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天橋暮らし 03

「あ、黒猫のダンナ! 姐御がご迷惑おかけしたッス! 穴開けた窓は、ちゃんと修理しときますんで!」


 ガラス板を取り替える作業を進めつつ、タチアナは続ける。


「ちゃんと玄関から入ろうって言ったんスけど、それだとダンナのベッドに潜り込み難いから、ダンナの部屋の窓から入るって、姐御が駄々をこねちまいまして……」


「駄々はこねてないってば! 駄々は!」


 恥ずかしそうに顔を赤らめ、オルガは否定の言葉を口にするが、タチアナは意に介さない。


「――それで、オイラが封印魔術解除して、窓の鍵をどう解除しようか考えてたら、待つの面倒臭いって、姐御がナイフでガラスに穴開けて、鍵開けちまったもんで……」


 自分が修理に使う交換用のガラスを買いに行って、修理しているのだと、タチアナは説明する。


「しょーもない事で、聖盗仲間に面倒かけるなよ」


 呆れ顔での朝霞の言葉に、タチアナが同意の言葉を口にする。


「そうっスよ。今日は紅玉を貰いに来たんスから、お礼しなきゃいけないくらいなのに、黒猫のダンナ達に迷惑かけてちゃ、駄目でしょうが!」


 タチアナの言う紅玉とは、黒猫団が那威州で多数の蒼玉と共に盗み出した、二十個の紅玉の事だ。

 紅玉界の人間から盗まれた、完全記憶結晶が紅玉。


 蒼玉界出身の聖盗である黒猫団には、紅玉は不要な物。

 そういった不要な記憶結晶は、それを必要とする世界出身の聖盗に、無償で明け渡すのが、聖盗のルールなのだ。


 不要な記憶結晶を融通するのは、お互い様なので、無償なのがルールだとはいえ、マナーとして礼をするのは当然でもある。

 礼として渡すのは、情報などが多い。


 もっとも、出身世界の違う聖盗同士が知り合う機会は、余り多くは無い。

 朝霞達からしても、紅玉界出身の聖盗の知り合いは、オルガ率いるトリグラフだけなので、手に入れた紅玉を譲る為に、那威州からの帰りに、朝霞はオルガに受け取りに来る様に、連絡を入れておいたのだ。


「いや、だから紅玉のお礼に、女としての初めてを捧げようかなと思ってさ……」


 そう言いながら、オルガはベッドから下りて、椅子に座ったままの朝霞に迫ろうと、近付く。

 だが、今度は神流だけではなく、ティナヤと幸手までが、壁を作るかの様に立ちはだかった為、オルガは朝霞に近づけない。


 三人の同居人とオルガが睨み合い、火花を散らす様子を見ながら、朝霞は面倒臭そうに立ち上がり、オルガに声をかける。


「礼なんざいらんから。さっさと紅玉持って、帰りやがれ」


 壁を作ってる三人の脇を通り、ベッドの前に移動しつつ、朝霞は続ける。


「つーか、俺に迫っても無駄だっつーの。俺は煙水晶界にいる間、女とか作るつもり無いって、何回も言ってるだろ」


 そんな朝霞の言葉を聞いて、三人の同居人の表情が、少しだけ翳る。

 他の者に気付かれない様に、すぐに三人共、表情を元に戻す。


「――無駄かなぁ? あたしも煙水晶界に来てから暫くは、どうせ別れる羽目になるんだから、男なんて作る気無かったけど、今は違うし。人間……考え方なんて、変わっちまうもんさ」


 オルガは表情を翳らせもせず、平然とした口調で言い返す。


「黒猫だって、考え方……変わる可能性あるんだから、迫るのだって無駄にはならないかもしれないだろ?」


 しゃがみ込んで、ベッドの下に手を突っ込み、紙袋を引っ張り出しながら、素っ気無い口調で、朝霞は答える。


「変わらないよ、俺は」


 立ち上がった朝霞は、茶色い紙袋をオルガの方に差し出す。


「中に二十個入ってる、一応確認しな」


 オルガは朝霞から紙袋を受け取り、その口を開く。

 袋の中には二十個の紅玉が、色艶の良過ぎるリンゴの様に、ぎっしりと詰まっていた。


 袋の中では数え難いので、オルガは袋の中から一つずつ紅玉を取り出し、何時の間にか傍らに移動していたタチアナに、一つずつ手渡す。

 タチアナは素早く窓ガラスの交換を終え、オルガの傍らに移動して来たばかりだった。


 結果として、黒猫団の仲間である神流と幸手、住んでいる倉庫のオーナーでもある同居人のティナヤ、そしてトリグラフの二人……オルガとタチアナという、合計五人の女性が、朝霞の間近にいて、視界に入っている状態になっている。

 五人全員、程度の差こそあれ、朝霞より背が高い。


 神流とオルガは、朝霞とは段違いに背が高く、タチアナはオルガより、やや低い。

 その三人よりは明らかに低い、幸手とティナヤですら、朝霞より三センチ程高いのだ。


 そんな五人の近くにいると、微妙に自分の背は低いのでは無いかというコンプレックスを、朝霞は刺激され、心の中で呟いてしまう。


(いや、俺は別に背は低くない。何か知らんが、俺の回りにいるのが、背の高い女ばっかなだけで……)


 自分より高い身長を確認するかの様に、不愉快そうに五人を見回した朝霞の目線に、幸手が気付く。

 そして、朝霞が何を考えていたのか察した幸手は、朝霞に歩み寄り、耳元に唇を寄せ、囁く。


「――朝霞っちは、まだ背は伸びるから、そんなに気にしなくていいって」


 自分が身長について気にしていた事を、幸手に見抜かれていたと気付き、朝霞は気まずそうに頭を掻く。


「紅玉二十個……間違い無いっス」


 渡された紅玉を、ポケットから取り出した巾着袋に入れつつ、数を確認していたタチアナは、そうオルガに告げる。


「紅玉回収に対する協力について、記憶を取り戻せた二十人に代わり、黒猫団に感謝する」


 これまでの態度が嘘の様に、オルガは姿勢を正し、黒猫団の三人に礼儀正しく一礼する。


「あ、どーもっス!」


 タチアナも、口調こそは普段通りだが、姿勢を正して礼儀正しく、礼をする。

 二人共、どちらかといえば普段は礼儀知らずな部類ではあるが、礼を欠かす様なタイプでは無い。


 何時もの事とはいえ、いきなり態度が真面目になるオルガ達に、若干戸惑いながら、朝霞達も軽く礼を返す。

 今回は感謝される側なので、あくまで軽く。


「――で、頭下げるだけっていうのも何だから、おたくらに役立ちそうな情報を色々と、渡しとくわ」


 頭を上げたオルガは、普段通りの態度に戻ると、ショートパンツのポケットから赤いカードを取り出し、右手で朝霞の方に差し出す。

 そのカードは、様々な情報が記録されていて、鍵番号……つまり暗証番号を入力した者だけが、情報を引き出せる様な魔術機構が仕掛けられている。


「鍵は何時もと同じ、あたしのスリーサイズね」


「毎度の事だけど、そんなもん鍵にするなよ」


 呆れた様に肩をすくめて見せてから、カードに伸ばして来た朝霞の手を、オルガは左手で掴むと、ぐいっと自分の方に引き寄せる。

 カードに気を取られていた朝霞は、虚を突かれた形になり、易々とオルガに引き寄せられてしまう。


 呆気に取られていた朝霞を抱き締めると、そのまま顔を寄せ、オルガは唇を奪う。


「ん!」


 軽く唇を重ねるだけの、オルガの見た目には似合わない、子供っぽいキスだったのだが、いきなりだったので、朝霞は驚き……軽く呻いてしまう。


「――ついでに、お礼のキスって奴。有り難く貰っときな!」


 すぐに唇を離したオルガは、威勢の良い口調で、そう言い放つ。

 態度と口調こそ、オルガは強気な感じだが、頬を染めて目線が微妙に泳いでる辺りは、そういう行為に実際は不慣れな者が、照れ隠しとして強気を装っている風に、見えなくも無い。


 そんなオルガは、即座に朝霞を抱き締めていた腕を開放し、朝霞から身体を離す。

 そして、すぐさま後ろに飛び退いて、スプリングを激しく軋ませつつ、ベッドの上に着地する。


 オルガが退いた空間を、鋭い蹴りが切裂く。蹴りを放ったのは、神流。


「何しやがんだ、この淫乱蛇女ッ!」


 蹴り匹敵する鋭い怒鳴り声を上げつつ、神流はベッドに向かって跳躍する。

 そのままベッドに着地したばかりのオルガを、神流は蹴り飛ばす。


 最初の蹴りは、ある程度予測していた事もあり、何とか寸前で飛び退けたのだが、揺れるベッドの上では、回避運動が遅れてしまい、オルガは二発目の蹴りをかわせない。

 両腕を胸の前で十字に組み、蹴りを防御するのが精一杯だった。


 鈍い打撃音を響かせながら、オルガの身体はボールの様に、窓の外に吹っ飛ばされて行く。

 先程、投げ飛ばされたのと同じ窓の外に、悲鳴を上げながら。


「失せろ、二度と顔見せんじゃねぇ!」


 オルガと入れ替わる様にベッドの上に着地した神流は、窓の外に向かって、吐き捨てる様に言い放つ。

 下着姿でなければ、窓の外に飛び降りて、追い討ちをかけていただろう程に、怒りの程度は激しい。


 瞬時に怒りを行動で示した神流と違い、幸手とティナヤは、直接行動には出れはしなかった。

 でも、朝霞の唇を奪ったオルガに対し、幸手とティナヤも怒りを露にして、全身から殺気を放ちながら、神流の言葉に大きく頷いてみせる。


 殺気立っている三人の少女に気圧されつつ、布袋を手にしたタチアナは、黒猫団の三人とティナヤに向かって、軽く頭を下げる。


「いや、あの……姐御が色々とご迷惑を、おかけしましたっス!」


 その上で、朝霞に歩み寄り、耳元で囁く。


「オイラも旦那に、お礼……していきたいんだけど、姐御程身体が丈夫じゃないんで、今日は止めとくっス。また次の機会に」


 オルガ同様の礼をしたいが、オルガと違い神流の攻撃を受けると、タチアナの場合は無事では済まない可能性がある。

 故に、次の機会にという意味合いの言葉を、朝霞にだけ聞こえる様に言い残して、タチアナも窓の方に向う。


 トリグラフの三人は以前、朝霞に命を救われた事があり、オルガ以外の二人も、朝霞に好意的なのだ。

 朝霞の住処のベッドに潜り込む様な、オルガ程の無茶はしないものの、朝霞が単独行動している時に出会った際、迫る程度の真似は、オルガ以外の二人もしてくる程度には。


 ちなみに、好意を向ける朝霞と、トリグラフの仲間であるオルガがキスしても、タチアナに特に嫉妬したりする様子が無いのは、紅玉界では一夫多妻が普通だからである。

 トリグラフの三人の場合、別に朝霞を巡って争う様な真似はせず、三人揃って朝霞を手に入れようという感じなのだ。


 もっとも、同居してる三人の少女も、既に朝霞を共同所有する形に近い、事実上の一夫多妻状態であり、張り合う事こそあれ、争う事など無くなっているのだが。

 それでも、仲間と化している自分達三人以外……つまりトリグラフの三人との朝霞の共有は、許せないのが現状といえる。


「それでは、また何時かッ!」



 謝罪と別れの言葉を口にすると、タチアナは窓の方を向いて、窓手摺りに手をかけて、柵の様に飛び越えると、窓の向こうに姿を消した。

 オルガ同様に、二色記憶者であるタチアナも、実質的に四階程度の高さからなら、飛び降りても平気なのだ。


「じゃあ、またなー!」


 窓の下の方から、オルガの気楽な大声に続き、車のエンジン音が響き始める。

 すぐにエンジン音は遠ざかって行き、オルガとタチアナが車で走り去った事が、朝霞の部屋にいる面々には分かる。


「やっと帰りやがったか、本当に迷惑な連中だ」


 ベッドから下りつつ、神流は忌々しげな口調で、続ける。


「特に、あの淫乱女は……油断も隙も無い!」


 先程と同様、神流の言葉に、幸手とティナヤが頷く。


「――逆に、朝霞っちは油断と隙が有り過ぎだな。盗んでナンボの泥棒が、唇とはいえ……あっさり盗まれ過ぎ」


 朝霞を睨みながらの幸手の言葉に、今度は神流とティナヤが頷く。


「あんな糞女相手に、油断して隙を見せる、あんたも悪い!」


 神流の怒りの矛先が、オルガから自分に向き始めた為、朝霞は焦る。


「え? 俺が悪いの?」


 朝霞の言葉に、三人の同居人が皆頷く。


「今回だけならともかく、前に何度も似たような事有りましたよね、思い出したくも無いけど」


 続いて、眉をひそめながらのティナヤの言葉を聞いて、神流と幸手が不愉快そうに朝霞を睨み付ける。

 今回と似たような事が、過去に何度かあったのだが、その嫌な記憶が甦ってしまい、三人は気分を害したのだ。


(――やばい、何か知らんが、セクハラの被害者である筈の俺が、責められる流れになってる)


 そんな空気を察した朝霞は、三人がかりで責められるのは堪らないので、とりあえず逃げ出す事にする。

 朝霞は即座に床を蹴り、一跳びで窓枠に辿り着く。


「あ、待てッ!」


 窓から逃げ出そうという、朝霞の意図に気付いた神流も、窓に向かって跳躍し、朝霞を捕まえようとする。

 幸手やティナヤも朝霞の意図には気付いたが、神流と違って瞬時に行動に移れる素早さを、持ち合わせていない。


 だが、神流ですら素早さという意味では、朝霞には劣る。

 神流が窓枠に辿り着いた時、既に神流は窓枠を蹴って、窓の外に身を躍らせていた。


 一度の跳躍で、車道を挟んだ向かい側にある、煉瓦造りの倉庫の屋根に、朝霞は飛び乗る。

 向かい側の倉庫は朝霞達の倉庫の様に、二階部分が無い為(それでも天井が高いので、普通の建物でいえば三階程の高さがあるのだが)、朝霞なら屋根の上に直接飛び乗れる。


 臙脂色の煉瓦造りの壁とは違い、屋根は消炭色の瓦葺。

 初夏の強い陽射しに暖められた屋根の上を、朝霞は猫の様に駆けて行く。


 仮面者に変身してならともかく、そのままの姿では、神流では一跳びで向かい側の倉庫に飛び移る様な真似は出来ない。

 二色記憶者になり、潜在能力が解放された為、朝霞も神流も走力や跳躍力などが飛躍的に向上したのだが、朝霞は走力や跳躍力などが偏って向上した為、バランス良く全体的に向上した神流に比べ、走力や跳躍力は上回る。


 腕力や体力、持久力など全体的な身体能力なら、神流は朝霞を圧倒している。

 朝霞は移動に関する走力や跳躍能力、瞬間的な空間把握能力や反射神経などが、突出して向上している、言わばピーキーなタイプなのだ。


 故に、朝霞が一跳びで跳べる距離を、神流は跳べないし、本気で逃げ始めた朝霞を追いかけても、捕まえられる可能性は低い。

 窓枠に立ながら、逃げ去って行く朝霞を、神流は口惜しげに見送るばかりである。


 黒猫団がアジトにしている倉庫は、周りにある倉庫より少しだけ高く、朝霞の部屋の窓は、周りの倉庫の屋根が見渡せる高さにあるのだ。


「逃げられちゃったのかな?」


 遅れて窓際に来たティナヤに問われ、神流は頷く。


「ま、こんな格好じゃ……追いかけて外に出る訳にも行かないしね」


 ティナヤと共に窓際に来た、幸手の言葉である。


 神流も幸手も、寝起きの下着姿のままなので、そんな姿のまま外に追いかけに出る気には、流石に二人共なれなかった。


「服着てたら、その間に確実に逃げられるし」


 幸手の言葉に、窓枠から下りた神流は頷く。

 そして、既に豆粒程の大きさになっている朝霞の姿を、幸手やティナヤと共に目で追う。


 窓際に佇み、去り行く朝霞を目で追う三人の表情は、先程までの怒りや口惜しさが消え失せ、何処か寂しげであった。

 つい感情的になってしまったのを、今になって後悔しているといった風に……。


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