第七話
「だから勘違いだといっているだろ。…半数はそうだが、それは怨み憎しみで生まれた魔物だ。知識と理性がある魔物の中にはコイツみたいにあまり嫌ってない奴もいる。ま、それでも人間を襲うのは復讐の為だがな」
コイツが良い例だ、と付け足す。キマイラはジッとニーラの様子を伺っていた。これを聞いてどう出るか…。事の次第によっては殺すつもりだ。
「魔物は、全員が全員……悪い奴というわけじゃないのか」
「何が悪で何が正義だか知らないが友好的な魔物も多い。それを踏みにじるのは貴様らだ」
言葉に怒りが篭り始めた。人間に襲われて非道な死に方をした同族は少なくない。ニーラは握りこぶしを作った。
「なのに俺は見つけた魔物を次々と……!それこそ踏みにじった人間と一緒じゃないか…」
「…それが貴様、勇者という役目じゃねェのか」
涙を零し始めたニーラにキマイラが問うた。魔物を殲滅し、魔王を倒すのが役目だというのに何故泣くのかが理解できない。
「そうだと思っていた!でも、それは友好的な魔物が何時とはおもわなっ……」
「言い訳だ。己が力が弱い為に話も聴かずに先制攻撃をして身を守ったのが本当だろう。弱き生き物というのはそういうものだ」
言葉を遮って本当のことを言われてしまえば何も言い返せなくなった。膝を折り、泣き崩れるニーラ。キマイラが小さな声でネビロスに話しかける。
「勇者といえば男の筈ですが」
目の前で泣き崩れる人間は女。若干困惑しているキマイラにネビロスはクスリ、と笑った。
「だから旅に同行させている。俺はコイツの柔軟な考えを好んでいてな。今までの勇者だったら『それがどうした』で片付けるだろう?少し足手纏いだがな」
「そう、ですね」
先代、先々代に使えていたキマイラは勇者を数回見ている。その2人の勇者とはまた違う勇者。
「人間であろうと魔族であろうと亜種であろうと同じ生き物。それを何故地位付けしたがるのかは俺にはさっぱりわからん。……欲が無い魔王は魔王らしくないか?」
ニヤリと笑って少々意地悪な質問をするネビロスにキマイラも笑った。
「えぇ。ですが、それがネビロス様なんですから。魔王以前に貴方様はネビロス様、という固体なんですから」
「お前のその考えも好きだ」
「恐れ入ります」
軽く頭を下げた。と、2人の耳が同時に少し動いた。大勢の魔物の気配、音、話し声……。ネビロスは溜息をついていまだに泣いているニーラを軽く蹴った。
「いてっ!」
ヒールの踵で少し刺されれば涙目で睨んだ。ネビロスは彼女に目をやる事も泣く上を仰いだままだ。
「敵だ。そこらの女連れてキマイラの傍にいろ。キマイラは手を出すな。俺がやる」
「わかりました。…女と勇者!早くこっちに来い」
キマイラのその声にその場に居た人間全員がキマイラの傍に寄った。ニーラが躊躇しているとネビロスに冷徹な目で見下ろされた。
「早く行け。足手纏いだ」
「っ~!!」
ギョロ、とネビロスの目の形が変わる。爬虫類のような目は弱い弱い『蛙』を射殺しそうなほどだ。ニーラは逃げ出すようにキマイラの傍に寄る。
再び空を仰ぎ、ニヤリと口角が上がったその口からは滅多に見えない触れただけで切れそうなほど鋭い八重歯が出てきた。両手の爪は攻撃的に伸び、黒い翼はいつもよりも畏ろしく闇を表現している。ビキビキという音と共に魔術文字のような刺青が現れたり、血管が浮き出てきたり人型を保ったまま『魔王』を体現していく。
ニーラの傍に居た少女がふらりと倒れた。地面に体が付く前にニーラが支えた。ネビロスの瘴気に当てられたのだ。気分が悪くなる女が多数出てきた。キマイラはネビロスの瘴気から女達を守るように間に立つ。
「あれが…本当の姿……?」
最初に会ったときなんかよりも怖ろしく、カタカタと震えながらその場に座り込んだ。聖剣の守りが無いニーラは唯の少女だ。
「まだ手加減している方だ。まったく…。前髪をあのようにまとめてなければ完璧に怖ろしかっただろうに……」
方目を瞑って呆れ顔になるキマイラ。しかしその獅子の顔には冷や汗が流れていた。同族といえど、それでも圧倒するのが彼なのだ。少しして黒い大群が上空を飛んできた。それが視界に納められると同時にネビロスは垂直に飛びだった。