23 闇夜の捜索
踏み荒らされた森の地面の状態から察するに、ここが捜索の起点で間違いなさそうだ。
「よし、全員第二種戦闘態勢。ここからは相手の動きを警戒しながら月明かりだけで行くぞ」
ここからはいつ相手と接触するかわからないエリアに突入したと判断。
即座に魔道具の灯りを俺が最初に消せば、他の面々も追随する。
辺りは深い森の闇に包まれ、光源となるのは雲の隙間から照らされる月の光だけ。
しかし、それでも俺が鍛えた2人は、その闇に怯えることなく、スッと意識を戦闘モードに切り替える。
第二種戦闘態勢は、いつ戦闘に入っても問題ないという緊張状態の維持。
長時間の運用は難しいが、集中力を切らさず、即座に戦闘に入る意識を保てということだ。
それだけ、邪神教会の一行との距離が近いと判断した。
「アミナは空から索敵してくれ。戦闘は無し、空中モンスターに注意してくれ」
「わかった!」
「方角はあっちの山のふもと付近、そこら辺を今移動しているはず、見つからないように気を付けてくれ」
「はーい」
そしてだからこそ、空からの偵察というのは重要になる。
偵察飛行、それも夜間は危険だが彼女には契約精霊のサポートもあるし、いざという時にはゴーレムという自衛手段もある。
それに今のアミナなら、ドッグファイトで飛竜に勝てるくらいの素のスペックもある。
不意打ちを喰らっても、立て直せる。
それに機動力の高い彼女なら偵察にもうってつけだ。
「それじゃ!行ってきます!」
勢いよく飛んで行った彼女の背を見送り、残ったネルと次女さんと顔を見合わせ森の中を走り出す。
次女さんは浮遊しているから当然無音だが、ネルも訓練して足音を最小限にして走れるようになっている。
次女さんが俺たちの戦闘に参加するのは初めてだが、そこはさすが上位精霊、自然と体に纏う雷を制御して雷光を消し、闇に溶け込む。
それは長い年月を生きて来た経験のなせる技だろう。
「リベルタ、これから向かうところにはどれくらいの人がいるの?」
「倉庫の中で見つけた資料から推測すると、食料はおおよそ一週間分の指定。その量から逆算する。普通に考えれば、多くて五十人程度だ。だが、実際は手に入れた食料よりも大勢いるだろうと思う」
疾風のように森の中を駆けぬけ、時折森に潜むモンスターたちが何事かと俺たちを見るが、そのころにはすでにその場から離脱している。
そんな高速移動中であってもクラス8の身体能力なら余裕で会話は可能。
「どういうこと?」
「食料の大半の消費は護衛や物資運搬役の邪神教会の人員だ。人身売買で買った子供たちには食料は必要最小限、それこそ死ぬか死なないかギリギリの量しか供給していないはずだ」
『せっかく集めた子供たちにそんな扱いをするの?仲間にするために集めているんでしょ?』
闇の中、月光しか照らさず足元もまともに見えない森の中を高速で移動し続けるのはなかなか集中力を要するが、普段からこういう訓練もしているので問題ない。
「あいつらににとって、信者じゃない人間は仲間じゃない。だが、将来的には仲間になるかもしれない。だから移送している間は逃げないように体力を削り反抗心を削り、心身ともに弱らせるのがあいつらのやり方だって。ちょっとまて!」
どんどん進んでいたが、視界の端にとある物が目に入る。
急制動で立ち止まり、そのまましゃがみ込む。
「人形?」
『ひどい、壊されている』
「連れていかれている子供の持ち物だろうな。肌身離さず持っていた物を取り上げて目の前で壊す。奴ららしいやり方だ」
クマのぬいぐるみ、少し古いが大事に使われているのがわかる。
そんなぬいぐるみの顔が鋭利な刃で切り裂かれている。
『・・・・・ちょっと時間頂戴、一分、いえ、三十秒で直すわ』
そのぬいぐるみを見て次女さんが、顔をしかめた後に決心したような顔をして、袖をまくり、俺の手から優しくぬいぐるみを受け取り、その場にしゃがんだ。
『すぅ』
ポケットの中にしまっていた小さな裁縫道具を取り出す。
マジックバッグと同じ原理で作られた裁縫箱は、手のひらサイズだが、実際はかなりの容量がある。
その中から針と糸を取り出すと大きく深呼吸して、そのまま息を止めたと思ったら、高速で彼女の腕が振るわれる。
みるみるうちに直っていくぬいぐるみ、元々ほつれていた場所もまとめて修理し、宣言していた時間よりも早く直し終わった。
『こんな物ね』
「お見事、縫った跡もないじゃないか」
『べつに、ちゃんと大事にしてて思ったよりも布が綺麗だったからこうなっただけよ』
満足気に見回した後に渡されたぬいぐるみを見れば新品同様とまではいかないが、綺麗な状態になっているのは明白。
「そっか、それじゃ、はい」
『なによ』
「直したのは次女さんだ。だったら、次女さんの手から返してあげたほうがいい」
『・・・・・わかったわ』
「きっと喜ぶわよ」
そのぬいぐるみを再度、次女さんに渡すと何故、と首を傾げた。
俺たち以外の人たちとの交流をし始めたのはフライハイトに来てから。それ以前はあまり他者との交流をしていなかったから、子供に返すという発想が無かったのだろう。
『そう、そうね。そうだといいわね』
だが、最近では他の精霊に縫物を教えたり、フライハイトに来た孤児たちにも教えようとか悩んでいるところを見てきた。
元から優しい精霊な次女さん。
うっすらと笑みを浮かべたら、そのぬいぐるみを優しく懐にしまった。
「嬉しそうね」
『べつに、そんなんじゃないわよ。このぬいぐるみをズタズタにした奴を黒焦げにするついでよ、ついで。こんなに丁寧に作ったぬいぐるみを壊せるなんて、ろくな人間じゃないでしょうね』
「邪神教会だからな。まともな奴はいないと思った方が良いぞ」
『そう、なら手加減はいらないわね』
それを確認してから、また走り出す。
思わぬ拾い物で次女さんのやる気に火が付いたみたいだ。
邪神教会の連中もまさかぬいぐるみを壊して捨てたことで雷の上位精霊を敵に回したとは思うまい。
哀れだとは思わない。
自業自得だと思いつつ、さらに走ると。
「リベルタ、止まって」
「何かあったか?」
ネルの合図で止まる。
「これは、人の匂いね。少し離れているけど」
ネルは立ち止まり、周囲を見回しスンスンと鼻を動かし匂いを拾うことに集中する。
おおよその方向を探りたいのだろう、俺と次女さんは黙ってネルの行動を見守った。
「こっちね」
「こういう時って獣人の能力って羨ましいよ」
「良いことばかりじゃないのよ。強い匂いの物とか嗅いじゃうと大変なことになるんだから」
そしてついに邪神教会の一行を捕捉したようだ。
「今も変な匂いが混じっているのよ?」
「俺は感じないが、どんな匂いだ」
「薬草の匂いね。こう、なんていうの?嫌な匂いっていうしかないけど」
「・・・・・たぶんモンスター避けの香草だな。弱いモンスターを遠ざける効果があるアイテムだ」
ネルの嗅覚に捕らえられるということは、そう遠くない位置に邪神教会の一行がいるということ。
そしてその匂いにも心当たりがある。
「なるほど、確かに嫌な匂いだ」
「でしょ?」
ネルの嗅いだ匂いは、数分も進むと俺も感じることができた。
モンスター避けのアイテムなんて、FBOでもあまり使わないし、この世界に来てからも使っていないからこの匂いは中々新鮮だ。
そんな感想を抱きつつ、その匂いを追えばついに奴らの姿を捕らえることができた。
暗い森の中を最小限の灯りで移動する集団。
「・・・・・ひどい」
「ああ」
黒いローブを着込んだ集団が、首に綱を付けられ子供同士で繋がれた一団を囲むように進んでいる。
相手に気づかれない位置で追跡を開始して、聞こえてくるのはすすり泣く泣き声。
子供たちは夜中に無理矢理歩かされて、何人もの子供がすすり泣き、そして時折響く鞭の音で体を震わせ、必死に歩いている。
「移動するぞ」
最後尾は見つけたが、あれが全体じゃない。
まずは全容を確認するために、向こう側に気づかれないようにそっと移動を開始する。
邪神教会の連中も周囲を警戒しているが、それほど気を張っている様子はない。
どちらかというと、移送する子供たちの方に意識が向いているように見える。
ここら辺は危険なモンスターがいないから、モンスター避けの香草だけで十分だと判断して油断しているのだろう。
襲撃される可能性は考慮しているだろうが、可能性は低いと考えているらしい。
真面目に警戒していれば、もうちょっと侵入するのも苦労しただろうな。
しかし、その油断が今の俺たちにはちょうどいい。
敵の目を掻い潜って、情報を収集する。
正面から蹴散らすことなど簡単にできるが、それは今連れられている子供たちの命を無視した強行突破をした場合だけだ。
流石の俺たちでも、この戦力で子供たちまで無傷に勝つのは無理だ。
子供たちは縄が首にかけられ、そしてそれが一本で繋がっている。
闇の中でも動き回れるという訓練もしていない子供を、仮に解放したとしても、その場でうずくまることくらいしかできないだろう。
仮に逃げ出そうとしても、空腹で疲れ切っている子供では遠くまで逃げることも、見張りから逃げ切ることもできないはずだ。
「子供は二十人で一組、全部で四組か」
「敵の人数は荷物運びが十人で、見張っているのが二十人ね」
『他にも使い魔みたいなのが何匹かいたわね。猫と、イタチと、狼ね』
「闇さんに匂い消しを作ってもらっていて良かったよ」
そんな状況で、真正面から襲撃したら子供が人質になる未来しか見えない。
こっちの状況は、近くの茂みに潜伏して様子を見て情報を手に入れることが最善と思えるほどの、一触即発の緊迫状態。
時間が経てば、シャリアやエスメラルダが応援に来てくれるだろうけど。
「あう!?」
「さっさと歩け!!」
今、目の前で小さな女の子が鞭で打たれた。
痛みでうずくまるが、必死に立ち上がって涙を流しながら歩きだしている。
この状況をずっと、見続けることはできない。
今にも飛び出しそうな勢いのネル、目を見開き雷が迸りそうな雰囲気を纏う次女さん。
「おい、このガキを治せ!」
「・・・・・わかりましたぁ」
そんな子供の元に1人の女が連れてこられた。
不承不承という雰囲気がありありとわかるくらいに不満な顔をしつつ、鞭で打たれた傷に回復魔法を施す人物。
一瞬、邪神教会のヒーラーかと思ったが、よく目を凝らすと、見覚えのある顔が見える。
ペトラ・ローン。
ジュデスがスカウトすることを断念した借金女王がそこにいた。
なぜ?と一瞬脳裏に疑問がよぎり、もしかしてこの段階ですでに邪神教会と関係ができたか、と次に推測が飛ぶ。
「はい、治ったわよぉ」
「あ、ありがとう」
「うん、辛いけど頑張ろう。きっと助けが来るから」
聞こえて来た会話と、ペトラと子供のやり取りを嘲る周囲の邪神教会の人間を見れば、関係は一目瞭然。
ペトラが敵ではないと判断していいと思いつつ、ではここからどうするか。
「次女さん、雨を降らすことはできる?」
まずはこいつらの足止めが必須だ。
『まかせて。水の精霊の方が上手だけど、少し時間をくれればできるわ』
「なら、できるだけ大きな雲で雨を降らせてくれ。奴らが立ち止まって野営するくらいのやつを頼む」
『わかったわ』
天候の操作を次女さんに頼んで、雨を降らしてもらう。
それによって行軍速度は格段に下がるはずだ。
上手くいけば足止めもできる。
「確認した限り、敵に実力者はいない。天気が崩れたら行動を起こす」
そして足止めさえできれば、子供たちが一箇所に集められて見張りとの距離が生じるので防御陣形を作る隙ができる。
その中に子供たちを囲い込み、そしてそこから防衛線を構築。
頭の中でシミュレーションをして、作戦を実行できる場所を模索する。
「・・・・・あれは」
そんな折に、俺の目に灯りを灯した集団が接近してくるのが見えるのであった。




