いろいろなことがあったけれど、フルートをやめたからこそみんなに胸を張って合えるようにしたいって思って頑張ってきました。ちょっと長くなるかもしれないけど、聞いてください」


 そう言うと柚希はゆっくりと話し出した。









 事故の後、わたしが音楽の世界から抜け出したのは新しい自分を見つけたかったから。それまでは祖母のおかげでフルートでは無敵の羽澄柚希でいられたけど、事故に遭ってしまって……


 何か変わりたかったんだよね。祖母の名前に守られているのは嫌だった。

 フルートやめたのは吹奏楽が嫌いになったわけでもないし、みんなと会いたくなかったからとかでは全くない。それは分かってください。


 だけど、やめるからにはみんなに次会ったときに誇れる自分でいたかったの。だから、自分に課題を出した。それがパラリンピックの金メダルだったってことなんだけど……。世界一になったら、みんなは許してくれるかなって。逆にそうでなかったらみんなと音楽を捨てたわたしを許してくれないんだろうなって思ってた。


 だんだんスキーで結果が残せるようになったけど、中学時代の人でわたしに連絡してくれるのは蒼依ちゃんと凌久だけだったから、もう忘れられてるんじゃないかな……って思ってたのにさ、何このサプライズ? ほんとに嬉しい。


 みんなありがとう。応援してくれてありがとう。今日来てくれてありがとう。忘れないでくれてありがとう。


 あの時からずっと伝えられてなかったのでここでちゃんと言います。全国の金賞、おめでとう。本当に一人の吹奏楽部員として嬉しく思います。もちろん一緒に行きたかったのはあるけど、みんなが達成してくれて感謝してる。

 そしてみんな高校卒業おめでとう。


 わたしのこと許してくれますか? みんなはわたしに金メダルおめでとうって言ってくれますか?








 途中から柚希は泣いていた。柚希だけではない。そこにいる皆の目に光るものが浮かんでいた。柚希は泣き笑いで微笑む。





「みんな、これ見て?」


 柚希がショルダーバッグから取り出したのは黄金色に光輝く柚希の努力と約束の結晶だった。


 音楽室中から息をのむ音が聞こえる。


「どうぞみんなで回してください」


 柚希は隣にいた蒼依の手にポンとメダルを置いた。蒼依は部長の手にそれを置く。部長はそれを隣の人の手を置く。そして、柚希の方へ歩いてきた。


「羽澄。おめでとう」

「ありがとう」

「もう、何千人って言う人に言われてるだろうから何か違うこと言いたかったけど、他に思いつかなかった」

「何千人って……言いすぎだよ」


 柚希は笑う。部長は柚希を眩しいものを見つめるような目で見てくる。


「だけどな、羽澄の滑りたくさんの人の胸に届いたんだ。結城選手と交互に頂点取り合う羽澄の姿はとてもかっこよくて、尊敬した」


 隣で蒼依が深く頷く。


「ありがとう」


 柚希の口から自然と声が出る。


「みんな…………ただいま」

「お帰りなさい」


 忘れられていたと柚希が思っていたかつての仲間たちから帰ってきたのは暖かい言葉と大きな拍手、そして柚希がずっと見たいと思っていた最高の笑顔だった。

次回は『数に秘められた想い』、明日の更新予定です。

お楽しみに♪

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