9 予見
ジュデスの存在に気づいたのはこっち側の面々だけ。
エスメラルダは顔を動かす際に一瞬だけ確認し、ゲンジロウは元々視界に入っていたのかそのまま。
護衛の御庭番衆も同じような感じでジュデスを見た。
気づいていないのは、王国から来た面々だけ。
その際に、ジュデスが一瞬でハンドサインを俺たちに見せた。
右手と左手を素早く動かし、たった一度の工程を俺たちは見逃さず、そしてその内容を見て、ため息などのリアクションを出さず表情も変えず。
「それじゃぁ、このまま大使館に案内して明日の学園案内に備える」
「わかりました」
「はい、問題ありません」
今はカティアとイリス嬢の案内を優先する。
ジュデスが伝えてきた内容は陸路にて襲撃有り、被害軽微という報告。
列車から降りる際に、その返答として二人を案内する間に隠れてハンドサインで、逆追尾し犯人を調べろと送っておく。
それを見たジュデスが、王国の面々に見られることなくスッと離れていく。
これで、細かい情報は手に入るだろう。
報告は夜頃になるかと算段を立てつつ、駅のホームに備え付けてある大型の昇降機に乗り上層に登る。
「すごいですね」
「ここまで綺麗な街並みは見たことがありません」
そして昇降機が登り切った先、屋上に建築された居住区画に出る。
と言っても、この昇降機は居住区の中央の広場に設置された物で、ここから色々な場所に行けるようになっている。
流石に役所とか、大使館とか、あと俺の家とかに直結したら警備面で問題になるからな。
計算しつくされた都市計画と、道路などの都市インフラ。
それによってスラム区域を作らないように配慮し、景観を維持しながらも、さらに治安を維持しやすく警邏もしやすいように建設された街。
それは王都という首都にして王国最大の都市で暮らしてきた二人の少女だけではなく、護衛に来た二人の騎士とモングレにも再度衝撃を受けさせるほどのものであった。
道路や区画そして公共設備には機能美を追求したが、個人所有の住宅にはしっかりと個性を出せるようにもしているから街並みに統一感はない。
されど、それでもドンたちが持てる技術を駆使して建てた住宅街には美しさが残る。
「あれは、もしかして精霊!?」
そんな街並みを見ていたカティア王女が驚愕の声を上げる。
その視線の先を追随した他の面々の口からも驚きの声が漏れるのが聞こえる。
『あ!会長だ!』
『会長!異常なしであります!!』
『アミナちゃんも元気だよー!』
「おー、警戒ご苦労さん。きちんと巡回したらテレサさんのところでお菓子貰ってな」
『『『はーい!』』』
ふわふわと浮きながら、街の上空を飛び回る風の精霊たち。
その後ろには、少し大柄の鳥の姿を取っている風の中位精霊が見守っている。
下手な敬礼に俺も不格好な敬礼を返して、そして笑いかけると精霊たちはキャッキャと笑って巡回に戻る。
「・・・・・この街は驚かないと生きていけない場所なのでしょうか?」
「そのうち慣れるよ」
そして見送って何も説明せずに、そのまま歩き出すと背後からカティアに声をかけられる。
振り返ると、エスメラルダのドレスの裾を引っ張り、どういうことだと姉に視線で訴えかけるイリス嬢の姿も見える。
「精霊とも繋がりがあったんですね」
「嬉しいことに縁に恵まれてな」
「彼らはそう簡単に人の前に姿を現さないと聞いています。ですが、この街にはそこら中に精霊たちがいますわ」
「なにせ、彼らもこの街の住人だからな。ああ、学生ではないからな。だけど、彼らも授業に参加するときがある。彼らは良き隣人さ」
その姿に苦笑して、歩みを止めず、そのまま居住区の大通りを進む。
時々上空から精霊たちが声をかけてくれるからそれに手を振りかえして、挨拶をする。
まるで、近所のお兄さんに挨拶するような気軽さ。
カティアやイリス嬢からしたら、あり得ないものを見るような光景だろう。
しかし、エスメラルダもイングリットも驚くことなく、御庭番衆も当然のように受け入れる。
「住人の方々にも当たり前になっているようですね」
「ああ、精霊たちとは何回かお祭りで交流したから、普通に触れ合えるようになったよ」
そしてそれは俺たちが特別というわけではなく、この街の住人も同じように精霊と触れ合っている。
老婦人の荷物を運ぶのを手伝っている地の精霊。
家で奥様たちとお菓子を一緒に作っている火の精霊。
子供と一緒に走り回る風の精霊。
井戸端会議に参加する水の精霊。
この街の日常に精霊が溶け込んでいるのだ。
「驚かないように心がけていましたが、それが無駄になりそうです。次は何が出るのですか?竜が牧場にいても驚きませんよ」
「ああ、それはまだ達成できていないな。将来的にはやる予定だ」
「・・・・・飛竜の巣が城壁内にでもできるのですか?」
「それもやる」
「・・・・・」
そんな非日常の光景が次から次へとやってくるのに、ついに脳の処理が限界に来たのかカティアの表情筋にぎこちないモノが一瞬だけど見えた。
「ほ、他にも将来的なご予定が?」
「とりあえず、角竜は欲しいかな。後は、将来的に海運事業を始めるために水竜とか、まぁ他にも諸々?」
その一瞬を俺は見逃さなかった。
なにを言っているんだこいつ、という頭がおかしい者を見るような疑惑の視線だ。
そんな視線を俺に一瞬だけ向けたカティアの隣で、本当なの?とチラチラと姉に視線で確認しているイリス嬢。
忙しないご令嬢たちだなと思っていると、正面に大使館が見えてくる。
本来ご令嬢二人を歩かせるって言うのはマナー的にはNGなんだけど、街並みと人の営みを見せるという意味で組み込ませてもらった。
「これが、これからお二人が過ごすことになる大使館だ」
「「・・・・・」」
そうして頑丈な塀と門の奥にドンたちが気合を込めて作った大使館の前までついた。
公爵閣下の館よりは敷地的には狭いが、建築物としては負けていない。
事前に聞いていた通り、王女と公爵令嬢が住むということで、しっかりとデザインにこだわり、さらに大使館員と使用人、そして警備の人員が生活できるように十分な部屋数も確保。
さらに、大使の執務室に来客用の応接室、パーティーが開けるように中庭とその中庭に繋がる形になっているパーティーホールも備えられている。
「足りなかったか?」
「いえ、こんなに立派な館を用意してくださるとは思っていませんでした。そうですよねイリスさん」
「はい、カティア様。想像を超えてこられました」
他にも諸々いろいろな設備を搭載した大使館。
仕事と、生活には問題は無いとは思うし、エスメラルダにやりすぎだと言われるくらいには全力で取り組んだ。
「そうか、それならよかった。中身に関しても説明するからひとまず入ろうか」
その俺の努力の成果を見て、どんどん顔が引きつっていく二人の様子を見つつ俺はポケットから鍵を取り出して門を開く。
「ゴーレム!?」
「あ、それ警備用のゴーレムだ。不法侵入者に対して即座に反応するようにできている。ゴーレムコアには沼竜の魔石を使ってるからそれなりの出力を持っているぞ」
その門を潜り抜けた先に、盾とメイスを構えたゴーレムがいたのでメーベルとマリアが咄嗟に武器を抜こうと反応するが、それを俺は手で止める。
ゴーレムは顔をこっちに向けただけでそれ以上は何も反応しない。
「今は俺がいるからいいけど、とりあえず入る前にゴーレムに触れて魔力を流してくれ。それで認識して登録されるから」
ガーディアンゴーレム。
拠点防衛用のゴーレムだ。
その土地にゴーレムを動かすためのコマンダーゴーレムを設置することによって、一定の動作をしてくれる存在。
クラス5相当の素材だと、細かい動作まではできないが、タンク役や防ぐという意味では十分な性能を持っている。
ネルが全力の一撃で殴り飛ばせば沈黙する程度の性能だけど、邪神教会や反抗勢力の暗殺者を探知し反応してくれる警報の役割もしている。
「こうですか?」
「そうそう、魔力を登録している人が同道していればひとまずは反応しないから、あとで大使館の職員や世話役が来たら一緒に登録しておいて」
先にメーベル、そしてマリアの順で魔力を流して問題ないというのがわかってからモングレ、カティア、イリス嬢の順番でゴーレムに魔力を登録する。
流石に大使館内まで四六時中俺たちで警護できるわけじゃないから設置させてもらった。
コマンダーゴーレムには、精霊たちが交代で警戒に入ってくれるから、緊急時には俺たちが到着するまでは時間を稼いでくれるはず。
他にも、話していないが壁に擬態したブロックゴーレムに、屋根の装飾に擬態したボウガンの矢を発射するタレットゴーレム等々隠しゴーレムがそこかしこに設置されている。
この門番のゴーレムはわかりやすく脅威であるが故の囮。
そしてこのゴーレムに魔力を流せばこの大使館の敷地内のゴーレムにすべて登録されるように設計してもらっている。
最後のイリス嬢の魔力登録が完了して、王国組の緊張感が増して中に入る。
大使館の中はいたって普通だ。
それこそ、貴族界隈であれば質素とまではいわないが簡素と言える程度の装飾品と調度品だ。
「「「「・・・・・」」」」
しかし、まだ何かあるのではと警戒する令嬢と護衛の騎士。
実際、この大使館の中にも護衛用のブロックゴーレムとタレットゴーレムが潜伏しているのだから、ないということはない。
と言ってもそれは緊急時くらいにしか発動しないから、驚かすために発動することはない。
まぁ、だからと言って驚く箇所がないかと言えば。
「ひとまず、ここが警備室です。ここで、私室の中以外の大使館の敷地の映像が見れます」
「こ、こんな設備が?王城に設置できないか?」
「費用がとんでもない価格になるが?」
あると俺は答える。
最初に案内した警備室とモニターの数にメーベルが驚き。
「ここがパーティーホールと奥にあるのが中庭だ」
「広いですね」
「はい、百人は余裕で招待できますね」
「中庭は硝子の屋根付きになっているから雨天でも使えるし魔道具で空気を換気しているからライブキッチンもできる。そこは貴族のやり方で交流してくれ。と言っても外部から来客を招けるかどうかはこっちに許可を取る必要があるが」
そして想像していたよりも広いパーティーホールと中庭に令嬢二人が目を見開き。
「ここが鍛錬場、隣にトレーニングルームもある」
「この壁はなにでできているのですか?」
「ちょっと特殊な方法で硬くした石壁だ。並大抵の魔法じゃ壊れないから全力で鍛錬できる」
次に案内したのがここの学生になるなら必須の鍛錬場。
魔法もぶっ放せるように広さを確保し、さらに床天井壁すべてに弱者の証を混ぜ込んで壊れないようにしている。
ここに興味を持ったのはマリアだ。
無骨な石壁と砂の地面。
天井の高さはかなり確保しているから、狭いとは感じないだろう。
そこから、執務室、大浴場、食堂、トイレ、と次々に紹介していく。
一応、日本でも生活に不自由しないと感じる程度の設備は用意したぞ。
全室温度と湿度を一定にできるようにしたし、水は冷水も温水も出るようにした。
風呂だって二十四時間いつでも入れるし、トイレはウォシュ◯ット付きの温便座だ。
「リベルタ様」
「なんだ?」
「王城よりも生活環境がいいのですが」
「公爵家よりも生活環境もよろしいです」
そんな物を見せつけ、これからここで生活すると説明を終えた時の令嬢の表情はこう語っている。
帰れなくなる、どう責任を取るんだと。




