8 猫被りの姫
「リベルタ様、私の入学も許可していただけますか?」
「ええ、公爵閣下から話は伺っています。レンデル王国の大使として、そしてフライハイト学園都市の学生としても歓迎します」
一国の王女を出迎える。
その一大イベントの第一関門は無事通過。
尊大な態度をとるというのは中々大変なのだと自覚しながら、もう一人の重要人物であるイリス・エーデルガルドの入市を許可する。
「ありがとうございます。残りの者も紹介します。彼女たちは近衛騎士団『白百合の鞘』に所属する騎士、メーベルとマリアです。陛下がカティア王女の護衛として派遣する者たちです」
「「よろしくお願いします」」
重要人物とのやり取りが終了すれば、あとはその配下の紹介となる。
『白百合の鞘』とは、王城の中の後宮――王妃と側室が暮らす空間を護衛する女性だけの近衛騎士団のことだ。
騎士団長の名前はこの二人ではなかったはず。
この二人の名前を聞いたことはない。
原作前にいなくなったか、それとも語られなかったモブか。
第五王女の護衛がどれほどの腕前かは知らないが。
彼女たちは一瞬警戒心を抱いたようだが、すぐにそれを収めて、心臓に重ねるように胸に右手を置き頭を下げる騎士としての敬礼を示した。
「ああ、君たちがカティア王女の護衛隊の隊長と考えていいかな?」
「はい、僭越ながら私が白百合の鞘三番隊隊長として、カティア様の護衛に同道しております」
「君がか」
そして一歩前に出たのは、イリス嬢にメーベルと紹介された女騎士だ。
紅色の髪をショートヘアにした、勝気な瞳の女性。
鎧越しでも鍛え上げられているのがわかる体つき。
「では、彼女が副官ということか?」
「いえ、副官は別にいて後から来る部隊をまとめています。彼女は一番隊から派遣された者です。今は私の部下になっておりますが、私よりも彼女の方が実力は上です」
そして、隊長を任されるメーベルが自分よりも強いと言い切ったマリアという女騎士に視線が集まる。
彼女は濃い茶色の髪をショートボブにして、眠そうな表情で目を細めている。
すらりとした体形で、筋肉を鍛えているようには見えないが、背筋はしっかりと伸びて体幹は安定している。
帯びている剣は、細いレイピアだ。
「なるほど、魔法剣士か。風か雷、変則的な方向で考えるなら水と土という可能性もあるか」
「! 一目見ただけでわかるのですか」
「何度か似たような人物と戦ったことがあるだけだ」
彼女の戦闘スタイルを言い当てて驚くメーベルを見て、ちょっとした悪戯心が湧いた。もう一つ、驚かせてやろう。
「ついでに言えば、中々に食えない戦闘スタイルではないか? わざと目を細めて視界を狭める代わりに、視線によって相手に次の攻撃を読まれないようにしている。ゆったりとしたロングスカートを履いているのは足の動きを隠すため。いや、もう一つあるな。靴にも細工して足音を消したり、あるいは隠し武器を……そうだな。仕込み短剣くらいはあるか」
「マリア殿、貴方はリベルタ殿と戦ったことがあるか?」
「いいえ、ありません。リベルタ殿、参考までにどうしてそこまで分かったかご教授いただけますか?」
「経験の差ですね。そういう相手と戦ってきた。それだけのこと」
マリアの外見から戦闘スタイルを言い当ててみせると、驚きを通り越して警戒されてしまったか。
ちなみに、メーベルは王道のタンク系騎士と見た。
メーベルで防ぎ、マリアで仕留める。
攻防のバランスのとれた護衛を派遣したなと内心で思いつつ、ゲンジロウにちらりと視線を向けると「問題ない」と頷かれた。
「ここはそういう常識が通用しない場所だ。もしよければ君たちも学生として入学するか? カティア王女の護衛としては一緒にいた方が都合がいいだろ?」
「……叶うなら」
「よし、決まりだ」
視線を戻した時にエスメラルダから「やりすぎだ」という睨むような視線を貰い、少し苦笑をして拍手で場をごまかす。
そして残った人物に目を向けると、そこには見知った顔があった。
「お久しぶりですな、リベルタ殿」
「モングレさん、エーデルガルド公爵家の文官衆の中でも古参のあなたが来て大丈夫なのですか?」
「ええ、リベルタ殿に鍛え上げられたおかげでエーデルガルド公爵家の文官衆にはだいぶ余裕がありますので。私を含め、あとはダンドとゲベリ、さらにホルマンの四名が来ますな」
「古参メンバーの総動員ですか。公爵閣下の本気具合がわかりますね」
その人物はかつて、俺が文官衆を鍛えた時に最初に指導した男の一人。
当初は懐疑的に俺を見ていたが、レベルを上げて能力が上がったことを自覚したことによって真っ先に掌を返し、距離を縮めてきた男の一人とも言える。
こういう柔軟な発想ができる男だからこそ、一定の信頼は置けるというわけだ。
そんな男とがっちりと握手を交わし、再会を喜ぶ。
これでひとまずは紹介が終わったということになる。
「それでは、大使館に案内する」
そんな面々が列車を見たらどういう反応をするか楽しみだった。
俺が先頭を歩き、次の転移まで時間があるエスメラルダが続く。
そしてイリス嬢にカティア王女、護衛の騎士二人にモングレと続いた。
「ここは、なんのための施設ですかな?」
「近い施設で言うなら、乗り合い馬車の停留所といったところですね」
砦の屋上から昇降機で降りる際にどよめきが起き、降りた先にあった駅を見てさらに驚きの声が上がる。
これだよ、こういう反応を待っていたんだよと内心で喜びつつ。
「乗るのは、あの箱型の魔道具ですけど」
指さした先に、御庭番衆の一人が運転する列車が駅に到着した。
扉が開き、俺とエスメラルダが先に乗り込めば、それが安全な物だと判断された。最初にメーベル、次にモングレ、イリス嬢、カティア王女、そしてマリアと続き、ゲンジロウと一個分隊の御庭番衆が乗り込んできて発車する。
「お姉さま、これはなんという魔道具なのでしょうか?」
「魔導列車ですわ。レールと呼ばれる金属の棒と枕木と呼ばれる木の棒を敷き詰めた『線路』の上を走る乗り物ですわね」
馬もモンスターもいないのに、ひとりでに動き出す魔道具。
そんな物を初めて見るイリス嬢の疑問は、この場にいる全員の疑問だ。
「今この学園都市で使っているのは、あのように資材運搬に使うのが主な用途ですけど、こうやって人を運ぶこともできますわ」
「これを王都に設置できれば……」
「交通は格段に変わりますわ。ですが、それをするための財力、技術どちらも今のレンデル王国にはありませんわね」
全員が耳を傾け、姉妹の会話に集中する。
「それに、もし仮に王都に設置するとしても、地下にこのような設備を建築することもできませんので、地表に設置することになりますわ。そうなると貴重な鉄が野ざらしになり、それを奪う盗人が後を絶ちませんわ。結果として線路を巡回する兵士が必要になるか、線路を覆う囲いが必要になる。人件費や工事費が馬鹿になりませんわね」
その話は、王都では実現できない技術がこの都市では実現されているという証左。
「ここは、フライハイトの第一城壁内は全て立体都市になっているのですわ。そしてこの線路もその一層を丸々すべて交通網にしている。ゆえに、人が入り込む心配もなければ、盗まれる心配もない。そういう施設ですわよ」
技術格差の証明。
「リベルタ様。あなたは私の父からこの土地を独立領としてもらったと聞いています。その当時は何もない、本当に何もない土地だったと」
巨大な砦、そして昇降機、さらに移動するための魔導列車。
この三つの存在が、次々にこの場に来た人物たちの常識を崩す。
カティア王女が、魔導灯により照らされた立体都市の二階の交通インフラ専用層に広がる線路網から、俺の方に視線を向けなおす。
「そうだ。なにも、本当に何もない土地だった」
「それを、わずかな時間でここまでの規模の都市を作り上げた。これも神の知恵という物でしょうか?」
来たな『猫かぶり姫』。
雰囲気が変わった。
清楚な見た目はそのままで、それとは相反する何かを探る目。
今も無難な質問を投げかけているが、俺の何かを探っているとわかる。
礼儀を失しない境界線を見極めている。
「そうだな。カティア王女」
「カティアで結構です。私は本日よりこの学園都市の学生ですので」
「うん、ならカティア」
FBOでもそうだった。
第五王女は曲者。
トンビが鷹を生んだと言われる異才児。
権力には興味はない。
しかし、才能と能力だけで見れば、一番王位に就くべき少女。
才能を隠し、平凡を演じ、そして平穏を望む怠け者。
「どっちがいいと思う?」
「……どういう意味ですか?」
「この俺の持つ知識は、女神ケフェリ様が与えた物なのか。それとも自力で手に入れた物なのか」
そんな彼女は、自分が政治により厄介な役割に巻き込まれたことを自覚し、それならそれで一番無難で労力の少ない立ち位置にいるにはどうすればいいかを見極めることに、その才能を全振りしている。
彼女との親交クエストを進めるとわかるのだが、最初は清楚なお姫様を演じ、その後仲良くなるとその化けの皮を脱ぎ去り、「養ってくれ」と迫ってくる。
さらに交流を進めると、主人公であるプレイヤーのためなら働いてくれるという超有能キャラに化ける。
派遣される王家の人員のリストを見たときは思わず目を疑ったが、彼女は家族にすらその才能を隠している。
表向きは「平均よりも少し上の能力を持つ礼儀正しい姫」を演じているから、ちょうどいい人材だと思われた可能性もある。
彼女は能力が低すぎれば目を付けられ、ずば抜けていれば厄介事に巻き込まれることを理解している。
その擬態能力はFBOのプレイヤーたちでも見抜けず、好感度が上がりにくいという気づきから「攻略不可キャラ」かどうかの検証を経て、年単位で発覚した事実だ。
攻略には非常に手間がかかるが、その労力を超える価値が彼女にはある。
「そうですね。私としては、女神様から授かったという方が納得できますわ」
「じゃあ、そっちで」
「教えてくださらないのですね」
「そう簡単に知れたら、面白くないだろ?」
「まぁ」
今も上品に笑っているが、俺を面倒な人物だと認定したのは間違いない。
そうなってくるとカティアは一旦距離を取り、相手を調べようとする。
カティアの好感度を稼ぐには、こちらからアプローチするのではなく、向こうからのアプローチが必要になる。
そのきっかけを引き起こせるのが、知的好奇心。
平凡を望み、そして無責任を望む。
しかし、その望みを覆せるのが、未知という彼女の本能を刺激する知的分野。
王女という地位にいるゆえに、質問すれば大体の者から答えが出る。
しかし、俺はその質問をはぐらかせる存在だ。
「では、学園で学べばその一端が知れますか?」
「ああ、それは保証する」
本来であれば、王女という立場の相手には気遣いをして、しっかりと対応すべきなんだろうけど、こんな有能な人物を逃してなるものか。
「それは楽しみです」
「ここは、退屈とは無縁の空間だ。時間が足りなくなるから、そこら辺の自己管理はしっかりすることをお勧めする」
「ご忠告、感謝します」
視線に感情が映らないようににっこりと笑みを浮かべれば、向こうも似たような作り笑顔を浮かべる。
綺麗で、自然に笑っているように見えるが、感情に微妙なズレがある笑顔。
さてさて、どういう風に興味を引くかな。
そんなことを考えている間に、大使館に最も近い駅に列車は到着するのであった。
「……」
それと同時に、ジュデスがホームの片隅にいるのが見えて。
やれやれと肩をすくめている姿を見て、何かが起きたことを悟るのであった。




