17 EX エンターテイナー 5
服屋を訪れる。
これ自体は、ここまでの話の流れ的には間違っていない。
人の第一印象は見た目で決まる。
そう思う人は多い。
「ググル君は、もう第一印象でマイナス評価になってるからね。そこから改善しないと、交際できる女の子の母数がそもそも少なくなっちゃうの。一回一回の出会いを大切にしないとダメだよ♪」
「うぐ!?でもよ、何を着ても似合わないって・・・・・」
「そこで諦めたら女の子と付き合う資格なし!女の子ってね、特別が好きなの。自分のために努力して、頑張って、かっこよくなってくれる男の子を嫌いになるっていうのは、ほとんどないよ」
「ただし、イケメンに限るっていう話だろ、それ」
同じ容姿であっても、だらしない格好をしているのと、清潔感のある整った服装で会うのとじゃ、印象が変わるのは当たり前だ。
「そういう人もいるけど、そうじゃない人もいるって覚えておくといいよ。世の中にはね、イケメンを信用できない女性もいるんだよ。あ、こっちの布地も良いね」
この世界の服は基本的にオーダーメイド。仕立て屋にあるのはマネキンに着せられた見本となる数着の服だけだ。
他はすべて服地の布である。
先ほどからシャリアが店員に紹介されて見ているのは、落ち着いた風合いと色合いの服地ばかり。
黒やこげ茶など、若い世代が着るには渋すぎる色合いばかりだ。
「それはわかってるけどよ。さっきからなんでそんな渋い色の布地ばかり見てるんだ?もっと派手なやつの方が……」
「派手な色遣いの服は君には似合わないからね。君が派手な色を着ても道化だよ」
「そこまではっきり言うか?」
「言った方が良いと思ったら僕は言うよ。こういう時におべっかを使われて騙されてきたのが君だしね」
その配色に不満を見せるググルであったが、シャリアの真剣な目にその不満を抑える。
なんだかんだ言って、自分のために真剣に服を選んでくれている。
アドバイスも的外れではないと感じるからこそ、信用できるのではと思えてくるのだ。
「そうだけどよ……」
「それと、こういう色が地味だっていうのは大間違いだよ。落ち着いた色っていうのは、きちんと着こなせば『貫禄』に変わるんだ。そして貫禄っていうのは、人から見ると余裕があるように見えるんだよ」
「・・・・・?どういうことだ?」
「これは男女問わずだけど、もし頼るとしたら、余裕を感じる人と余裕を感じない人、どっちを頼りたい?」
ググルの方へ顔を向けず、せっせと店員が見せてくれる服地を選別し、良し悪しで分けていく。店員の方もシャリアがググルに着せる服の方向性を把握したのか、出してくる布地の種類が限定されていく。
「そりゃ、余裕のある方だろ」
「そういうこと。いくらイケメンで格好が良くても、余裕を感じなかったら女の子からしたら頼りなく感じて、敬遠しちゃうってことも結構あるんだよ」
「そ、そうなのか?」
「そうそう。いざっていう時に頼りになるかならないかって、本当に大事なんだよ」
並べられた服地のどれもが、重厚な風合いで派手さとは無縁の色遣いで、若々しさを感じさせるような配色ではない。
「よし、こんなところかな」
「え、これ全部買うのか?」
店側の見せてくれた服地の選別が終わり、その山を見てググルは冷や汗をかく。金があると言っても服は高い。その量に、いくら女性にモテるためとはいえ、さすがに多すぎるのではないかと不安になった。
「そんなわけないじゃない。ここからさらに選別して、着まわせるように・・・・・そうだね、七着くらいは用意したいね」
「それでも結構多いぞ」
全部ではないと聞いて一安心したが、オーダーメイドの服を一気に七着も仕立てるとなると、ググルの財布がだいぶ軽くなることは確定する。
「あ、店員さん、スケッチブックとかあります?」
しかし、買わないという考えはググルの心に浮かばなかった。
なんとなく、シェリー(シャリア)に従えば自分の中で何かが変わる。
そんな予感がしたからだ。
「はい、ググル君はそこに立って」
「お前、絵も描けるのか?」
「まぁ、冒険者をやってると山とかの地形を描くこともあるし。モンスターのスケッチとか、キノコのスケッチとかやってると自然と上手くなるよ。落書きのような地図を描くと本当に迷うしね」
「お、おう」
オーダーメイドの服を七着も作ると聞いて、上客と判断した店員から上質な紙とペンを渡されたシャリア。差し出された椅子に座って画板を構えると、ググルを立たせて慣れた手つきでデザイン画を描き始めた。
そのデッサンの技量を「必要だから身に着けた」と語り、「怠けたら死が迫ってくる」と真剣な目で言われれば、ググルは納得するほかなかった。
「お前って、なんでもできるんだな」
かといって、すぐに絵が完成するわけではない。
ただ立っているのは退屈なので、ググルは素朴な疑問として、ここまで知り得たシェリーの手札の多さに感心して言葉を漏らした。
「・・・・・出来るように努力したんだよ」
そんな言葉を向けられ、シャリアはふと自分の雇い主を思い浮かべた。
何でもできる、何でも知っている。
そんな自分の雇い主でも、「できないことは多々ある」と言っていた。
『できないことがあるから、人生は楽しい。できることばかりだと人生っていうのはつまらないって俺は思うんだ。人生を努力してやり込める。これって最高の幸せだと思わないか?』
いつの日か、雇い主が自前で開催してくれた屋台での食事会。
男同士で肩を並べ、酒も入っている中で苦笑し、照れながら語った雇い主の価値観。
シャリアはその言葉に感銘を受けた。
照れくさくてその場ではそれを素直に言わなかったが、それでも心の中に深く刺さった。
だからこそ、努力そのものを楽しむことを意識するようになったのだ。
「僕の尊敬する人曰く、できないことが多いのは楽しいことらしいよ」
「なんだそりゃ、できないってのは嫌なことだろ」
だから、なんとなく、この知り合いとなったひねくれ者のググルに向けてその言葉を贈った。
手を止めずデッサンを続ける。
クラス7にまで成長している自身の肉体は、精密かつ手早くどんどんデザイン画を完成させていく。それでも会話をする余裕くらいは十分にある。
できないというのはマイナス。
それは世間一般で言えば常識だ。
誰もができるようになることを善しと考え、事実その通りだとシャリアも肯定する。
ググルの呆れた顔を見ながらも、彼の威厳と余裕を表現する服のイメージをさらに磨いて形にする。
「そうだね。だけど、できることだけの人生は本当につまらないよ」
「どういうことだ?」
リベルタから教えてもらった、ググルに似合う服装のデザインは、シャリアも納得するほど完成度が高い。
複数のアイデアをもらっている中で、それを最初に描いたのは、ググルに納得してもらうためだ。
だが、そんなデザインもリベルタからしたら完成形ではないと言った。
「もし仮に、君がどんな美女に声をかけても絶対に結婚できるとしたら、君は満足感を得られるかい?」
「・・・・・そりゃ、嬉しいに決まってるだろ。いままで見向きもされなかったんだから」
「そう。君は美女に見向きもされなかった。そこには『できなかった』っていう経験があったんだ」
だから、このデザインを教えてくれた後にあんな一言を添えたのだ。
『シャリアの感性で違うなと思ったら変えてくれていい。良いと思うのを描いてくれ』
リベルタのその一言は、もはやこれ以上のデザインはないと思い始めていたシャリアの思考を壊すには十分な言葉だった。
だからこそ、教えてもらった絵をなぞるだけでなく、細かい部分で今のググルに似合うように調整する。
方向性は間違っていない。
だけど、もっと上を目指せると思った。
その感性を形にするために、どんどんペンを走らせる。
「もし、君にその『見向きもされなかった』という『できない』という経験が無かったらどう?」
「そりゃ・・・・・ああ、そういうことか」
シャリアの言葉は、少し妙な印象を与えたかもしれない。
理屈で言えば、何を当たり前のことを、と思われるかもしれない。
しかし、それを認識し続けられているかと言えば、人は忘れがちだ。
その前提をシャリアが話すと、ググルもその質問の意図を理解した。
「そう。人間っていうのは少し残念な生き物でね。簡単に手に入れられるものは、どんなに素晴らしい物でもその人にとって価値が低くなってしまうんだ。ごく当たり前に手に入り、気が向いた時にいつでも手に入れられる。そういうものに対しては興味が失われてしまう。そういう意味で言えば、僕の言っている『できないことは楽しいこと』っていうのは間違っていないと思うんだよ」
白黒のデザイン画が描き上がるのを背後で控えていた店員が見て、目を見開き驚いている気配を感じ取る。
「まぁ、そう考えることもできるだろうけどよ。できないって事実が続くのはつらいもんだぜ?」
「そうだね。それは事実だ。できないから悔しい、できないから嫌になる。だけどさ、それを乗り越えた先に『できたら』すっごく嬉しくない?」
「・・・・・嬉しいな」
できることが当たり前だと思ってしまうと、達成感という喜びは消えてしまう。
しかし、できないと理解し、失敗の不安を抱えたその先にこそ、達成する真の喜びはある。
それをググルが理解したタイミングで、シャリアのデザイン画の最後の一筆が終わる。
「そういうことだぞ♪ さぁ、これが未来の君だ」
絵を描くにしてはかなり速い。どんな絵ができたのかと、ググルは不安半分、期待半分という眼差しでデザイン画を覗き込んだ。
「これが、俺?」
「そうだぞ♪」
そして目を見開く。
そこには渋く、貫禄のある男がいた。
だが、間違いなくググルだった。
顔の形、髪、体格。
その全てのパーツが間違いなくググルだと認識できる。
絵で痩せさせているわけではない。
絵で身長を伸ばしているわけでもない。
一切のごまかしなく、ググルという人間のパーツを正確に捉えている。なのに、なぜこうも印象が違うのだとググルは驚愕した。
「これが、余裕ってやつか」
「そうだぞ♪」
まず違ったのは表情だ。
軽薄な表情を引っ込め、かといって近寄りがたい険しい顔をしているわけでもない。
落ち着き、そこに岩のようにどっしりと構えるような、大人びた余裕のある表情。
そこには、白黒で表現されているが暗色のスリーピース、襟型はピークドラペルのスーツを着て、襟元にネクタイをしたググルが描かれていた。
この世界の住人にはわからない異世界、アメリカやイタリアのマフィアのボスを思わせるような格好をしたググルがそこにいた。
じっと、その絵を穴が開くほどひたすら見つめ続けるググル。
「カッコイイなぁ!おい!」
そこには男から見ても凄味のある男になれると信じ、そして生まれて初めて自分をカッコイイと思える日が来たと喜ぶ男がいた。
この絵の自分を見た後だと、確かに今の自分の服装がダサいと思えてきた。
これまでの店員が、お世辞で言い含めようとしていたのがよく分かった。
この服を着たい。
そう心の底から思えた。
「色は・・・・・こっちのチャコールグレーみたいな、黒寄りの灰色の布地だね。あとはネイビー系の落ち着いた感じの服地も良いね」
「全部だ!全部買う!」
「あとは靴と、派手にならない程度のアクセサリーも買うから、お金を残しておいてよ」
「クソ!これじゃぁ足りないな!おい!宿に戻って俺のへそくりを持ってきてくれ!!」
そこには、できないことからの脱却、希望の光が見えたと言わんばかりに無邪気に喜ぶ一人の男がいた。
出し惜しみは一切しない。ここで出さなければいつ出すのだと言わんばかりに、護衛の一人にお金を取りに行かせるググルであった。




