15 受け入れ
「晴天なり、晴天なり。いやぁ、今日は絶好の出迎え日和ですね」
「そうだね。雨が降ったら気分も下がるから、こういう晴れている日の方が門出としてはいいね」
俺とガトウさんは今、城門まで来ている。
そこは御庭番衆の詰め所も近くにあり、門番のようなことをしている。
俺とガトウさんはその詰め所の外に設置されているベンチに隣り合って座り、空を見上げる。
街の責任者がこんなところで油を売っていていいのかと思われるかもしれないが、これも立派な仕事だ。
今日はフライハイトに移民する孤児たちを出迎える日。俺とガトウさんは子供たちが来るのを今か今かと待っているわけだ。
「そう言えば、教育実習生たちを見ましたよ。随分とこの街に馴染んできたみたいで。ここに来た時は借りてきた猫のように大人しかったのに」
エンターテイナーたちの偵察によって、孤児たちがもうすぐここに来るのがわかっているし、見張り台からは先頭の馬車が見えていると報告を受けている。
こうやってのんびりと会話をしていられるのもわずかな時間だろう。
そんな時間つぶしの内容は当然、最近この街に移住し、隣で俺と同じように空を見上げているガトウの育てている教師たちの話だ。
最初に教師としてスカウトした人たちがここに来た時の反応はおおよそ予想通り。
驚き、そして戸惑う。
快適な空間、安定した衣食住、そして何をすればいいかというしっかりとした指針。
ここまで環境が整っている場所に場違い感を感じて『本当にここで働くのか?』と逆に不安にさせたことは記憶に新しい。
「ああ、住めば都とは言うけど、ここの場合は本当に都だからね。期待されていると言われているのと一緒で、増長しないことに気を配るだけで彼らはしっかりと育ってくれる。皆良い弟子だよ」
「見ましたよ。ガトウさん、教師の教育に関しては順調みたいですね」
「ワシも色々と教えることは多いけど、教師を育てるのは初めてで手探りだよ。そんなワシでも教えられているのは、皆元々教えることを経験している人たちばかりで、ワシの教えたことをすぐに吸収してくれて助かっているよ」
「そうですか」
契約神の契約を使うと言った時は警戒されたが、全員読み書きができ、契約内容を事前に伝えたら大半の人が契約を受け入れ、このフライハイトの住人となった。
その契約を拒否したわずかな人員に関しては申し訳ないが、旅費とここまで来てもらった手間賃という名の迷惑料を払ってお帰り願った。
巨大な校舎、そして充実した宿舎。
娯楽施設は今のところドンたち御用達の酒場か公共浴場と、たまにやる人形劇場くらいしかないが、いずれそっちに関しても充実させていく予定だ。
食事に関しては味も栄養価も一切妥協していないから、この街の住人は皆健康的な体をしている。
それは僅か二週間という期間であっても、この街で生活をしている教育実習生たちも一緒だ。
「とりあえず、読み書きと計算は問題なく教えられそうだね。そして専門的な分野に関しては木工、建築、鍛冶、細工、調理、裁縫、魔道具作成といった街の住民の得意分野ならすぐに教えることが出来そうだ。対して農業、畜産、医療、政務、経営、製薬、錬金術といった分野においては、教師の育成にはまだ時間がかかりそうだね」
「元商店街の人とパーシー工房、それからドンたちドワーフ組がいるからそっちの分野に偏るわけか。純粋な農家の人はいないし、医者は引っ張ってこれていない。錬金術師に関しても同じ。分野の偏りが出るのは仕方ないよね」
栄養が摂れて、段々と体つきに余裕が出てきている。
顕著なのは肌や髪といった部位が健康的になっていることだ。
しっかりと睡眠と栄養が取れれば、人間というのは健康体になれる。
さらに、城壁によってモンスターや野盗の襲撃を防げる平和な環境は、住む人に安心感を与えてくれているようだ。
街のすべての道には街灯がいたるところに設置されて、夜道も明るい。
住人も少ないし皆が顔見知りだから窃盗事件や暴行事件も起きない。
精霊が巡回していると聞いたときは皆驚いていたっけ。
「とりあえず、当面の目標としては子供たちに読み書きと計算を教えることが最優先。体育に関しては・・・・・そうだな、まずは体を動かすことから始めて、栄養が行き渡って体が出来て、武器を振るえるようになったら、こっちで引率の人員を派遣してモチダンジョンを周回できるように手配するか」
「レベルを上げれば、自然と体も丈夫になりますからな。この歳になってもそれを痛感させられますわ」
「ガトウさんにはいつまでも元気でいて欲しいですからね」
そんなことを話していると、強化された耳が城門の向こうで馬車が止まった音を捉えた。
「っと、時間ですね」
「ええ、未来ある子供たちを出迎えるとしましょうか」
スッとベンチから立ち上がり、そして詰め所の方を振り返ると、御庭番衆たちがぞろぞろと出てくる。
「御屋形様!!神殿の方々がお見えになりました!!」
「わかった!門を開けてくれ!」
「はっ!開門!開門!!」
そして城壁の上から誰が来たかが伝えられ、それを受けて魔道具によって開閉できるようになっている城門が開く。
ゆっくりと開き、徐々に一団が姿を現す。
神殿騎士の特徴である純白の鎧。
その一行の背後には騎馬隊に護衛された馬車の行列。
そして先頭の馬車から神官服を纏った女性が一人降りてきて、騎馬隊の先頭の馬から降りた神殿騎士とともにこちらに歩いてくる。
「神殿騎士団第5師団第二大隊隊長、フルゲであります」
「司祭のアネモネでございます」
開ききった門から俺が御庭番衆を率いて彼らに歩み寄ると、フルゲと名乗った騎士は兜を脱いで、灰色の角刈りヘアを見せ頭を下げ名乗った。
それに続く形で、アネモネという妙齢の女性神官も頭を下げた。
「学園都市フライハイトの長をやっているリベルタだ。あなたたちの来訪を心待ちにしていましたよ」
「この度は孤児を受け入れてくれると聞き、誠に感謝いたします」
この一団のまとめ役なのは大隊長のフルゲなのだろう。
一歩前に出て話し始めた。
「後ろの馬車に子供たちが?」
「はい、そうです」
「わかりました。長い旅路に疲れているでしょうし、まずは休みましょうと言いたいところですが、申し訳ない。城門の通行を許可する前に検査を行ってもよろしいか?」
「当然ですな。アネモネ司祭、名簿の方を」
「はい。リベルタ様、こちらが今回ここに来た騎士の名簿と神官の名簿、そして孤児たちの名簿になります」
敵意がないのは当たり前。話はスムーズに進み、アネモネ司祭が脇に抱えていた鞄を開き、中に入っている書類の束を差し出す。
御庭番衆の一人が前に出てそれを受け取り、危険がないか確認をしてから、俺に見えるように提示した。
地位が高くなると直接のやり取りにも気を遣わねばならない。そんな肩の凝るような形式的な手順を経て、鞄の中にあった紙の束を手にした。
しっかりと紐で綴じてあるが、製本しているとまではいかない品。
その名簿にずらりと並ぶ名前。
書いてあるのは名前、性別、年齢、出身地、そして種族だ。
この世界ではそれでも重要な情報であり、管理が必須になる代物が俺の手元にある。
一部ではなく、確認用に数部用意してある。
それが移民する子供たち三百人分に加え、付き添いの神官と護衛の騎士団の大隊数百人分となれば紙の量は相当なものとなり、重量もそれなりになる。
「確かに。ではアネモネ司祭、こちらの検査員はあいにくとごつい男衆なもので、子供たちを怖がらせる可能性が高い。申し訳ないが、司祭や他の子供たちが信頼をおける人物の立ち合いを求めます」
「かしこまりました」
一部を俺の手元に置き、残りを御庭番衆に渡すと、それを参考に検査が始まる。
無いとは思うが、それでも万が一変な品を持ち込まれる可能性を考えると万全を期す。
「では、御屋形様。始めさせていただきます」
「ああ、頼む」
アネモネ司祭が振り返って馬車の方に歩き出し、一番近くの馬車に歩み寄って中に声をかけると、他の神官たちと一緒に子供たちが降りてくる。
「・・・・・」
その姿を見て、この世界に転生した時の俺を思い出す。
いや、あそこまでガリガリではないし、姿もみすぼらしいわけではない。
それでも食べ盛りの子供としては痩せているし、服も古着だ。
俺と同じ年くらいの子供が、小さい子供の手を取り整列しようとしている。
見知らぬ土地で、緊張して泣きそうになっている子供もいる。
新天地と聞いて期待を寄せているような雰囲気ではない。
「・・・・・我々もできうる限り助けの手を差し伸べておりますが、神殿でも資金が潤沢にあるわけではありません。届かぬ手があるというのは、やはりもどかしいものですな」
「そうですな。ワシも似たような経験があるのでその気持ちわかります」
ズシンと何かが背中に圧しかかったわけじゃない。
だけど、これからこの子供たちの未来を俺が背負うと考えると、フルゲとガトウの二人の会話が重く感じる。
兜を外し、そしてできるだけ笑顔で近づく御庭番衆たちに警戒心をあらわにして、小さい子供は大きな子供の陰に隠れてしまう。
慎重に威圧しないように、神官たちと協力して名簿に書かれている名前を呼び、その子供がいるか確認する作業と、神殿騎士たちと協力し手荷物の確認をする作業に分かれる。
その光景をじっと見ているわけにもいかない。
終わるのにも相当時間がかかるだろう。
だけど、ここで立ち去り別のところで話すわけにもいかない。
「フルゲさん、子供たちの中に体調を崩している人はいませんか?」
「治癒魔法を使える神官が付き添っているので、病にかかっている子供はいません」
「食事の方は十分ですか?」
「今朝、野営地から出立する際にスープとパンを食べたきりですな」
となれば、大人に質問し今後の対応を考える方が建設的だな。
「ここから宿舎までは時間がかかりますので、ひとまず城門で一回食事にしましょうか。こちらで食事を用意しますよ」
「よろしいので?」
「ええ、夜には歓迎会もありますので簡単な食事になりますが」
「助かります」
知らない大人に名を呼ばれ、そしてメモされる光景に子供たちの緊張は高まる一方。
ここで少し緊張を和らげるために、食事をするというのも悪くはないだろう。
「すまん、詰め所の料理当番に料理を作るように頼んできてもらっていいか?」
「は!」
近くにいた御庭番衆に頼んで、セントラルから派遣されている料理番に急遽数百人規模の料理を依頼する。
「大丈夫ですか?我々も手伝いますが」
「大丈夫ですよ」
その規模の料理を用意すると聞いてフルゲが手伝いを申し出るが、問題ないと俺はやんわりと断る。
「うちの料理人は優秀ですから」
今頃レベルアップした身体と料理スキルを駆使して残像が残るような速度で野菜を切って、複数の竈を使ってスープを作りつつパンを焼いているだろうなと想像する。
「そう、ですか」
実際、御庭番衆の一人が詰め所に入っていき、それからすぐ後には詰め所の厨房の窓から煙が出始めている。
本当に大丈夫なのかと訝しげに見られるが、俺が笑顔で頷くとフルゲもしぶしぶ納得し、検査の方に視線を向ける。
俺もここからは少し時間がかかるなと思ったので、名簿の方に目を通して時間を潰そうと思った。
フライハイトで使っている紙と比べると質の悪い紙を破らないように気を付けてページをめくり、名簿の名前を確認する。
一人一人、名前を確認し頭の中に叩き込んでいくと。
「ん?」
とある人物の名前で目が留まる。
「どうかしましたか?」
そして目が留まったことで漏れた言葉に、フルゲが何かあったのかと俺を見るのであった。




