第二十二話 山田千華「みど高の事件、どうでもいい男」
今日も朝からパンを焼く。なにが起ころうとこれは変わらない、多分。
アタシたちが平穏を望もうと、相手はそんな事知ったこっちゃないようだ。今日の朝、また新しい噂話が入ってきた。
正確には昨日の夕方、SNSのクラスグループで少し話題になっていた話があった。アタシは今日の朝、それを知った。
***
スマホの画面にはクラスメイトが書き込んだ履歴が表示されている。
『みど高でなんか事件起きてんね。みど高周辺にパトカーがやまほど来てる、超大騒ぎ。たまたま通りかかったんだけど、誰か詳細知らねー?』
『メリケンさんじゃね? あの人、謹慎中なのにみど高に乗り込んだらしいよ』
『それ一昨日。みど高で騒ぎが起きてんのは今』
『先輩からメール来たわ。なんか茶色の化け物が暴れ回ったらしい』
『ゴメン、なにそれ?』
『その先輩、病院連れてってやれ。多分、頭の病気だ』
『マジっぽい。動画も来てた』
アタシはクラスメイトがアップした動画のアドレスをクリックした。
悲鳴、叫び声。そして雑音。誰かがスマホで撮影しているような動画。そこにはつい先日話したばかりのみど高の先輩が映っていた。
ひざまずいて繰り返し謝罪をする先輩。それを見下ろす茶色い影。なんだこれ? アタシはスマホの画面を凝視する。撮影している人の話し声、『マジかよ、なんだよアレ』。
話し声のあと、動画は茶色い影に焦点をあてそのままズームされた。それは『岩』、岩を積み上げて作ったような人型。下半身はジャージを着ているが、上半身は裸。その上半身はすべて岩で覆われている。
確か映画でこんなのあったな。全身が岩で出来てる化け物。ソイツは無抵抗の先輩を殴る、多分手加減はしてる。ただ何度も殴った。
『てめえ、いい加減にしろよ!』 別の生徒が化け物を背後から木刀で攻撃した。まるで効いてない。振り向きざまに化け物は殴る。その一撃で別の生徒は地面に叩きつけられて、そのまま動かなくなった。
カメラがぶれる。撮影者がどうやら揉め事から距離を取り始めたらしい。そしてカメラのズームも解除される。画面の中央に小さな点として映し出される化け物。校舎を背景にしたその光景は冗談だとしたら悪趣味だった。
化け物の周囲には倒れた生徒たち、一時停止して数えてみたが画像に収まっている範囲で二十人くらい。全員が倒れたまま動かない。その中にはヤバいくらいの出血をしている生徒もいた。
「なに、これ……」
アタシは思わずつぶやいた。朝からメールとSNSをチェックしたらとんでもない事態になっている事を知らされた。
動画を見た限りでは、たった一人の化け物に二十人以上の生徒が半殺しにされている。そしてリーダー格だった先輩は気を失う事すら許されず、延々と暴行を加えられている。
動画はそこで終わってた。もう一度SNSをチェック。それを見たクラスメイトの反応を見る。
『マジだ! 超ヤバい、なんだコレ?』
『なんかおかしくない? 最近変なヤツ多いよね。この間も千華の家の前で緑色の化け物見たよ。なんかスゴい怖かった』
『それ山田の親父』
『違う、千華のお父さんじゃない。あんなプリチーなカエルじゃなくてマジなカエル、それも毒持ってそうなヤツ』
『俺もそれ見た。俺が見た時はパツキンのおねーさんが一緒だったよ』
『そのパツキン、カエルパンで働いてるよ。昨日の朝見たから間違いない』
『やっぱり山田関係か……。じゃあしょうがねえな』
『なんだ、千華の知り合いか。なら多少奇抜でも仕方ないよね』
『山田家かよ、じゃあ解散。茶色の化け物も山田の兄貴かなんかだろ』
あれ、これイジメかな? なんでアタシの家なら仕方がないとかって話になってんだよ。あと、こんな兄貴いねえよ。SNSが匿名じゃなかったら書き込んだヤツの口にパンの耳詰め込んでやるのに。
「あれぇ、今日は珍しいねぇ。千華が寝坊するなんてぇ」
アタシは寝間着のまま、スマホを持って一階に降りた。そしてお店の奥でパン生地をこねて切り分けてるお父ちゃんにスマホの動画を見せた。
「うーん、コレは多分『沈殿する狂気の石柱』だね」
「いちいちアレな名前だね。まあ、いいや。そんでどんな能力なの?」
「見たままだねぇ。皮膚が岩のように硬くなるんだよぉ。深きものにとってはハズレ能力かなぁ。身体が重くなるし、動きも鈍くなる。だから泳げなくなるんだよぉ」
「でも陸なら面倒な相手だって事だね。確かに動きは少し遅いかな……。だけど、生半可な攻撃じゃ効果無さそうだね」
「それにしても、やっぱり暴走してるねぇ。どうしてみど高が襲撃されたのかは分からないけど、ここまで派手にやっちゃうのかぁ」
それはアタシも思った。どんな理由でみど高の生徒が襲われたのかは知らないけど、さすがに思慮が足りなすぎる。ここまで派手にやれば注目も集めるし、警察だって動く。
過ぎた力を持ったヤツは大抵暴走する。穣治がクソガエルをばらまいたら、こんな事件がやまほど起きるはず。本気でなに考えてんだ……。
そんな事を考えていたらお店にケイトがやって来た。もうそんな時間か、さっさとお店始める準備を済ませないと。
***
お店は今日も通常営業。学校が始まっているので制服姿のお客さんも多い。その中にクラスメイトがいたのでちょっと聞いてみる。
「昨日の動画の件、詳しい事知っているヤツ教えて」
「動画? ああ、アレか……。アレ、兄貴じゃねえの?」
「兄貴じゃねえよ! 殴んぞ、コラ!」
「冗談だよ。みど高の先輩から聞いたんだけど、もう『ゴーレム斉藤』ってあだ名が付いてるらしいよ。動画アップしたのはコーちゃんだと思うから、あとで聞いてみろよ」
ゴーレム斉藤ってなんだよ。どんなあだ名だよ。で、動画をアップしたのはコーちゃんか、話した事ないな。確か去年は優子と同じクラスだったはず、あとで優子連れて声かけてみるか。
クラスメイトは一足先に学校へ。アタシもお店が一区切りついたら制服に着替えないとね。それにしてもお客さんが多い、正直お店が狭いと感じるくらいにお客さんが来てる。
まあ、お父ちゃんはちょっと複雑みたいだけどね。ケイト目当ての男性客が増えた反面、女性客が少し減ったとか言ってた。
アタシの注意は店内に向いていた。お客さんの顔を見て、普段は来ない人だなとか考えてた。そのせいで少しの間、気が付かなかった。お店の外からみど高の制服を着た男がアタシを睨んでいる事を。
「千華、あの人……」
オドオドしたケイトがそれを教えてくれて初めてアタシは気が付いた。アタシと目が合ったその男は人差し指を折り曲げて、アタシに『ちょっとツラ貸せ』のジェスチャー。
まあ、お店に乗り込んで来られるよりはマシか。アタシはレジをケイトに任せてお店の外に出た。
男はみど高の制服を着てる。時代遅れにしか見えない他のみど高の生徒とは違って、その男は『今風のヤンキー』スタイルの格好だった。
長髪に派手なアクセサリー、耳だけじゃなく、鼻にもピアスしてる。あれ、引っ張ってみたいな。
詰め襟の学生服の下にはドクロがデカデカとプリントされたTシャツ。クラスメイトにもあんな格好している男子がいたけど、あれ詰め襟がこすれて首が真っ赤になるんだよね。慣れると平気なのかな。
「オマエが山田千華だな。相方はどうした? バカみたいにタッパのある女がいつも一緒なんだろ?」
男の声は妙に甲高い。声だけで判断しちゃ悪いけど、なんか小物って感じがする。ただ話し方は普通だ。少なくとも無駄に虚勢を張るようなタイプじゃないらしい。
「で、アンタ誰?」
「俺の舎弟が世話になったらしいな。今日はその礼に来たんだよ」
ねえ、会話しようよ。
「まあ、今すぐって訳じゃねえよ。俺はこれからみど高の連中を教育してやらないといけないからな。オマエらの相手はそのあとだ。安心しろよ、今日は挨拶だけだ」
「で、アンタ誰?」
「感謝しろよ。親父が止めなけりゃ、オマエらも速攻で潰すつもりだったんだぜ。こんなチンケな店、豹紋葛が本気になったら丸ごと消し飛ぶぞ」
「ああ、はいはい。大体分かったよ。アンタが景保だね。なんか知らないみたいだけど、ウチも豹紋葛だよ。それに『相方』のサキもね。サキがアンタの舎弟ボコってもお咎め無しだったのはクソジジイがもみ消したから」
まあ、クソジジイがもみ消したかどうかはアタシの予想にすぎないけど。そんなアタシのハッタリに男は思いっきりうろたえた。
「え? だってオマエ、山田っていうんだろ? 豹紋葛じゃねえじゃん。なに言ってんだよ」
「お母ちゃんが豹紋葛の人間なのよ。まあ、認めたくないけど、アンタの親戚になるね」
「へ、へえ、そうかよ。まあ、俺の親父は一族の中でも力つけてっからよ。オマエらが豹紋葛でも関係ねえよ。それに俺にはオマエらには想像も出来ないような力があるしな」
「もしかしてアンタもクソガエル持ちなの? ゴーレム斉藤とアンタの他に、クソガエル持ちは何人くらいいんのよ?」
景保は呆然とアタシの顔を見ている。どうも話が噛み合わない。と言うか、コイツなにも知らないな。アタシが豹紋葛だって事も知らなかったみたいだし。
「昨日、みど高で暴れたのってアンタの舎弟なんでしょ? もうゴーレム斉藤ってあだ名がついてるよ。舎弟にクソガエル呑ませて偉そうにしてるけど、これからどうすんのよ。あんだけ暴れたら、クソジジイでももみ消せないよ。アンタ、結構面倒な立場に追い込まれてない?」
「うるせえ! 昨日の事はもう済んだんだよ。親父とおんなじ事言いやがって!」
ああ、コイツバカなんだ……。こういうヤツが力を持つと本当に面倒くさい。ヤンキーぽく振る舞ってるけど、多分高校デビューってヤツかな。
偏見かも知れないけど、本物のヤンキーならこんな時間に起きてねぇよ。ましてや制服着てるって事はこれから登校するんでしょ。ヤンキーなら遅刻くらいしろよ、なに真面目に学校行こうとしてんだよ。
「畜生、なんでアイツの名前がバレてんだよ。あんなツラになってんだから、誰も分かんねえと思ったのに……」
おいおい、聞こえてるよ。愚痴るなら聞こえないように言え。
多分、斉藤ってのは景保の取り巻きの最後の一人なんだろうね。ソイツにクソガエルを呑ませて能力を持たせた。あんだけ外見が変化したんだから、バレないだろうって考えてみど高を襲撃させた。
「でもさ、なんでアンタ、舎弟にみど高を襲わせたのよ。襲われた連中とアンタら同級生でしょ。別に揉めてた訳でもなさそうだし」
襲われた連中は穣治の資金源を知ってた。アタシにそれを喋ったせいで襲われた?
「アイツら生意気なんだよ! 俺の事、ボンボンだとかバカにしやがってよ!」
うわ、スゲえくだらねえ理由。ちっちぇえなコイツ、ちっちぇえ上にバカだ。どうしよう、なんか真面目に相手するのが恥ずかしいよ。
「おはようございます、千華。まだ制服に着替えてないの? 今日からまた学校ですよ」
「あ、サキ。おはよう。もうそんな時間? ゴメン、ちょっと待ってて。今、着替えてくるから」
お店の前でバカと立ち話をしている内にサキがやって来てしまった。急いで着替えないとな。あ、景保どうしよう。
アタシは面倒くさそうに景保を見てみたら、今までで一番バカみたいな顔をしてサキを眺めてる。あれ? これヤバいパターンじゃね?
「あ、ども。豹紋葛景保っていいます。あの、山田さんの知り合いですか?」
普通に敬語使ってんじゃねえよ、ヤンキー口調はどうした! 顔赤いぞ、オイ。アレか、惚れたか? いきなりサキに一目惚れか? 面倒くせえな、オイ!
「初めまして。御堂サキといいます」
サキは普通に挨拶を返す。上品に微笑んでから深々と頭を下げた。その動作に紛れてポケットに手を入れて、メリケンサックを取り出した。そして両手を後ろで組むフリをして腰の辺りでメリケンサックを装着。お願い、お店の前ではやめて。
「あ、ああ。あなたが御堂さんですか。山田さんにはいつもお世話になってます」
いや、初対面だよ。マジでなに言ってんだ、コイツ。サキが舎弟ボコった犯人だって知らないのかな。
「あ、あのさ、山田さん。今日はこれで帰るから。またなんかあったら連絡するね」
うわ、動きがギクシャクしてる。もう少しキレがよかったらロボットダンスに見えるくらい不自然な動きしてる。
景保はそのまま本当に帰っていった。アイツ、なにしに来たのかな……。
サキはいつの間にかメリケンサックを外して、にこやかに微笑みながら手を振ってる。景保は何度も振り返っては、サキに手を振り返していた。本当に顔が緩みきってる。
景保が十分に離れてからサキが一言。
「殺らなくていいんですか?」
「うん。お店の前だからね」




