はじめに
日曜の昼下がり、ふらりと天神橋筋の『天牛書店』へ寄ると、一冊の古書を買い、メトロへと乗り込んだ。
座席に腰かけ、本を開いて読み込む内に、やが地元の駅に着いた。
ホームに降り改札へ向かうには階段を上らなければならない。それは当然、そうだろう。メトロなのだ。階段を上がらなければ、地上へ出られない訳で、都会に住む自分に与えられた、これは謂わば『現実』である。
だが、その『現実』は、別段自分自身を嫌な何かに急き立てる訳ではない。階段を上ると言う『現実』は、至極一般の日常責務の『一つ』であり、義務と言う様な類ではなく、ごく自然な生活の営みである。
ーー改札を出て、再び階段を上り、帰路へ着く
それは日常のやんごとなき『現実』に自分自身を置くことであるが、ひょっとすると決まりきった机上の駒の如く、指し手の意思とも言うべき、運命に従っている様な奇妙さもあるかもしれない。
不意に音が聞こえた。
妙な…音だった。
普通ならば、階段を踏む音というのは、固い樹脂が踏み鳴らすコツコツとした硬音だろう。
然しながら聞こえたのはーー、実に柔らかい何かが硬質を撫でる、そんな奇妙な音だった。それはまるで頬をぴしゃりぴしゃりと撫で叩くような奇妙な音で、靴底の樹脂が硬質の階段を踏む音ではなかった。
音は『現実』を切離し、何か『あちら』と『こちら』を切離す様な境界線を浮き彫りにする、正にそんな摩訶不思議の様な、いや、古代ペルシアの魔術師の呪文の如くーーと思って顔を上げた瞬間、面前に階段を上がりゆく『裸足』を見た。
ーー瞬間、
脳が最適な『答』を出すのを拒絶した。
代わりに何を持って、この『現実』を処理すべきか?その『問い』が瞬時に精神を守るべく、心に壁を作り、『あちら』と『こちら』を断絶した。それは何かから、自分の精神を守る安全装置だった。
そして脳は精神が安全である事を確認するや、問いを始めた。
階段をひたひたと歩く裸足を目で追う自分は、果たして正しい『現実』にいるのだろうか。いや本当は自分の見慣れた『現実』は、まやかしであり、自分は何か間違っているのではないか。ーーそうとも…
そんな自問を繰り返す内に、やがて裸足はひたひた音を耳奥に響かせゆき、ゆっくりと面前から消えた。
精神は安全であった。
それを確認した脳がやがて面前で起きた事へ、答を導き出し始めた。
ーーつまり、其処に『異世界』が、存在したと言う『現実』に対しての『答』を、である。




