表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双剣戦記 -泡沫の揺籃-  作者: 八刀皿 日音
三章  揺籃に至る道。望み、望まぬ道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/34

4.伸ばした手は……


 ――アルファートは、狭い水路を一心不乱にさかのぼっていた。

 大きく円を描くように湾曲しつつ上っていく水路は、徐々に狭くなり、やがて垂直に真上へと伸びる。そこをよじ登った先は、干上がった泉を思わせる広い窪地の中央だった。ちょうどその窪地を噴水とするなら、水が噴き出すための土台になる場所だ。

 菌類の放つ淡い光を頼りに、何とか周囲の様子を把握したアルファートは、堀への排水路だと思っていた隘路が、実は逆で、堀から水を吸い上げるためのものだったことに気付く。

 堀が往時の水位を保っていたならば、あの低い位置に口を開けている水路が排水のためのものであるはずがなく、むしろ高低差による圧力の差で上ってきた水が、今彼が出てきたまさにその場所から、勢い良く噴き上がっていたことだろう、と。

(そして、そんな凝った造りの噴水を据えた、地下のこの空間は……)

 弱々しい光にぼんやりと浮かび上がるのは、意匠の凝らされた大きな柱や、枯れた水路、そしてどこか神聖なものを連想させる彫刻の数々だった。

(どうやら地下に築いた祭殿のような場所らしいけど……ここは結局、ぼくが落とされた石の橋の向こうにあった離宮なのか、それともずっと奥の本城なのか……どっちなんだろう。堀に落ちて、けっこう流されたと思うし……)

 アルファートは手掛かりを求めて辺りに注意を払いながら、居並ぶ柱に誘われるまま、奥へと進む。

 しばらく歩いたその先には、祭殿を形成していたらしい石材の残骸に埋もれるようにして、さらに下層へと続く狭い階段が口を開けていた。

(もしも、まるで見当違いの方向へ進んでいるとしたら……)

 一瞬脳裏を過ぎった不安を、頭を振って払い除け、とにかく下を目指そうとアルファートは階段へ足を踏み出していく。

 つづら折りに下る階段は、祭殿が崩れた際に降り注いだ残骸によるものだろう、所々が砕け、無残にも崩落している箇所すらあった。足を滑らせたり、あるいは新たに崩落を引き起こしたりしないよう慎重に足を運びながらアルファートは、それにしても、と思考を巡らせる。

(師匠が『伯爵』と呼んでいた、あの男は……この地下には厄災が封じられているって、そんな風に言っていたけど……)

 ふと、上方を一瞥したあと、再び下方へ視線を向ける。

(何か途方もないものを、この遺跡が隠していることは確かだろう。そして、ピュティアが何らかの形でそれに関係していることも。

 でも、それが厄災だなんてあやふやなものの証拠はない。あれだけの身分の人間が自ら出てくるぐらいだ、そんな危険なものから街を守りに来たというよりは、むしろ……何らかの財宝か秘宝のようなものが隠されていて、それを探しに来たっていう方がよっぽど説得力がある。

 ……いや――師匠があのときぼくを助けてくれて、さらにピュティアを助けるように言った以上、厄災から街を守るため、という理由は絶対に違うはずだ。やっぱり、ピュティアと会ったとき感じたように……彼らは何かを企んでいるんだ。

 それできっと、師匠は……誰かから依頼を受けるなりして、そのことを密かに調査するために、彼らに同行してるに違いない)

 そこまで考える頃には、彼は底にたどり着いていた。底の石材は、明らかにこれまでのものとは違う、磨き抜かれた金属のようなものだった。

(すごい、まるで鏡みたいだ……。この遺跡の深部に近付いてるってことなのか……?)

 周囲を見回し、崩落した階段の残骸に塞がれた、唯一、他の場所へ通じていると思われる通路を見つけると、床近くのかろうじて抜けられそうな隙間を這い進む。

 その向こう側に広がっていた大回廊は、また新たな驚きに満ちていた。

 広がりに比べて比較的低めの天井付近に向け、ゆるやかなアーチを描く支柱が網の目のように幾重にも広がった、ものによっては洞さえある、まるで大樹のような柱が複雑に乱立するさまは、俗世から隔離された深い森を思わせる。

 しかも、そのすべてが鏡のような石材で作られているばかりか、至る所に埋め込まれた輝石が、つい先程灯されたランプのように煌々と、地下であることを忘れさせる光を放っていた。

 さらに、床を無作為ともとれる複雑さで縦横に伸びる、か細い水路と、そこを流れる水の反射光が、ことさらに空間を美しく、かつ神々しく演出している。

 これらすべてを踏まえて表現するなら、そこは森は森でも、さしずめ、磨き抜かれた宝石の森だった。

 つかの間、自らの置かれた状況すら忘れ、その光景に魅入られるアルファート。

 そうして物めずらしげに視線をあちらこちらへ振りながら、大回廊の中央へ歩を進めていた彼は、右手の方向から複数の足音がするのを聞きつけ、我に返って気を張り直す。

(これは……。追いつけたのか……?)

 それが普通の靴音と違い、金属質の響きが混じり合った軍靴のものであることに気付くと、柱の陰に隠れて様子を窺いながら、慎重に音のする方へと近付いていく。

 やがて、壁や柱の輝石が放つ光の中に、武装し、周囲を警戒しながら進む複数の人影が浮かび上がった。

 周囲の明るさもあり、このまま様子を見続けるのは難しいと判断したアルファートは、樹皮のように刻み込まれた紋様を足場にしてすばやく柱を上り、アーチ状の支柱が複雑に絡み合い、枝葉の天蓋さながらになっている天井付近に身を隠しながら、人影の方へとさらに近付く。

 武装した集団の動きは、明らかに訓練された人間のそれだった。

 数人が先行して周辺を警戒し、それを援護する形でさらに数人、少し距離を開けて本隊と思しき一団が続く。

(あれは……!)

 そんな一団の中心辺りに、他とは明らかに異質な、浮いた存在を見出したアルファートは、じっと目を凝らす。

 それは、古ぼけたローブのようなものを頭からすっぽりと被った、飛び抜けて小柄な人影だった。

 服装が違っているとはいえ、その体格などからすぐさまそれがピュティアだと識別し、首尾良く再会できた幸運に感謝するものの……同時にアルファートは、その人影を取り巻く集団について、違和感を覚えずにはいられない。

 よく訓練された軍人、という点においては同じだが、眼下の一団は彼が幾度となく対峙してきたミルドアーク教国の人間ではなかったのだ。

(あの紋章……あれは確か、アザンティ王国の……? どういうことだろう、ミルドアークとまったく同時に、アザンティもこの遺跡に兵士を派遣していたってこと? しかも、やはりピュティアを捕らえて……?)

 また新たな疑問がわくが、とにかくまずはピュティアを助け出すのが先決だと思い直して、気配を殺しながら天井近くを伝って一団を追い、スキを窺うアルファート。

 アザンティの一団は、未知の遺跡の中にあって、しかしまるで道筋を把握しているかのように、岐路に至っても迷うことなく、進路を選び取り進んでいく。

 そうしてたどり着いたのは、森林に沈む遺跡の大門をモチーフにしたかのような、別棟らしき場所への入り口だった。

 そしてその正面、広場のように柱もなく開けた場所には、水晶のように輝く硬質な表皮をもった、翼の退化した竜を思わせるトカゲに近い姿の魔物が、まるで門番のようにその巨体を横たえている。

 アルファートが見守る中、眼下の一団は声を掛け合いながら、魔物と相対するための陣形を取り始めた。

 そこで、相手が強大で簡単に討伐できない場合を想定したのだろう、戦闘に巻き込まないようにという配慮か、ピュティアは二人の兵士に、広場から離れた場所にそびえる、一際大きな柱に口を開けた洞へと連れて行かれた。

(これは……好機だ)

 細心の注意を払って、ピュティアが隠された柱の上部へ移動したアルファートは、ポケットにしまったままになっていた光基石を取り出し、洞の前に並んで立つ、見張りの兵士たちの左手側へと放り投げる。

 そして、大きな弧を宙に描いた光基石が、床に落ちて音を立てるまでの間に、兵士たちの死角側から急いで柱を伝い下りた。

「何だ、今の音?」「あれじゃないか?」

 急な物音に、兵士は二人ともが反射的に光基石の方へ注意を向けていた。

 そして、近い方の兵士が光基石に歩み寄って拾い上げ、続けて天井を見上げているそのスキに、離れて様子を見守っていたもう一人の兵士を、アルファートは背後から急襲する。

「――!」

 兵士が彼の気配に気付いたときにはもう遅かった。

 すでに体勢を崩され、ふわりと宙を舞っていた兵士は自分が何をされたのか、どうなっているのかを把握するヒマもなく、後頭部を床に叩きつけられて気を失う。

 その衝撃で鎧が立てた物音に、もう一人の兵士は不穏なものを感じてすばやく振り返るが、すでにアルファートは双剣を抜き放ちざま距離を詰めていた。

 そして、まず剣の柄頭で無防備な兵士のみぞおちを打ち据えると、続けて、下がった下顎にも強烈な一撃を見舞い、一瞬で意識を刈り取った。

 そうしてから囮に使った光基石を拾い上げ、もと通りポケットにしまいながら息を整えて、アルファートはあらためて柱に開いた洞を覗き込む。

「――ピュティア。ピュティア、ぼくだよ、アルファートだ」

 呼びかけると、暗がりでじっとしていた小柄な人影が顔を上げた。

 その瞬間……彼は妙な違和感にとらわれる。

 人影は確かにピュティアだった、しかし――少女は魂のない人形を思わせる、虚ろな雰囲気の中にあったのだ。そもそもどことなく表情に乏しかった彼女だが、今の状態はそんな程度のものではない。

「ピュティア……大丈夫? とにかく、早くここから移動しよう。……さあ」

 よほど怖い目に遭って混乱しているのかも知れない、とにかくまずは安心させようと、努めて優しく手を差し出すアルファート。

 どのような形であれ、彼は、ピュティアがその手を取ってくれると信じて疑わなかった。

 しかし、呼びかけに応じて目が醒めたかのように――あるいは、ようやく人であることを思いだしたように――何度かまばたきをしたかと思いきや、ピュティアは自らの手を伸ばすどころか、まるで逃げるように身をすくめて後ずさる。

 アルファートの顔と、差し出された手を行き来する視線には、冷たい不審の念と、そして――迷いや困惑といったものが窺えた。

「ピュティア……?」

 予想外の拒絶に沸き起こる不安――。

 そんな、再会の喜びとは真逆の感情に突き動かされて、アルファートは洞の中に踏み込み、なおも手を伸ばす。

 しかし、ピュティアは何か得体の知れないものから逃げだそうとするかのように、近付く手を払い除け、さらに大きく距離を取った。

「――!」

 そのとき、彼は確かに見た。

 一瞬、身をひるがえしたピュティアの長い黒髪が、彼の不安そのものを代弁するかのようなまったくの黒でしかなく、赤いリボンが――闇を彩る鮮やかな色が、存在しないことを。

 ただどこかで落としただけという、些細な、取るに足らないことなのかも知れない。しかしアルファートには、宝物と大切にしていたリボンが失われているということが、ピュティアの態度と何か関係がある、そんな重大事に思えた。

「ピュティア、リボンは――」

 問いかけながらさらにもう一歩近付こうとした瞬間、アルファートは背後に人の気配を感じた。

「ッ!」

 ピュティアのことで完全に気を取られていたためだろう――気付いたそのとき、すでに相手は致命的な間合いに入り込んでいた。

 反射的に後方に蹴りを放とうとしたアルファートだが、それよりも早く――後頭部を襲った強烈な衝撃が、視界から意識まで、すべてを一瞬にして闇の中へと叩き落とした。



「若様……どうなさいますか」

 槍の柄による一撃でアルファートを気絶させた兵士は、振り返って尋ねる。

 洞の入り口から近付いてきたオルフェは、倒れ伏した、まだ幼いとさえ言える少年を複雑な表情で見下ろした。

「見た目、まだ子供のようですが……見張りの二人を、応援を呼ぶ間も与えずに打ち倒したようです。サイメル議会の間者でしょうか」

 別の兵士の言葉に、オルフェはちらりと奥のピュティアを見る。

 少女は、どこか戸惑うような印象をかすかに受けるぼんやりとした表情で、成り行きを静かに見守っていた。

(……おかしい。何だ、この反応は。今まで誰を前にしても、こんな――いや、そもそも反応自体がなかったはず。どういうことだ……?)

「ピュティア」

 オルフェに名を呼ばれ、少女ははっと視線を上げる。

 そんな反応すら、オルフェにしてみれば調子の狂う違和感そのものだった。

「この少年を知っているのか?」

 問いかけに対し、少しの間を置いて、ピュティアは小さく首を横に振る。しかしあまりにも小さすぎるその動きは、明確な否定とも取りづらい。

「だが彼は……確かにお前を呼んだぞ?」

 再度の問いにも、ピュティアは同じように首を振るだけだった。その仕草から、何より本人が一番戸惑っていることをオルフェは悟る。

 彼は顎に手をやってうなっていたが、それもわずかの間。指示を待っていた兵士を呼ぶと、あらためてアルファートに視線を落とした。

「……何者であれ、色々と聞きたいことがある。――このまま拘束して連れて行くぞ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ