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天橋暮らし 02

「――朝霞っちが相手を名前じゃなくて、自分で付けた徒名で呼ぶ癖は、昔からだから……そう簡単には治らないんじゃね」


 突然、会話に割り込んで来たのは、開けっ放しになっていたドアから部屋に入って来た幸手。


「いや、でも悪癖ではあるから、治さないと駄目だろ」


 幸手に続いて部屋に入って来た神流は、部屋の中を見回しつつ話を続ける。


「つーか、少しは部屋の中、片付けろよ。だらしないな」


 神流の言う通り、朝霞の部屋の中は、男の子の部屋らしく、散らかり放題といえる状態。

 臙脂色の煉瓦がむき出しになっている壁に囲まれた、だだっ広すぎる部屋の中には、シンプル過ぎるベッドや本棚、机などの家具が適当に配置されている。

 飾り気が無さ過ぎる室内には、至る所に本や脱ぎ捨てられた着衣などが、放置されている。


「うるせー! だらしないのは、お前等の格好もだろうが! 男の部屋に、そんなだらしない格好で、入って来るんじゃねぇ!」


 視界に入った神流と幸手の服装に、微妙に頬を染めつつ、朝霞は文句を付ける。


「仕方が無いじゃん、朝霞っちの部屋が騒々しいから、何かトラブルでも起こったのかと思って、寝起きの格好のまま急いで来たんだし」


 頭を掻きながら言い訳を口にする幸手は、オリーブ色のTシャツに同色のショーツという格好。

 ショーツはローカットの物で、ショートパンツと肌の露出は大差無いとはいえ下着姿であるし、Tシャツの下にブラを着けてはおらず、豊かな胸が薄布一枚の下で、幸手の歩調に合わせて揺れている状態。


 神流の方はグレーのタンクトップに、同色のボクサーパンツ風のアンダーという格好。

 矢張りブラは着けておらず、タンクトップであるが故に、大きく胸元が開いている為、豊かというには程遠いが、胸元がしっかり露出している。


 慌てて寝起きのまま、朝霞の部屋に駆け付けた二人の格好は、どちらも思春期の少年である朝霞にとって、割と刺激的な格好だったのだ。

 ダイニングキッチンやトイレ、バスルームなどは共用の、ルームシェアの様な住み方をしている為、下着姿の二人どころか……それ以上にあらわな姿を目にするのも、朝霞にとって日常レベルの事。


 最後の一線を越えぬレベルでの、性的な行為の経験も有るのだが、それでも下着姿を見て平然としていられる程、朝霞は女慣れしてはいない。


(目のやり場に困るんだよ、マジで)


 朝霞は意識的に、幸手や神流から目を逸らすかの様に、目線を落とす。

 すると、床に散らばる多数の本や、脱ぎ捨てた着衣などが目に入り、そのだらしない部屋の散らかり具合が微妙に恥ずかしくなり、つい自己擁護の言葉を口にしてしまう。


「だいたい、彼女のいない男の部屋なんてのは、掃除や片付けと無縁なのが普通なんだよ。俺だって彼女とか出来たら、ちゃんと部屋くらい片付ける様になるって!」


「じゃあ、彼女が出来たら、本当に部屋を片付ける様になるかどうか、試してみようか?」


 問いかけたのは、ベッドから下りて、椅子に座ってる朝霞に歩み寄り始めた、オルガ。


「試してみるって?」


 聞き返した朝霞に、抱き着こうとしているかの様に両手を伸ばしつつ、オルガは答える。


「あたしが彼女になってあげるって事。そしたら、黒猫の話が本当かどうか、すぐに分かるんだからさー」


 オルガの返答を耳にして、部屋の中にいる他の少女が皆、殺気立つ。少女達の中で、最も動きが機敏な神流は、殺気立つだけではなく、瞬時に行動を起こす。


 まるで瞬間移動でもしたかの様に、神流は一瞬で五メートル程離れていた、朝霞とオルガの間に割り込む様に移動する。

 そのまま、右手でオルガの左手首を掴むと、瞬時に体を回しつつ、大柄なオルガの身体を投げ飛ばし、宙に舞わせる。


 オルガが飛ばされた先にあるのは、開け放たれた窓。

 窓の外に向かって、神流はオルガを投げ飛ばしたのだ……窓から放り出す為に。


(カーテンどころか、窓まで開いてたんだ)


 窓の外に飛ばされて行くオルガを眺めつつ、朝霞はカーテンだけで無く、窓自体が開いていた事に、今更気付く。

 二階(といっても、下が天井の高い倉庫なので、普通の建物でいえば四階程の高さに相当する)の窓の外に放り出されたオルガの心配などはしない。


 オルガが無事なのは、朝霞には分かり切っているからだ。


(ああ、蛇女の奴が窓から入ったから、開いてるのか)


 窓ガラスの鍵の周囲は、切り取られていた。

 ガラス切りなどで丁寧に切ったのではなく、刀剣で大雑把に、切り取られたという感じだったので、仕事の雑さに朝霞は呆れる。


(ガラスに穴開けたのは、大雑把なやり口から見て蛇女だろう。でも、ここから入るには解錠するだけでなく、封印魔術も解除しなければ駄目な筈なんだ……)


 窓の各所に仕掛けておいた、鍵魔術などの封印魔術の状態を、朝霞は魔術式を見ようとして、確認する。

 すると、朝霞の目に、様々な封印魔術の魔術式が映る。


 仕掛けてある封印魔術の魔術式は、どれも見事に解除されていた。鍵を開ける為に、窓ガラスに開けられた穴の、大雑把なやり口とは違う、見事な魔術解除の手際に、朝霞は感心する。


(ちゃんと封印魔術を、多重で仕掛けておいたのに、見事に解除されてるって事は、ジャラジャラ連れて来てるんだな)


 朝霞の部屋……というよりは、黒猫団のアジトである倉庫全体には、封印魔術を得意とする朝霞が、鍵魔術を中心とした封印魔術を多数仕掛けているので、通常は居住者しか出入り出来無い。

 だが、朝霞が聖盗としての活動の際、他者の仕掛けた封印魔術を解除して忍び込むのと同様、封印魔術に通じている者なら、解除して忍び込む事が可能だ。


 能力が戦闘に特化しているオルガに、封印魔術を解除する能力は無い。

 だが、オルガがリーダーを務める聖盗のグループ……トリグラフには、朝霞がジャラジャラと呼んでいる、封印魔術に通じたメンバーがいるので、朝霞はジャラジャラがオルガに付いて来ているのだと、察したのである。


 窓の外に飛び出したオルガが、下に落ちて見えなくなるのと同時に、下から伸びて来た紐状の物が、スチール製の窓手摺りに絡み付く。

 オルガは落下しながら、その紐状の物……愛用の鞭を取り出して窓手摺りに絡め、落下を防いだのだ。


 もっとも、そのまま落下したとしても、オルガは無事だったのだが。

 朝霞達とは別の世界……紅玉界こうぎょくかいと呼ばれる世界の出身ではあるが、オルガは二色記憶者であり、能力が格段に引き上げられているので、四階程の高さから落ちた程度では、怪我一つしない。


 窓手摺りに絡めた鞭をザイルの様に利用し、オルガはするすると窓まで上って来る。

 そして、窓手摺りの上に腰掛けると、オルガは嘲る様な口調で、神流に声をかける。


「まったく、蒼玉界の女は乱暴だねぇ! 紅玉界の女とは、えらい違いだよ」


「そうか? 俺の知ってる紅玉界の女は、オーリャと呼ばないだけで、頭を締め上げたりするんで、暴力女という意味合いでは、蒼玉界の女と大差無い気がするんだが」


 つい先程、実際に起こした暴力行為について、朝霞は呆れ顔で、オルガに突っ込む。


「いや、さっきのは愛情を込め過ぎたせいで、ちょっとばかり抱き締める腕に、力が入り過ぎただけで……」


 気まずそうに鞭を折り畳んで、ベルトのホルダーに引っ掛けつつ、オルガは苦しい言い訳を口にした上で、さらりと話題を切り替える。


「紅玉界の女は基本、男には優しいし、一途に尽くすもんなのさ。だから、黒猫も付き合うなら、紅玉界の女にしときな、あたしみたいな」


「男に優しい? 男にだらしないの間違いだろ?」


 今度は神流が、煽り口調で言葉を続ける。


「付き合ってる訳でも無い男のベッドに、当たり前の様に潜り込む淫乱女と付き合いたがる程、蒼玉界の男……というか朝霞は、女の趣味が悪くは無いんだよ!」


「酷いねぇ、生娘のあたしを痴女だの、淫乱女だの!」


 おどけた口調のオルガは、神流から先程自分を痴女呼ばわりしたティナヤに、目線を少しの間移し、また神流に戻す。


「あんたを見て淫乱女だと思う人間はいても、生娘だと思う人間なんざ、この世にいないって!」


「分かって無いねぇ、淫らに見える程に艶っぽい女が、実は初心で経験無くて……貴方が初めてっていう意外性が、男からすりゃ魅力的なのさ!」


 芝居がかった艶っぽい仕草で、脚を組み替えて見せたりしながらの、オルガの言葉である。


「意外性も何も、生娘だとか詐称してる時点で、詐欺同然だろうが!」


 そう言い放つ神流に、オルガは言い返す。


「詐称でも詐欺でもないからこその、意外性なんだけどね、あたしの場合」


 しれっとした口調で、オルガは神流だけでなく、朝霞の三人の同居人達に、言い返し続ける。


「それに、付き合ってる訳でも無い男のベッドに、当たり前の様に潜り込むって話なら、あんた達だって、あたしの事言えないでしょうが! あんた達だって、付き合ってる訳でも無いのに、黒猫のベッドに潜り込んでるんでしょ?」


 神流と幸手……そしてティナヤは、少し気まずそうに顔を見合わせる。

 一線を越えたりはしないものの、三人が朝霞のベッドに潜り込んだりするのは事実なので、自分達も同じ事をしている事実を指摘され、気まずかったのである。 


 朝霞の同居人達が、気まずそうに顔を見合わせた数秒後、オルガが椅子代わりにしていた窓手摺りに、フックが引っかかる。

 フックにはワイヤーが繋がっていて、そのワイヤーをザイル代わりとして、スルスルとオルガ同様に赤髪で赤い瞳の少女が上って来て、オルガの隣に姿を現す。


 赤いロングヘアーを三つ編みのお下げ髪にして、四束のお下げ髪や、着ている赤いツナギの至る所に、多数のアクセサリーを付けているファッションが、印象的な少女である。

 整ってはいるが、やや地味な顔立ちなのを気にしているのか、メイクやファッションは派手なのだ。


「そこに座ってたら、邪魔っスよ、退いて下さい! 姐御が穴あけたガラス、交換しなきゃならないんだから!」


「あ、そうだった、すまんターニャ」


 姿を現した少女に言われて、オルガは窓手摺りから退くと、ベッドの上に下りて、そこに座り込む。


「――やっぱジャラジャラも連れて来てたのか」


 ツナギのポケットから工具を取り出し、手際良く穴が開いたガラス板を、窓のフレームから取り外し始めた、ターニャと呼ばれた少女を見て、朝霞は呟く。

 ターニャというのはタチアナの愛称であり、本当の名前はタチアナ・エギーナという。


 多数のアクセサリーをジャラジャラと付けている事から、朝霞にはジャラジャラという徒名で呼ばれている。

 タチアナ自身は特にジャラジャラと呼ばれるのを、嫌ってはいない。

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