表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後ノイズの終わらせ方  作者: 甘めの鯨肉
放課後戦争編
11/11

第十話 共鳴前夜



 文化祭前日。


 朝から校内は騒がしかった。


 廊下を歩けば、どこかのクラスが段ボールを運んでいる。


 ペンキの匂い。

 笑い声。

 テープを剥がす音。


 どこを見ても、“文化祭前日”だった。


 なのに。


 その全部が、少しだけ遠かった。


     ◇


「そこ曲がってる!」


「いや真っ直ぐだろこれ!」


「曲がってるって!」


 陽花と陽太の声が教室へ響く。


 蓮は脚立の上で苦笑していた。


「どっちでもいいから早く貼って〜」


「雑」


「今さら?」


 小さい笑い声。


 教室の空気は、久しぶりに少しだけ明るかった。


 朝倉が戻ってきた。


 それだけで違う。


 空いていた席に鞄があるだけで、教室がちゃんと教室に見えた。


 白峰は窓際で黒布を切っている。

 顔色はまだ悪い。


 でも昨日よりはマシだった。


「白峰さん」


 陽花が隣へ寄る。


「文化祭終わったらさ」


「なに」


「みんなで打ち上げしよ」


「急」


「だってせっかく仲良くなったし」


「私は行かない、人多い」


「え〜......じゃあ、少人数!」


「変わってない」


 陽花が笑う。


 その笑い方が、少しだけ頑張ってる感じだった。


「朝倉くんも来るよね?」


「え、俺?」


「来ないの?」


「いや、行くけど」


 蓮は少し笑った。


「……普通に楽しそうだし」


 その瞬間。


 ジジ、と照明が鳴る。


 一瞬だけ教室が暗くなった。


 すぐ戻る。


 誰も何も言わない。

 でも。


 蓮だけが少し固まっていた。


     ◇


 昼休み。


 購買前は人で溢れていた。


「焼きそばパン二個確保!」


「なんで二個」


「食わにゃあやってられんのですよ、ぐへへへ」


「言い方」


 陽花は笑いながら歩く。


 その横を、急に一人の男子生徒が通り過ぎた。


 ふらついている。

 目の焦点が合ってない。

 そのまま壁へぶつかった。


「……っ」


 周囲の空気が止まる。

 男子生徒は数秒固まって、


「……あれ?」


とだけ言った。


 そのまま去っていく。


「最近ああいう人増えてない?」


 陽花が小さく言う。


「寝不足じゃない?」


 蓮が返す。


 でも笑ってなかった。

 白峰は黙ったまま立っていた。


『痛い』


『やめて』


『怖い』


 声。

 最近ずっと増えてる。


 しかも。


 今は校内全体から聞こえる。

 頭の奥が重い。


「白峰?」


 陽太が顔を覗き込む。


「……平気」


「平気な顔じゃない」


「御影くん最近そればっか」


「だってわかるし」


 白峰は少し黙る。


 そのあと、小さく視線を逸らした。

 たぶん、今も聞こえてるのだろう。


     ◇


 放課後。


 《沈黙病棟》は、ほとんど完成していた。


 黒布で覆われた入口。

 薄暗い通路。

 赤い文字。


 化け屋敷っぽい。


「完成じゃない?」


 陽花が満足げに言う。


「まあ、私やればできる子なんで」


「自分で言うな」


 蓮が笑う。


 その時。


 ガン、と壁が鳴った。

 全員が振り返る。


 何もない。


 でも。

 窓ガラスが小さく震えていた。

 ビリ、と空気が軋む。


 蓮の笑顔が止まる。


「……朝倉?」


 陽花が小さく呼ぶ。


 蓮は俯いたままだった。


「ごめん」


 掠れた声。


「最近ちょっと……抑えきれなくて」


 また窓が震える。

 今度は教室後ろのポスターが揺れた。


『嫌だ』


『怖い』


『逃げたい』


 白峰が耳を押さえる。


 ノイズが増えてる。


 教室全体へ広がっていく。


「朝倉くん、大丈夫?」


 陽花が近づく。


「来んな」


 反射みたいな声だった。


 空気が震える。

 床が軋む。


 蓮自身が、一番怯えた顔をしていた。


「……っ」


 頭を押さえる。


「やばい」


 その瞬間。


 陽太は反射的に前へ出ていた。


「御影!」


 陽花が叫ぶ。


 その声も無視して、陽太は蓮へ近づく。


 その瞬間。


 ピタ、と空気が止まった。

 震えも、ノイズも。


 全部、静かになる。


 蓮が顔を上げた。


 目が揺れていた。


「……なんだよ、それ」


 掠れた声。


「ほんと意味わかんねぇ」


 陽太自身にもわからない。


 でも、昔からだった。

 近くにいると落ち着くって言われる。

 暴走が止まるって言われる。


 理由は知らない。


 その時だった。


「……まずいですね」


 教室入口。


 桐生詩乃が立っていた。


 生徒会副会長。


 いつもの気だるそうな顔。


 でも。

 少し青ざめている。


「桐生先輩?」


 陽花が振り返る。


 桐生は笑わなかった。


 教室の空気が軋んでいる。


 見えない何かが、ずっと揺れている。

 吐き気みたいな感覚が胸の奥に広がっていた。


「……会長呼びます」


 珍しく短い声。


 そのまま廊下へ出ていく。


 蓮が小さく息を吐いた。


「……俺、帰るわ」


「え?」


「今日はもう無理」


 陽花が何か言おうとする。

 でも蓮は笑った。


「大丈夫」


 その笑顔が、一番危なかった。


     ◇


 生徒会室。


 外は雨だった。


 窓ガラスへ雨粒が流れている。


 九条透は机へ向かったまま資料を見ていた。


 その時。


 コンコン、と軽いノック。


「会長、生きてます?」


 桐生だった。


 片手にコンビニ袋を持っている。


「……入れ」


「失礼しまーす」


 気の抜けた声。


 桐生は机へカフェオレとサンドイッチを置いた。


「またコーヒーだけだったでしょ」


「問題ない」


「問題ある人の顔なんですよねぇ」


 九条は返さない。


 桐生はそのまま向かい席へ座る。


「……朝倉くん、かなり危ないです」


「わかっている」


「白峰さんも」


 九条の指が止まる。


 沈黙が続く生徒会室には、雨音だけが響いていた。


「会長」


 少しして、雨音を遮ったのは桐生の声だった。


「無理しすぎです」


「していない」


「してます」


 即答だった。


 九条は小さく息を吐く。


「……桐生」


「はい」


「お前も無理をするな」


 静かな声。


 桐生は少しだけ目を丸くしたあと、小さく笑った。


「それ、そのまま返します」


 一瞬だけ。


 九条の表情が少し柔らかくなる。


 その時だった。


 ガッ、と突然窓が鳴った。

 雨じゃない。


 外側から叩かれたみたいな音。


 桐生の顔色が変わる。


「……来てる」


 小さい声。


 空気が歪んでいる。

 校舎全体が軋み始めている。


 その瞬間、ドアが開いた。


 重い音と共に現れたそれは、濡れた黒コートを纏い、雨よりも冷たい目でこちらを睨んでいた。


 異能対策課特別制圧班班長《いのうたいさくかとくべつせいあつはんはんちょう》、神代黎司かみしろ・れいじ、その人だ。


「九条の息子」


 低い声。


「準備はしておけ」


 桐生の肩がわずかに強張る。


 神代の近くは、空気が死んでいる。

 本能的にわかる。


「……まだです」


 九条が返す。


「もう始まっている」


 神代は即答した。


共鳴レゾナンスは臨界目前だ」


 部屋の空気が冷える。


「暴走が始まれば即座に処理する」


 桐生が僅かに俯く。

 九条は静かに言う。


「まだ、生徒です」


 神代は無表情のまま返した。


「だからどうした」


「っ......」


「《世界歪曲災害ノイズクラック》を繰り返す気か?」


 窓の外で雷が光る。

 一瞬だけ部屋が白く染まった。


「甘さは必ず壊れる」


 神代はそれだけ言い残し、生徒会室を出ていった。


 ドアが閉まる。


 静寂の中で、桐生が小さく息を吐く。


「……ほんと苦手です、あの人」


 九条は窓の外を見たまま、


「俺もだ」


と、小さく言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ