J-086 空中軍艦と戦うには
砦に戻った翌日。
のんびりと部屋で寛いでいた俺達のところに、クラウスさんとオルバンが入ってきた。
リトネンさんが席を2人に譲って、俺の隣に腰を下ろす。直ぐにオルバンが筆記用具を取り出したから、俺達の話を記録するのだろう。
「それじゃあ、聞かせてくれ……」
クラウスさんが、そう言って顔を向けた相手はエミルさんだった。
さすがに分かっているな。リトネンさんは結果だけだし、イオニアさんはブリッジから離れていたからね。ファイネルさんだと脚色が入るかもしれないし、テレーザさんは案外無口なんだよなぁ。
エミルさんがテーブルに地図を広げて東の砦を出てからの飛行経路を示しながら、報告を始めた。
俺達は、黙って聞くだけだ。
ミザリー達が飲み物を用意してくれたので、コーヒーを飲みながら、席を窓際に移動してタバコに火を点ける。
「なるほど……。前線近くの集積所の攻撃は、尾根の先端近くで監視している部隊にもその火災が見えたそうだ。
さすがに港となると、状況が分かるのは今夜になるだろうな……。
ところで飛空艇は使えそうか?」
「使えるにゃ。でも改造して欲しいところがたくさんあるにゃ。エミル、あの案を出すにゃ」
エミルさんが笑みを浮かべると、昨日の概念図をテーブルに広げた。
「現在の飛空艇は多用途過ぎます。そもそも爆撃だけなら、飛空艇を使わずに済むでしょう。あれを開発した目的は、帝国軍の空中軍艦と戦えるという思いが反映されているはずです。それなら……」
「これだと、空中軍艦対応特化になりそうだが?」
「4イルム爆弾を最大10発は搭載できますから、帝国軍施設への爆撃も可能でしょう。補給艦隊への爆撃は、3イルム噴進弾で十分だと推測します」
飛空艇船尾の主推進機や尾翼すら撤去するというんだからなぁ……。
船尾のヒドラⅡの射界は船首の設けたヒドラⅡよりも広くなりそうだ。
「あの飛空艇はリトネン達専用になる。使い易いように改造するのは自由だし、その費用を惜しむことはない。
これをドワーフ族の工房長に渡すが、詳細な説明はエミルが別途行って欲しい」
「了解です。イオニアと共に説明に向かいます」
「それにしても、旧王都の港のその後の状況が知りたいところだな。停泊していた輸送船がその場で沈没したとなれば、港での荷役に大きな支障が出るだろう。場合によっては半年以上使い物になら無くなる可能性もある。
それに、仮設倉庫が焼失したとなれば軍事物資の欠乏が起こるだろう。旧王都にもそれなりの工房はあるが、銃弾は作れても砲弾は無理だ。それに蒸気戦車や蒸気機人の部品供給は帝国本土からの輸送だけだろう……」
「爆撃特化の飛空艇は作らないんですか?」
俺の問いに、クラウスさんが笑みを浮かべた顔を向けてきた。
「作ってるよ。だが、飛空艇ではなく飛行船だ。高度3000ユーデから4イルム砲弾を強化した爆弾を30個同時に投下できる。
高度3000なら、届く砲弾は無いからな。3隻ほど作っているそうだ」
「なら、飛空艇の特化は早期に行うべきでしょう。最初の攻撃は成功するでしょうが、次の攻撃時には空中軍艦がやって来るはずです」
やはり飛空艇で、空中軍艦に挑むことになるのは間違いないようだ。
そうなると武装強化をもう少し考えた方が良いように思える。
爆弾搭載量は減らしても、ヒドラⅡの操作性を上げる工夫を考えたいところだ。
砦に戻った2日目は、エミルさん達が車庫に出掛けて行った。
いつの間にか車庫を拡大して、飛空艇を収められるようにしてあるんだから、ドワーフ族の工事の腕は俺の想像を超えている。
残った俺達はヒドラⅡの操作性を上げるにはどうするかという議論を繰り返している。
一番の問題は、輸送船攻撃時に撃てた砲弾が1、2発だったことだ。
「連装にすれば2発は撃てそうだが、3発目に時間が掛かりそうだ」
「フェンリルのような構造に出来ないんですかねぇ……」
「理想だが、そうなると機構部品の強度が問題になりそうだな。それにあの砲弾だ。マガジンに数発入れるとなるとマガジン内のバネの強度も課題になりそうだな」
色々とアイデアは出るんだが、一番の問題は操作性とヒドラⅡを構成する部品強度になるようだ。
鍛造品という手もあるようだが、フェンリルの部品点数はかなり多い。それを全てヒドラⅡの大きさで作るとなると簡単にできるということにはならないらしい。
最終的な案は、連装化とヒドラⅡのレシーバ部の上に3発が納められる砲弾マガジンを設けること、それに装填時のボルト操作をヒドラⅡの下部に設けたレバーを足で蹴ることで行うというものだった。
「これなら砲弾の重さで下に落ちるからな。1発を装填した状態なら4発を続けて発射できる。連装なら8発だ」
「砲弾マガジンだけなら、側面のヒドラⅡにも付けられるだろう。砲弾をポケットに入れておくより遥かに早く装填できるぞ」
ある程度纏まったところで、ハンズさんが駐車場に出掛けて行った。
さて、どうなるかな?
良いアイデアだとは思うんだけど、実現性という難問が残っている。そこはドワーフ族の職人に考えて貰おう。
「爆弾区画は別の名で呼ぶことになりそうだな。爆弾は全て翼に吊るすとなると、完全に砲撃だけになるんじゃないか?」
「砲塔区画と呼びたいですね。3連装の3イルム噴進弾の装填が面倒ですけどね」
「その辺りは工夫がいるだろうな。それに床が開くんだから、安全帯を付けないと落ちる危険性もある」
俺も欲しいな。半球状の銃座だからなぁ。防弾ガラスとは言っても、直接ガラスを踏むことは出来ないんだよねぇ……。
日が傾く頃になって、皆が帰ってくる。
伝えることは伝えたから、後はドワーフ族にお任せということらしい。
しばらくは出撃できそうもないな。
明日からは、狙撃訓練ということになりそうだ。
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春が過ぎて夏になった。
山の拠点は夏でも朝晩は涼しかったけど、さすがにここは平地だからだろう。暑さが半端ない。
狙撃訓練は、朝食後直ぐに行って、その後は部屋の窓を開け放して峡谷からの涼しい風を入れる。
飛空艇の改造は、東の工房から色々と装備品が運び込まれている。組み立てが24時間体制で行われているから、案外早く改造が終わるかもしれないな。
次の作戦はどこだろうと地図を広げて皆で話合う。俺達の考えは帝国軍の輸送艦隊を海上で攻撃するものだ。
航続距離が1500ミラルということだから、600ミラルほどの範囲での行動が可能となる。
「やはり、輸送船団の位置が分からないのが問題だな。輸送艦隊が1日で進む距離はおよそ200ミラル。旧王都の港に到着する2日前なら迎撃が可能なんだが……」
強力な無線機で艦隊の無線を傍受しているようだが、海上での無線通信をあまり行っていないようだ。
港に到着する1日前には電信で情報を送っているようだから、俺達が出撃するとしても、1日分の輸送艦隊が進む距離である200ミラルほどになってしまう。
「巡航速度で迎撃に向かうなら、6時間程の距離になりそうだな。だがそれだけの時間があるなら、空中軍艦が俺達を待ち構えないとも限らない」
「空中軍艦の仕様が欲しいですね?」
「少しは分かっている。
船体の大きさは直径およそ16ユーデ、全長は60ユーデほどだ。側面の窓の配列から船体内は3階建てになるようだ。
船体上部に4つのプロペラが付き、船体後部には軸線の両側に2つの推進用プロペラが付いている。
方向修正は、後部に2つ付いている大きな尾翼で行うらしい。
巡航速度は毎時40ミラル。飛行機との戦闘時でも、毎時80ミラルまでは上げていない。
飛行機の爆撃で1隻落としているが、直撃弾ではなく至近距離での炸裂だったようだ。
それで被害を与えたとなると、船体の鋼板厚さは三分の一イルム程度だろうと推定しているぞ。
武器は4イルム砲弾を使った爆弾と、噴進弾ではなく大砲を搭載している。
船体下部に4イルム連装砲が1基、初期は3イルム砲だったらしいが大口径にしたらしい。
副砲は、左右の舷側に3イルム砲がそれぞれ4基設けてある。
それ以外は、小銃が多数とのことだ。フェンリルに似た小銃らしく、連発して来ると聞いたぞ」
空中軍艦と言いながら、同じ機種に対する攻撃手段をあまり考えていないようだ。
それだけ大きな船なら、ヒドラⅡほどの速射砲を多数搭載していても良さそうに思えるんだが……。
「先ほど、空中軍艦は爆弾で落とされたと言ってましたね。上昇できる高さに制限があるんでしょうか?」
「今までの観測では最大でも地上2000ユーデ付近らしい。飛行機は3000まで上昇出来るからな。高さの優位を上手く使ったんだろう」
「なら、飛空艇でもそれが出来るんじゃないですか? 前回は高度1500まででしたが、高度2500以上で巡航できるなら、かなり優位に攻撃ができそうですよ。今までの話を聞く限り、空中軍艦は地上攻撃に主眼を置いているようです」
「巡航速度は飛空艇の方が速い。上空から接近して、3連装噴進弾発射機を使うんだな?」
真剣な表情で問い掛けてきたハンズさんに、小さく頷いた。
ヒドラⅡも使えるし、数百ユーデの距離で噴進弾を放つなら命中する確率も高まるだろう。上空を通り過ぎる際に爆弾を落とすことも可能だ。最後は後部の銃座で空中軍艦のブリッジを攻撃すれば良い。
「飛空艇の高度は思いのままなんだが、2つ制約があるんだ。1つは寒さと息苦しさ。2000程度なら問題はないんだが、3000を超えるようならこの対策が必要だぞ。まあ、防寒服を着るだけでも良いかもしれないな。息苦しさは長時間飛行時に問題が出てくる。息苦しくなって耳鳴りや頭痛が出る。短時間ならあまり気にしなくともだいじょうぶだ。
もう1つは、霜対策かな。高度を上げれば上げるほど気温が低くなる。夏ならともかく、それ以外の季節ならヒドラⅡや3イルム噴進弾発射装置のバレルが霜で氷着く可能性があるぞ。船内でも気温が下がれば、通信機や操縦系統に問題が出てくる可能性がありそうだな」
俺達の話を聞いていたファイネルさんが教えてくれた。
たぶん空中軍艦が高度を上げない理由がそれに関係するんだろう。
短時間なら問題ないというなら、空中軍艦対策は俺達が防寒服を着て、短時間で決着を付ければ可能だということになりそうだ。




