23 刺客
クラリスと打ち合わせをした感じ、俺たちの支援のおかげでこの街は守りから攻めに転じる機会を得たようだ。
元老院陣営のかく乱と俺たちからの物資の支援、その二つが重なったことによりクラリス陣営の戦力にかなりの余力が生まれている。
そうなってくると打てる手も色々と増える。
そして時期的な幸運も重なる。
来月頭には、エーデルガルド公爵閣下が率いる神殿の救援艦隊がこの大陸に上陸する。
この支援艦隊の来訪は間違いなくクラリスの追い風になる。
西の大陸の救援の名目で他大陸から神殿の勢力が来るというのは、受け入れざるを得ない元老院側にとっては政治的にかなり不利な状況下に置かれることになる。
元老院が神殿をないがしろにしているわけではないにしろ、精霊信仰という教義を盾に、神を信仰する神殿に友好的ではないのは神殿側からしても有名な話だ。
この西の大陸では神殿の数が、他大陸と比べると少ない。
それは、各大陸の中で最下位と言ってもいい。
なので、他の大陸と比べると神殿の影響力と言うのが弱くなっている。
大陸全土を覆う砂漠とワールドツリーを使った閉鎖的な可住環境という条件も、神殿建設の障害となっている。
そんな西の大陸での神殿事情であるが、それでも元老院にとって無視できる存在でないのは間違いない。
神殿が政治に直接関与しないのは世界共通ではあるが、民が困窮しているのにも関わらず為政者が戦争を起こすことを見過ごすようなことはしないし、支援物資を戦争に使われるということは絶対に忌避する。
さらに言えば、クラリスは神の使徒として有名だ。
その神の使徒を断罪しようとする動きに対しても疑念を抱き、元老院の失言についても追及が始まる。
すなわち、元老院側からしたらこの神殿の支援艦隊が来る前に、クラリスと決着をつけないと、さらに状況が悪化するという環境が出来上がっている。
時間制限がかかり、相手の行動の幅が狭まり、慌てて戦力をかき集めているのはエンターテイナーたちから情報で入っている。
こっちは専守防衛に努め、神殿が上陸するのを待てば状況が好転することが約束されたのは朗報と言っても過言ではない。
「と言っても、暇って言うわけではないよなぁ」
寝起きでぼんやりした頭を、少しでも起こそうとベッドから抜け出し、そして背伸びをして体をほぐしつつ頭の中では今後のことを考える。
やるべきことは多い。専守防衛に努めるとは言っても相手の戦力次第では大規模な戦闘になる可能性もある。
エンターテイナーたちのかく乱作戦によって人員の集まりが悪いし、都市間の連携もうまく取れていないこともわかっている。
しかし、それでもケツに火が付いた輩が何をするかわからず、最後の最後、土壇場でとんでもないことをしでかす可能性も十二分にある。
その可能性を潰したり、こっちの戦力を十全に保つためにやるべきことは多い。
それはクラリスだけではなく『夢幻のオヴェイロン』との戦いに備える俺たちにも言えることだ。
「仕掛けるにしても、どこから切り崩すか」
こちらの行動は基本的には防衛メイン、正面から戦争をするような愚は犯さない。
まだ神殿が来ていないとしてもこっちから戦闘を仕掛けたという事実を残すのはよろしくない。
来る前もそうだが、神殿が支援している最中に戦いを仕掛けるなんて最もやってはいけないことと言える。
こっちが戦を仕掛ければ当然だが義もクソもない。
大義名分が当然のように消し飛び、その代わり生まれるのは悪名という評判。
なので、やるのはいつも通りの暗躍だ。
元老院の権力者たちの社会的地位の抹殺を主として、大陸全土でクラリスの知名度を上げて、向こうの住人からクラリスの統治を求めるようにするのだ。
神殿が支援をしているときにそれをやるのは、その住民たちの声を封じさせないためだ。
これまでの状況であれば、元老院の統治が機能しているからそういった声が発生すれば鎮圧される可能性が十分にあった。
しかし、支援をしている神殿の目がある場合、物理的な鎮圧はおいそれとできなくなる。
政治に関与はしない神殿であるが、迷える子羊の悩みを聞くことはあるし、助けを求められれば、救いの手を差し伸べることもある。
第三の治安維持組織として活動してくれれば、元老院側の動きはかなり制限される。
「・・・・・とりあえず身内同士で疑心暗鬼にさせて足を引っ張らせるところから始めるか」
元老院ほど世間体を気にする組織もいないだろうっていうくらいに、その地位に固執している。
似たような風潮でいうなら東の大陸の輩もそうだけど、あっちはあっちで気質が違う。
北の大陸の権力者たちは、どっちかというと脳筋に近いから別ベクトルの怖さがある。
南に関しては言わずもがな、公爵家によるにらみ合いが起きているが俺によってそのパワーバランスは完全に崩れている。
ある意味で一番落ち着きはじめている大陸と言える。
そんな世界情勢もある程度把握している俺は、西の大陸の権力者たちの弱点を把握しているので容赦なくそこをつく。
神殿の監視による行動制限、エンターテイナーたちによる情報操作。
この二点のアドバンテージを駆使して、クラリスをこの大陸のトップに押し出す風潮を生み出す。
これがある意味で一番元老院にダメージを与えることになる。
「そうなってくると、勝手に動くやつも出てくるよな。ランスロットとか、ケイ、あとはトリスタン辺りか」
そんなダメージを受けた元老院の連中がなにも起こさないということはまずありえない。
エンターテイナーたちによって不祥事を起こし、俺たちによってワールドツリーを失い、地位の失墜が秒読みの元老院がどういう動きをとるか。
正面から叩き潰せないとなれば、頼るのは裏の戦力か。
十中八九、汚れ仕事を主とする輩の手を借りる。
「とりあえず、暗殺とかは気にしないといけないよな。移民の中にはそういう輩も絶対紛れ込んでいるし」
クラリスの館に泊まった俺は、窓の外に見える街並みを見つつそんなことを思う。
朝日とともに目を覚ますという行動は、日本にいたころはまずできない習慣であったが、この世界に転生してから朝日とともに目覚めるということを繰り返していたら自然と体内時計が調整されてしまった。
「となると、暗殺者系ネームドも気にしないといけないよなぁ」
導き出された思考を口ずさみつつ、いまだ眠気が抜けきらない体を起こすために腕を伸ばしてあくびを一つ。
『リベルタ様、起きていらっしゃいますか?』
「イングリット?起きてるよ」
『失礼します』
そのタイミングで、朝日が昇るよりも先に目覚め身支度を済ませているイングリットが入室してくる。
いつも通りの乱れの無いメイド服。
イングリットの寝起きの姿など見たことはないが、あくびをしているところすら見たことのない俺は、朝目覚めたとたんに仕事用の顔になっているのではと思うほど、いつも通りの表情で入って来て、一礼をする。
「顔を洗うための水をお持ちしました」
「ありがとう」
「いえ、こちらが手ぬぐいとなります」
フライハイトとは違い、ギャラハッドの街には魔道具が完全に配備されているわけではないし、この大陸ではそもそも水は貴重だ。
この館と言えど、そこは例にもれず、こうやって顔を洗う水を確保するのも一仕事というわけだ。
「・・・・・なぁ、イングリット」
「なんでしょうか?」
そんな貴重な水で顔を洗い、受け取った手拭いで濡れた顔の水ををふき取ったあとに俺は、まだ覚醒しきっていない頭でイングリットに問いかける。
「クラリスって、どんな男が好みだと思う?」
「・・・・・」
「・・・・・イングリット?」
その問いの意味は、俺の知る暗殺系ネームドのキャラの中にハニートラップを仕掛けてくるキャラが何人かいるからだ。
ホストのような見た目のわかりやすい暗殺者もいるし、善人を装う暗殺者もいる。
イケメンの暗殺者もいれば、イケオジの暗殺者もいる。
純粋に仕事人のような暗殺者もいるが、そっちは警備でどうにかなるけど友好的に接して来てそこから暗殺という流れに持ち込まれるのが一番防ぎにくい。
なので、頭の中に浮かんだ対女性用のハニートラップ専門の暗殺者対策ということでイングリットに質問したのだが、いつもなら素早く返事をするイングリットから返事が無い。
「リベルタ様は、クラリス様のような女性が好みなのでしょうか?」
「いや、何故にそういう話に?」
そして絞り出すような声でイングリットから出てきた言葉に俺は首を傾げ、どうしてそうなったかという思考を巡らせ、自分の発言を思い返して。
「・・・・・あ」
勘違いしてもおかしくない言葉を発したことに気づき。
「違う違う!すまん、言葉が足りなかった。今後の展開でクラリスに暗殺者が送られるのは確実だから、ハニートラップ対策としてどんな男が好みかって確認したかっただけ」
「・・・・・本当ですか?」
「本当!さすがにこの非常時に恋愛とかそういう話なんてしないって!」
慌てて否定をするが、イングリットの表情に変わりはないが雰囲気的に少し不安気になっているのがわかる。
おかげで眠気も一気になくなったのはよかったけど、こういう目覚め方はしたくはなかった。
「疑ってしまい申し訳ありません」
俺の言葉が真剣なのに気づき、イングリットの雰囲気が申し訳なさそうなモノに変わりスッと頭を下げられる。
「いや、俺も変な聞き方になってゴメン。言葉が足りなかったよ」
しかし、もとはと言えば俺の失言が原因だからイングリットに謝られても困る。
今回はお互い様ということにして、話題転換を図る。
「それで、さっきの質問なんだけど」
「はい、クラリス様の好みですね」
「ああ、異性の俺よりも同性のイングリットたちなら何かわからないか?アジダハーカの討伐の時に交流があったと思うんだけど」
「・・・・・生憎とそのような話題はありませんでした」
本題の質問に戻り、イングリットは一瞬悩むそぶりを見せた。
それは自身の記憶を遡り、情報を探していたようで、検索結果は芳しくはなかった。
「そうか、となると後で確認する必要があるな」
「それほどの腕利きなのでしょうか?クラリス様がこの状況下で異性の殿方に心をなびかせ迷うことはないと思うのですが」
「俺もクラリスなら大丈夫だとは思うけど念のためな」
俺も一つの可能性として、暗殺者ネームド対策として聞いたに過ぎない。
シャリアみたいなチートな輩は早々いないだろうけど、〝金〟しだいでどんな仕事でも受ける面倒なキャラは何人か知っている身としてはそこは警戒しておきたい。
「では、私の方で事情を説明し確認をとります」
「頼む、俺が聞くとまた勘違いされるかもしれないし」
「はい」
狂楽の道化師みたいなやつが、他にもいないわけではないのだ。
「できれば〝人形師〟はいないで欲しいなぁ」
そんな輩のなかで、この状況下でいて欲しくないという願望を籠めて俺はとあるネームドのあだ名を呟くのであった。




