第二十三話 御堂サキ「強襲! ゴーレム斉藤」
「あれが景保様ですか。なんといいますか、一応オーベッド派の幹部みたいな立ち位置と思っていいんですよね。なんかイメージと違いましたけど」
今日も千華と一緒に通学。本当は私の家から千華の家に寄ると少し遠回りになってしまうのですが、まだ一人で登校するのが少し怖かったりします。
いえ、もちろん一人で登校出来ない訳じゃありません。ですがまだ『メリケンさん』という無慈悲なあだ名に慣れていないのです。
以前の『メリケン・サキ』も酷いとは思いますが、今度のあだ名は既に私の要素が入っていません。一人の時にそんなあだ名で呼ばれてしまったら、心が折れてしまいそうです。
「いや、アタシもよく分かんないんだよね。そもそも初対面だし。結局なにしに来たのかも分かんないし」
千華も少しばかり憮然とした表情。そうですよね。これまでの話で景保様といえば黒幕穣治様の息子で、オーベッド派にも深く関わっているような印象がありました。
ですが、先ほど目にした景保様はどうもだらしないというか、覇気がないというか。
「まあ、アレだよね。サキに一目惚れしちゃった感じなのかな? サキから見てどうよ、アレ?」
「前の学校でもありましたよ。通学途中にラブレターをもらったり、告白されたり。でも私の方はなにも知らない人ですし、相手は私の外見しか見ていませんし。
むしろ軽い人って印象しか無いですね。ケイトにもあとで聞いてみますか、景保さんの事」
「え、え? ゴメン、なに? ケイトがなんだって? 最後の方、聞いてなかった。いや、ちょっとビックリしちゃって。てっきり鈍感系ヒロインかと思ったら、意外に経験豊富なんだね……」
さすがに男の人と交際した経験は無いのですが……。鈍感系ヒロインってなんですかね。
「何かにつけて『え、なんだって?』とか聞いてくるくらいの天然かと思ってたよ」
耳は悪くないつもりなんですが、一体なんの話でしょう。多分、アニメとかラノベの話だとは思いますが。
これまでは学校が厳しかったせいもあって、そういった話題をお友達と話す事はあまりありませんでした。それだけにあまり知識が無い事を痛感しますね。
特に優子と話していると、会話の内容がほとんど理解できない事があります。そう言えば千華から借りた漫画もまだ読んでいませんでしたね。『どうだった?』って聞かれた時に答えられなくて、少し寂しそうな顔をされたのが心に残っています。
「ねえ、千華。初級者向けのラノベってなにかある?」
「突然なに? 景保の話って心底どうでもよかったの?」
***
「あ、メリケンさん。おはよう」
「千華ー、メリケンさん、オハヨー」
初日と違って怖がられてはいないのは幸いですが、やはりあだ名はメリケンさんで定着してしまったようです。どうしてさん付けなのでしょう。
あとで知った話ですが、千華や優子がクラスで作ったSNSのグループの中で『サキは怖くないよ、いい子だよ』と繰り返し発言してくれたお陰で、クラスで恐れられる事はなさそうなのですが、それならどうしてメリケンさんも否定してくれなかったのでしょう。
と言うか、後になってそのSNSグループを私ものぞいてみたのですが、なぜか優子も私をメリケンさんと呼んでいました。
「だってその方が伝わりやすいんだもん。でもスゴいよね、今じゃみど高でもサキの事メリケンさんって呼んでるじゃん」
そうなんですか。本当に田舎の噂は恐ろしい。一体誰が広めているのでしょう。
「いや、それ田舎がどうとかって問題じゃないから。みど高の生徒を二人もボコっておいて噂にならない方がおかしいよ」
千華の冷たいツッコみ。ですよね、しかも二人目は学校の敷地内でしたし。
「そう言えば『三人目』の話、聞いた?」
この時、私は初めて景保様の舎弟の最後の一人『ゴーレム斉藤』について聞かされました。千華のスマホでその動画を見せてもらいました。何人かの生徒も集まって、その中には動画をアップした本人である『コーちゃん』の姿も。
これはそのコーちゃんから聞いた話。事件が起きたのは昨日のお昼休み。被害者は先日、千華と話していたみど高の先輩方。その先輩方はみど高で最も力のあるグループなんだとか。話してみた感じでは気さくな方々でしたが、みど高では一目置かれる存在なのだそうです。
「んで、その先輩がボコられた。突然現れた化け物が全員ボッコボコにしちゃったらしいよ。ゴーレム斉藤って動きは遅いんだけど、先輩の方は誰も逃げなかったんだよね。
結果、みんなやられちゃった。どうする、お見舞い行ってみる? もうちょい詳しい話聞いた方がいいかも知んないし」
先輩グループの半数が病院送り。特にリーダー格の先輩は、全治一ヶ月だそうです。
「あー、サキにやられた人の方が重傷だねー」
それは忘れましょう。ですがお見舞いですか……。千華が先日少し話しただけですし、あんまり巻き込んでしまうような事も避けた方が……。
「あの先輩、気合い入ってるよ。もう学校来てるらしい。今日の帰りにでもまた寄ってみる? まあ、景保の動きは微妙だけどね。あの様子じゃサキにケンカ売ってくるかどうか分かんなくなったし」
「え? なになに、なんかあったの? なんか話の匂いが変わってない? なんか恋バナって感じがするよー」
「茅野、マジでどんな嗅覚してんだよ。ホントその手の話好きだよな、オマエ」
クラスメイトからもツッコまれています。あと、断じて恋バナではありません。そんな話で盛り上がりそうな気配の中、唐突に学校内で騒ぎが起きました。
私たちがいるのは校舎の三階、そして下の階から悲鳴やガラスの割れる音が響いてきています。
「なに? ケンカ?」
誰かが疑問を口にしています。それを聞いた千華は怪訝そうな顔で一言。
「なんでさ。いくらなんでも早すぎる」
千華と目が合い、そして小さくうなずく私たち。私はポケットの中からメリケンサックを取りだして装着。
なぜか興奮しているクラスメイト。『うおー、メリケンさん出た!』、『なに? なにが起きてんの?』、『うわぁ、マジで持ち歩いてんだ』。
クラスメイトの興奮に負けないほどの大声を張り上げる千華。
「みんな、教室から出ないで! アタシとサキで様子見てくるから!」
千華は大声を張り上げているけれど、下の階から響いてくる音はそれ以上に大きくなっていく。混乱をそのまま音にしたような物騒な騒音。
悲鳴、怒声、奇声。ガラスの割れる音、木製の何かが砕ける音、金属的な衝撃音。教室のドアが外れて倒れたような音、教室の椅子や机が倒される音。私はその音に向かって歩く。
「意外ですね。今朝会った感じでは、好戦的なタイプに見えなかったのですが」
「正直、アタシも意外。いや、アレは好戦的だと思うよ。少なくともサキが来る前はそうだったし。ただね、今攻めてくるのは早すぎる。朝っぱらから人の家に来て、それからまだ1時間も経ってないよ。そんなら朝の時点でなんでお店襲わなかったのって話になる。いや、お店で暴れられても困るけどさ」
階段を降りて二階へ。そして辺りを見回す。困惑した生徒が廊下で右往左往、騒乱の音は一階から聞こえてきます。近付いたせいなのか、騒乱の音は更に大きさを増していました。
「まだ一階にいるね。さてどうしようかね、サキのメリケンが通用すればいいけど……。お父ちゃんの話ではスゲえ硬いらしいよ」
そして一階へ。音だけで予想はしていましたが、校舎の一階部分は酷い状態になっていました。さっき見た動画のように、倒れて動かない生徒が多数。それに破壊された校舎。プリントを張っておく掲示板に穴が空き、コンクリート製であるはずの壁も少し損傷しています。
いくつもの窓ガラスが割られ、教室のドアも壊れて外れてしまっています。そして破損した消火器が周辺にピンク色の粉を撒き散らして転がっていました。
ピンク色の粉、そして血。ガラスの破片、コンクリートの破片。足下には倒れた生徒の呻き声。そして廊下の先には変わらず悲鳴と怒声が響き、その中心には茶色の人影。
「やっぱりアイツだったね。『ゴーレム斉藤』、確かに見た感じ硬そうだね」
「近くに景保様の姿は見えませんね」
「あれ? 本当だ。アイツなにやってんだよ、まさか舎弟一人もコントロール出来てないのか?」
そうだとしたら呆れるばかりですね。私たちはため息をつきながらゴーレム斉藤の元へ。いまだこちらには気付いていないようです。
教室で震えている女子、怯えながらもスマホで撮影をする男子。顔から血を流しながらもゴーレム斉藤に椅子を投げつける生徒もいれば、逃げ惑う生徒もいます。
「おい、斉藤! その辺にしておきなよ。みんなもちょっと下がって!」
千華の声に周囲が静まりかえる。誰もが混乱している状況の中で、千華の声はそれを容易く打ち破りました。その声だけで、彼女は場の騒乱を鎮めてしまった。
それまで私たちに背を向けていたゴーレム斉藤が振り向く。その全身は岩。かろうじて人の形をしていますが、それを元人間と分かる人はあまりいないでしょう。
全身に大小細かい岩を貼り付けたような外見、その岩も多くは茶色ですが、中には黒ずんだものも見えます。その岩でできたような身体のアチコチに返り血をまとい、その姿で私たちを睨みつけています。
そして騒乱は私たちだけの闘争へ。
緩慢な動きで私たちに近付いてくるゴーレム斉藤。一歩、踏み出すごとに石を廊下にぶつける音が響き渡る。よく見たら裸足ですね、岩だらけですけど。
私は大きく息を吸い込んで時間を止める。正確には止まったように見えるほど緩慢な世界の中で私はゴーレム斉藤に向かって駆けだした。
動きは遅い。私の接近にも対応する素振りは見られない。まずは顔面を一撃。コンクリートの壁を殴ったような感触。メリケンサックが無ければ拳が砕けていたかも知れません。
ゴーレム斉藤は怯みもせずに拳をあげようとする。その拳が上がりきる前にもう一撃。まるで効果が無い。次は脇腹に一撃。ダメです、どこを叩いても感触が同じでした。まるで壁を叩いている感触。
ゴーレム斉藤は反撃しようと拳を構える。その動きは冗談のように遅い、私はその間にゴーレム斉藤の顔面を何度も殴りつける。
ゴーレム斉藤はまったく意に介さずに反撃。その酷くゆっくりと動く拳にあわせてカウンター、それもダメ。メリケンサックが当たるごとに細かい破片が崩れて落ちる、それを見た私は同じ箇所を徹底的に殴り続ける。何度も何度も、その間にやってくる反撃をすべて避けて、殴り続ける。
顔面を覆う大小の岩の一つに亀裂が入る。その一点に意識が集中してしまう。あの場所を殴り続ければいい、そんな油断をしてしまいました。
相手の拳をギリギリで避けながらの攻撃。そして最後の一撃で岩の一つが砕けて剥がれ落ちる。岩が剥がれ落ちた箇所から出てきたのは、生き物らしく血が滲んだ肉。
ゴーレム斉藤の身体の一部分を砕き、そして人間の部分をさらけ出した時、私は完全に相手を侮っていました。
それは制服に触れた時に初めて気が付きました。視界の隅にはゴーレム斉藤の膝。それが私の腹部を捉える寸前でした。
避けられない、油断した、耐えろ、やり返せ! その意識のすべてを混濁させる衝撃。腹部への衝撃は身体を貫くように全身を走り抜け、腹部を殴られたにも関わらず頭の先まで響く。
全身の血が逆流するかのような錯覚を覚え、平衡感覚は狂い、胃の中に収まっていたはずの朝食はのど元まで迫る。
私は緩慢な時間の中で、自分の身体に受けた衝撃に意識が飛びそうになりました。そして時間の流れは元に戻る。
千華が私を呼ぶ声。ゴーレム斉藤は嗤っているのか、岩だらけの顔を歪ませる。その背後から教室の椅子を持った千華が襲いかかる。
千華は教室の椅子でゴーレム斉藤の腰にフルスイング。椅子の木製部分が砕け、そして金属部分がひしゃげる。
怯むゴーレム斉藤。そうか、重い攻撃じゃないと効かないんですね。さすが千華。人間相手に使う武器じゃダメでした。金槌とか用意しないと……。
舌打ちをしながら椅子の残骸を放り投げる、そしてそのままゴーレム斉藤に体当たり。巨大な岩がコンクリートの壁にぶつかる音が響き渡り、そしてゴーレム斉藤はひざまずく。
「千華、もう一発!」
「無理、超痛い!」
ですよね。岩の塊に体当たりすれば、自分だって痛いですよね。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
ゴーレム斉藤の叫び。もしかして言葉を忘れてしまったのでしょうか。クソガエルの能力は知能を退化させてしまうとか。いえ、ケイトは普通に話していますね。むしろ母国語ではないはずの日本語を流暢に話していました。
「オイ! 山田、コレ使え!」
少し離れたところに先生がいました。ゴーレム斉藤を止めようとしてやられたのか、頭から血を流しています。その先生が千華へと椅子を投げ渡す。いえ、一応先生ですよね? まあ、緊急時なのは分かりますけど。
千華はその椅子を受け取って、ひざまずいたゴーレム斉藤の肩を狙ってフルスイング。
その一撃で二つ目の椅子も壊れてしまいました。恐らく千華は身体能力が違いすぎる。武器を使わなくても私より強い。でも、
「やっぱり手足から潰す派なんですね」
「その派閥、本当にあるの? アタシ抜けたいんだけど」
肩を押さえて呻き声を上げるゴーレム斉藤。そして学校中に響き渡るパトカーのサイレン。
「覚えてろよ、オマエラ……」
呻き声に混じって聞こえたゴーレム斉藤の捨て台詞。そしてゴーレム斉藤は緩慢な動きのまま学校から逃げだしました。
追いかけようとした私を千華が止める。
「やめとこ。そりゃ走れば追いつくだろうけど、倒すのは難しいよ。警察が捕まえてくれればいいけど、無理じゃないかな……」
私たちは立ち尽くす、破壊し尽くされた校舎の中で。小さな悲鳴や泣き声の中に、怒りの声も聞こえる。
「潰さなきゃダメだね、アイツらだけは野放しに出来ない」
千華の言葉に私は無言でうなずいた。