15_新たな出会い? ぷにぷにグミキャンディ
ノワールとの映画デートの余韻も束の間、週が明ければ日向子は魔法少女『ドリームトリニティ』の公式広報役としての仕事に戻る。デスクで何枚もの企画書に目を通しながら、朝比奈から資料を受け取った。
「日向子、おはよう」
「おはよう、朝比奈君」
ノワールを交えて焼肉を食べに行ってからというものの、朝比奈との関係は落ち着いている。まるで付き合う前に戻ったみたい……とは言えないものの、穏やかな日常が戻ってきて一安心していた。
「『ドリームトリニティ』の今期のプレスリリースと、新しいタイアップ企画の資料。昼の会議までに目を通しておいてくれ」
「ありがとう。こっちは前回の会議の議事録をまとめておいたよ」
「確認しておくよ」
会議資料に目を通しながら、今日のスケジュールを怒涛に組み立てる。お留守番をしているノワールの為にも絶対定時退社を掲げる日向子は、やる気に燃えていた。
そこへ、チームのチーフが手を叩きながら歩いてくる。
「一同、ちょっと注目してくれ。今日から我が広報チームに新しく入ることになった、派遣アシスタントの紹介だ。じゃあ、入ってきて」
オフィスの自動ドアが開き、カツカツと小気味いいヒールの音が響く。
現れたのは、誰もが思わず手を止めて見惚れてしまうほどの超絶美女だった。豊かな黒髪をハーフアップにし、体にフィットしたタイトスカートを着こなしている。
「本日より配属されました、有田美亜と申します。皆様、よろしくお願いいたします」
完璧なお辞儀。しかし、その美貌の奥にある切れ長の瞳は、まっすぐに日向子を捉えてギラリと不穏に光っていた。
(フフフ……小鳥遊日向子。ついに懐に潜り込んで差し上げましたわよ!)
有田美亜。その正体は、エクリプス団第一幹部アルタミアである。魔術でツノを隠し、完璧なオフィスレディとして日向子の職場への潜入を果たしたのだ。
(あなたの弱点は『孤独』……! まずは職場であなたを徹底的に孤立させてやりますわ)
そんなアルタミアの黒い思惑とは裏腹に、日向子は突如現れた美女に見惚れてしまっていた。こんなにも綺麗な人が、この会社に入ってくるなんて。
「はじめまして有田さん。広報プロデューサーの小鳥遊日向子です。よろしくお願いしますね」
満面の、100%混じり気のないウェルカム笑顔。日向子のあまりの善人オーラに、アルタミアは一瞬気圧されてたじろぐ。
(しっかりなさい、アルタミア! こんな女に押し負けるなど、エクリプス団の名が廃りましてよ!)
そんなアルタミアの葛藤など露知らず、日向子はニコニコと微笑みながらデスクのファイルを彼女に手渡した。引き継ぎ資料は昨日家でみっちり詰めてきたものだ。きっと新しい環境で不安だろうから、まずは簡単な仕事から慣れてもらおう。
「さっそくですが、有田さんには『ドリームトリニティ』の新規広報資料を作成していただきますね。特にメインの『ドリーム・ピンク』のポスターなんですけれど」
「……はぇ?」
手渡されたポスターを見て、アルタミアは素頓狂な声を上げた。そこに描かれていたのは、エクリプス団の宿敵である魔法少女たちの姿。
(な、何ですってぇええ!? この女狐、ノワール様を誘惑しているだけでなく、魔法少女の広報をやっていますの!? 許し難いわ、小鳥遊日向子!)
思いがけない事実を知り、アルタミアの脳内で日向子への敵意と理不尽な怒りがさらに限界突破するのだった。
「有田さん? なにか問題ありましたか?」
「い、いいえ。とんでもありませんわ。『ドリーム・トリニティ』の広報活動のお役に立てるなんて、とても光栄ですもの」
にこやかに答えるアルタミアに、日向子は満足そうな笑みを返す。
「よかった! 一緒に頑張りましょうね!」
「はい。よろしくお願いいたしますわ」
「あ、そうだ。これ、歓迎の印ってわけじゃないけど」
日向子は思い出したようにデスクに戻り、またアルタミアの方に駆けてくる。
「試供品なんですけれど、『ドリーム・トリニティ』パッケージのグミキャンディです」
可愛らしい小瓶の中にはキラキラと輝く金平糖と、魔法少女たちのイメージカラー、ピンク・ブルー・イエローのグミキャンディが詰め込まれていた。触らなくともそのぷにぷに感が伝わる。日向子はその小瓶の輝きに負けないくらいの笑顔で、アルタミアを見上げた。
「あぁ……あ、ありがとうございます」
アルタミアは嫌悪感を押し殺して、ひくりと口を歪めた。しかし潜入中のため、なんとか自制心を取り戻す。
有望な新人の登場に喜ぶ日向子と、屈辱により内心ギリギリと血涙を流すアルタミア。そんな二人の新たな生活が始まったのだった。
その日の夕方、アルタミアはフラフラと家路についていた。古いアパートの階段をあがり、ふぅと息を吐く。
「人間の労働とは、度し難い……やはり人間とは愚かな生き物ですわ」
入社一日目とは思えないほど、怒涛の一日だった。しかも最も堪えたのは、宿敵である魔法少女たちとのミーティングである。日向子はテキパキとその場を回し、リーダーである朝比奈のサポートに回っていた。そんな彼女を魔法少女たちも慕っているのか、その場はとても和やかだった。
「魔法少女との繋がりがあったとは。厄介ですわね」
魔法少女に認知されている小鳥遊日向子に対して、安易に手は出せない。あろうことか、現在日向子はアルタミアの最愛のボスの庇護者である。そんな彼女の元に弱ったノワールを置くなど、考えたくもない。
「魔法少女たちを遠ざけつつ、ノワール様奪還の計画を……」
「あれ、有田さん?」
ブツブツと呟いていたアルタミアの背後から、軽やかな声が聞こえる。その声は今日一日嫌という程聞いた、小鳥遊日向子の声だった。
「小鳥遊、さん!?」
どうしてここに、と言おうとして気がついた。ノワールをいつでも守れるようにと、わざわざ前の住人を追い出して隣室を契約したのだった。
「偶然ですねぇ。ここに住んでたなんて知りませんでした」
「さ、最近引っ越したばかりですの。オホホホ」
「そうなんですね! あ、そうだ。もし良かったら晩御飯、一緒に食べません?」
「ふぇ!?」
またしても素っ頓狂な声が出てしまい、慌てて取り繕うアルタミア。
「今日はノワくんが好きなすき焼きにしようと思ったんですけれど、特売だったから買いすぎちゃって……歓迎会ってことで、ご一緒にいかがですか?」
「いえ、わたくしは……」
こんな女と食卓を囲むなんてとんでもない!
あくまで角が立たないよう、やんわりと断るつもりだった。しかし、待てよ。この女の家に乗り込むということは、ノワール様にも会えるということ。
(うぅう、悩ましい! でもわたくしも、ノワール様に『あーん』をしてさしあげたいっ!!)
「そ、そうですよね。今日会ったばかりなのに晩御飯なんて、馴れ馴れしかったですよね」
日向子はアルタミアが困っている気配を察して、悲しげに俯いた。その健気な様子に、アルタミアの母性本能がギュン! と擽られる。
(なんて顔をするんですの!? まるでわたくしが虐めているみたいじゃない!)
アルタミアが唇を噛み締めて悩んでいると、子供のテノールが聞こえた。
「ヒナコ!」
「わ、ノワ君!」
日向子の家の扉が勢いよく開き、ノワールが裸足のままパタパタと日向子に向かってくる。そして幼い男の子がするように、日向子の足に抱きついた。
「……!」
至近距離でノワールと日向子の仲睦まじい姿を目の当たりにしてしまい、アルタミアは思わず目を瞑る。
「遅いのである。ワガハイ、供物を要求するのである!」
「ごめんねぇ、ノワ君。遅くなっちゃったよね。お留守番ありがとう」
日向子はスーパーの袋を抱えながら、ノワールの小さな頭をヨシヨシと撫でた。
(くぅう! 小鳥遊日向子め、ノワール様に気安く触れるなど!! 万死!)
アルタミアの呪詛など知る由もない日向子は、ノワールの頭を撫で続けている。一方でノワールはアルタミアの変装に、内心で冷や汗をかいていた。
(まさかあのアルタミアが人間に化けるなど……それほどまでに、吾輩の寝首をかきたいのか!)
ノワールは日向子の影に隠れるように、アルタミアを睨みつける。
「ヒナコ、この者は何者であるか」
「有田さんって言ってね。私と同じ職場のお姉さんなんだよ。今日の晩御飯はお鍋だから、一緒に食べようってお話してたの」
「なぬ!?」
ノワールは日向子の言葉に目を剥いた。この女、あまりにも豪胆で、そして鈍すぎやしないか。
(やはり、ヒナコには吾輩がついておらねばならぬ。……とはいえ、アルタミアの思惑も無視できんな。ここは敢えて、泳がせてみるか)
「ヒナコの鍋は美味である! きっと疲れなど吹き飛ぶのである!」
ノワールはアルタミアに対して、ニコッと笑ってみせた。しかしその笑顔は日向子に見せるものとは違い、貼り付けたような計算高いものだ。
しかし、アルタミアにとってその笑顔は太陽の光を真っ向から浴びたにも等しい。
(アァアーーッッ!! ノワール様が! ノワール様が、わたくしに、ほ、微笑みを……ッ!!)
内心悶絶したアルタミアだが、伊達にエクリプス団団長の腹心を務めているわけではない。ポーカーフェイスを崩さず、日向子に向き直った。
「ではお言葉に甘えて、ご相伴にあずかりたく思いますわ」
「ほんとですか! ありがとうございます。よかったねぇ、ノワ君。今日の晩御飯は賑やかだよ」
ノワールは頷きながらも、これから始まる修羅場という名の晩餐にゴクリと唾を飲み込むのだった。




