理想の殿方
「いや待て。どうしてそうなる」
どうしてお見合いをしている状況で、好きな人がいるなんて言い出そうとするのだろうか。普通に考えて失礼極まりない。そのくらいなら最初の時点で断っておけ、と激昂されても文句は言えない。
あまりの発言に雅亮兄さんが呆れている。後宮で生活し、政治から微妙に離れており、かつ顔が良いので大抵何をしても許される家とは違うのである。同じ名門といえど、他の家はもう少し日々の挙動に気を付けねば、朝廷から締め出されてしまう。
「いや、確信がある訳じゃあないんだが。まあ一個人の直感と思ってきいてほしい」
「ほい」
黎明が理解していないことに呆れているものの、教わっていないので仕方がないと思ったのだろう。雅亮兄さんはできる限り優しい口調で、何故色恋沙汰にすることは避けたいのかを説明することにしたようだ。
黎明も叱られる雰囲気でないことを察したのか、大人しく正座して説明を聞く体勢になる。
「絶対面倒臭くなるという絶対的な予感がある」
「やめておこうか」
黎明に説明するときには、結論から話した方がいい。それも、覆そうと思わない言い方をすると尚良い。そして、黎明に対して最も有効な言い方とは、面白くなる、又は面倒になる、の二つだ。
反発はするものの、黎明は基本的に雅亮兄さんのことを信頼している。面白い、に関しては感性が違う部分もあるが、面倒ごとであることは疑わないだろう。
「むうー……」
「どうした?」
黎明は手の甲を唇に押し当てて唸り始めた。珍しく真剣に考えを巡らせているらしい。朱修容の性格的にも、このままでは自分が巻き込まれるのは確実だと判断したのか。
少しの間の後、黎明は唸りながらぽつぽつと言葉を連ね始めた。
「いやー……えっと、一応使えるかなーみたいな情報が頭に引っかかりましてぇ」
「そうか、でそれは何だ」
使えるかどうかは聞いてから判断すればいい。この状況下、政治的な判断はできなくても、最も有効な手段を思いつく可能性があるのは黎明だけだ。
「えーとねー、『しつこい男のあしらい方』……って、これ使えると思わない?」
「しつこい男のあしらい方」
「そうそう、やたら結婚申し込んできて引かないとか、身受けする身受けするってできもしないくせに言うやつとか」
つまり、家としては得がなく、好きあっている訳でもないのに言い寄ってくる相手、と言うことか。朱将軍がしつこい男という訳ではないが、相手から諦めさせるという点では同じなので参考になるかもしれない。
ちらり、と雅亮兄さんを見ると、多分使えるだろうと小さく頷いて同意してくれた。
「……偉そうなことに関しては言及しないでおくね。至極単純、無理難題をふかっける!」
「なるほど確かに単純だが確実だね。それでその無理難題の内容はどうする……」
無理難題の内容を調整すれば、相手に不快感を与えない範囲でうまく断ることも可能だろう。早速、その内容について話し合おうとした時だった。
「長く席を空けてしまい申し訳ございません!」
「お待たせしてしまい申し訳ございません!」
席を立っていた朱将軍と朱修容が戻ってきた。あまり長く席を外されていても、薬を盛ったと言われる可能性があったのである程度の時間で戻ってきてくれたことに安心はするが、それにしても間が悪い。
「屋敷が少々複雑な作りをしておりまして……、移動に時間が掛かり、申し訳ございません」
「いえ!そんな。有事の際に外からの侵入を防ぐ造りは重要ですので!!」
取り敢えず、相手に気を遣わせすぎないようにと思って、時間が掛かっても仕方がないことを伝えておく。半分以上は黎明の所為なので、何も言わないのは居た堪れないのもある。
そんな後ろめたい気持ちからの発言だというのに、明るい笑顔で返事をする朱将軍を見ると良心が痛む。
「そうですか、そう言っていただけると嬉しいです。幾ら他の方から見て不便でも、私からすると住み慣れた大切な屋敷ですから」
「そういえば、途中、中庭に少し傷のついた果樹が植えられていましたが、大切な木なのですか?」
「……あれは、柘榴の木です。私が柘榴が好きなので、幼い頃、雅亮兄さん達が植えてくれたのです」
「では、あの傷は皆様で収穫する際に付いたのですね。傷も思い出の一部、ということですか」
どうしよう。予想以上に朱将軍が話題を膨らませるのが上手である。しかも、私が話をする方向に誘導されている。無意識だろうが、このままでは少々都合が悪い。とはいえいきなり話を変えても不自然だ。
何か、きっかけがないものか。溜息を吐きそうになるのをお茶を飲んで誤魔化すと、丁度朱将軍もお茶を飲んだことで一度話が途切れた。
「そういえば喰家の姫君は殿方の好みなどあるのですか?」
話が途切れたことに気が付いた朱修容が次の話題として私に殿方の好みを聞いてきた。その瞬間、好機だ、と思った。理想の男性像を実現不可能な程高くすれば、諦めてくれるかもしれない。
とはいえ、あまりに現実味がないと、そんな人はいないでしょうからもう少し現実を見てお兄様はどうですか、と朱修容なら言いかねない。どういう言い方をすれば角が立たないだろうか。
「……雅亮兄さんよりも武芸に優れていて」
現実に存在する人と比較していく方法なら、無理だと断言はできないだろう。そう思って身近な人を挙げていくことにする。一つは満たしている方が怒らせないだろう。なのでまずは武芸の面からか。
私も黎明も、躳家の下二人も武芸を教えてくれたのは雅亮兄さんだ。朱将軍よりは劣るだろうが、平均以上の腕前である。
「魄啾兄様と同じくらい賢くて」
朱将軍が知っている、頭脳の基準を述べる。将軍職に就くほどなのだから、賢くない訳ではないと思うがそこまで自信はないだろう。
「頓家の皆様みたいに話していて面白い人……ですかね」
そして、最後の無茶振りとして挙げるのは頓家の名である。話していて面白い、というと簡単に聞こえるが、頓家のおもてなし能力を甘く見てはいけない。
皇家や良家と繋がりを作る場は、宴。そこで輝くための教育を彼ら彼女らは受けている。
「……ます」
「え?」
そこまでいうと、朱将軍がダン、と机を叩いた。そしてポツリと呟く。流石に聞き取れずに聞き返すと、朱将軍は勢いよく俯いていた顔を跳ね上げた。
そして、しっかりと私の手を両手で握り、宣言した。手が熱いな、と現実逃避気味に考える。
「本日は出直します。必ず、あなたの望む男になって戻ってきます」
「え?は、はい……?」
「では!夜はまだ冷え込むので体調にお気をつけて!」
そういうと朱将軍は足早に去っていった。今、なんと言っただろうか。出直す、ということはまた来るということなのか。失敗した、と体が固まる。
朱将軍が出て行って暫く、慌てて朱修容が立ち上がり、此方に頭を下げた。
「この度は貴重な時間と場、そして機会を作ってくださりありがとうございます。兄と私双方の不敬をどうかお許しください。後日改めましてお礼の品と手紙を送らせて頂きます。それでは、本日はこれにて失礼いたします」
そう言って部屋から出て行った。朱修容は将軍の言動に驚きつつ、足早に去っていた。
次回更新は1月10日17時予定です。




