第九話
「魔王様、お怪我は……」
「俺はもう魔王じゃない」
結界をといて近付こうとするキマイラを手で制止してから魔術で体に付着した血を全て消した。目や、体はいつもの姿に戻り、翼と爪をしまった。キマイラは一瞬黙った後、はい、と返事した。ネビロスの体には怪我どころか擦り傷一つ無い。それもそうだ、彼の体を傷つけることは困難な事。
「上空に残っている魔物やこのガーゴイルの子供は……」
「大方人質でも捕られたんだろう。声が聞こえた」
ネビロスは上を見て、手招きをした。それから足元に数多く散らばっている死体を見て顔を歪めた。再び魔術を使ってそれら全てを消した。手招きされた生き残った魔物達はネビロスの周りに着地した。全員浮かない顔をしている。
「声、とは?」
「さぁな。お前ら、家族…恋人だか知らないが巴にでも捕られたのか」
本当に知らないらしい。『家族、恋人』の言葉にニーラが反応した。
――魔物にもいるのか!?第一声が聞こえるとか、ネビロスは人の心を読める…?いや、だったらキマイラも知っているはずだ。
「……はい。しかし、それでも魔王様に楯突いた事には変わりません。どうぞ、咎めるなら今すぐにでも…!」
代表して老婆のようなハルピュイアが答えた。全員が頷く。ネビロスはしばらく考えた後、背を向けた。
「さっき、蘇生したときに入れた魂の記憶が入り込んでな。…残念だがもう死んでる」
魂はその場に居たのだろう。目の前の魔物たちの人質として捕らえられた魔物は巴の魔術によって既にこの世から消え去っている。
「「「「…!!!」」」」
カツカツと足音を鳴らしながらガーゴイルの傍に寄った。子供といえどもガーゴイルはそこそこ高等な魔物。ネビロスは目を細めてガーゴイルを抱き上げた。沸騰するように出てくる感情は怒り。ガーゴイルはそこで目が覚めた。
「母さん!!!」
「起きたか。…とっくにお前の母親は死んでるぞ」
ガーゴイルは自身を抱き上げている人物を見て小さく悲鳴を上げた。そして、次にネビロスのいった言葉を漸く理解したのか泣き始めた。
「ま、魔王様…?」
「ふん、人質なぞ名だけで巴は牢屋に入れてすぐに殺している。煩わしい事は嫌う性質だからな。お前はもう自由だ」
少し乱暴だが、それでも何故か優しさが伝わるように親指で涙を拭った。それが引き金となったのか声に出してガーゴイルは泣き出した。抱きつく相手が魔王という事なぞ忘れてワンワン泣く。ネビロスは嫌がる事もせずに背中を軽く叩く。
魔王の変わり様にその場に居た魔物達は些か吃驚したが、器の大きい彼を見て再びついていく事を決心する者もいた。
「魔王様!…私は貴方様について行きます」
ハルピュイアのその言葉に続いて数人も同じことを言う。ネビロスは先程キマイラにも行った言葉をもう一度口にした後、首を横に振った。
「俺についてくる…つまり穏健派に入る事になれば過激派からの猛攻を受けるだろう。第一、俺はこれ以上旅の同行者を増やすつもりも無い。……時々過激派の動きを教えてくれれば十分だ」
感激し、涙を流す者も居た。ガーゴイルは泣きつかれたのは再び寝てしまった。
――これが強者か……。王としての資質、器、力を兼ね備え持つ生まれながらの魔族の王。『声』とやらが聞こえるから話が出来る魔物を生かせる。…世の理にあいつは勝てるのか?負ければ俺があいつに手を下す……出来るのか?理から既に外れているこの俺が……?
ガーゴイルも面倒を見ると言い出しているネビロスを見ながら己の非力さを、理から外れている事を怨んだ。