11 EX エンターテイナー 3
「災難だったね」
「本当にその通りだ」
染色されてしまったググルとそのまま食事に行くわけにも行かず、かといって目的の人物と接触できたのに別れるという選択肢も取れない。
なので、シャリアが選んだのはググルが宿泊している宿に同行するという選択。
金を持っていると豪語するだけあって、その宿はレストランも併設している貴族御用達のホテルのような宿。
周囲にいる客層も、身なりの良い客ばかり。
そんな中に塗料で汚れたググルと冒険者のような身なりのシャリアがやってくるのはどうかと思ったが、一流の宿屋は従業員の接客対応も一流。すぐに宿泊者のググルだとわかると、大浴場まで誘導して洗えるよう準備した。
その間、ググルの客であるシャリアはレストランの一席に案内され、お茶と茶菓子でもてなされている。
よくある「客を選り好みして排除する」ような不愉快な宿ではなく一安心だ。レストランに流れる上品な弦楽器の生演奏に耳を傾けながら時間が経つのを待っていると、風呂から上がり、着替えたググルが現れる。
風呂上がりということで、出会った当初のような油っぽさは消え去り、清潔感が増した。
そんなググルに向けて、最初にかけた言葉がさっきの同情の言葉だった。
「それで、どうするのかな?」
最初に出会った時のような、ナンパのテンションではないのは確か。このまま解散と言われても仕方ないと思いつつ、ググルはとりあえずシャリアの向かいの席に座り、案内してくれたウェイターにお茶を頼んだ。
「食事の気分ではないが、ねぇちゃんと話したいという気持ちもある。この席の代金は持つからどうだ?」
「まぁ、雰囲気も良さそうだし、堅苦しくもないからいいかな」
食事から変更したが、話をするのは問題ない。
元々そういう予定だったし、対応自体はまだ許容範囲内だから忌避感というのもない。
これが最初から連れ込み宿に移動していたら全力で蹴り飛ばしていたとシャリアは内心で思いつつ、にっこりと笑って、ウェイターにお茶のお代わりを所望する。
開拓村で飲んでいるお茶と遜色ない味と香り。良い茶葉を使っているんだなと思ったが、同時に自分の舌もいつの間にか肥えていることに気づきつつ、それを表情に出さずこれからの展開をどうするか、相手の出方を待つか、自分から動くか少し悩み――。
ググルがどういうふうに話を切り出すか、迷っているところを見てこっちから動いた方が得策だと判断した。
「それにしてもこんな一流の宿に泊まれるなんて、ググル君はお金持ちなんだね」
「なんだよ、信じてなかったのか?」
「護衛の人はしっかりした所と専属で契約しているようだから、それなりの商家だとは思ってたよ?」
話は無難なところから徐々に深掘りしていく。それが相手の情報を知る第一歩。
ガトウやリベルタから教わる密偵術は、シャリアが短くない年月で培ってきた冒険者のキャリアでは知り得ないことばかりだった。
こうやって笑顔を作り、好意があるように見せかけて相手の緊張を解き気を許させ、話の主導権を握る。
そんな方法は考えることすらしなかった。
「良く見てるな」
「うん、僕も冒険者だからね。護衛もやったことがあるよ。ググル君の護衛にはそういう冒険者や傭兵の護衛特有の粗さがない。となると、しっかりと訓練された護衛っていうことになるね」
「本当に冒険者だったんだな」
「あ、君も疑ってたな。まぁ、冒険者のくせに割と綺麗な格好をしている自覚もあるから、お貴族様上がりのなんちゃって冒険者に見えちゃうのもわかるけどね。そういう人も昔から多いけど、僕は割としっかりとやっているよ。なんなら、それなりの腕だってあるよ」
そして情報の出し方、出していい情報とタイミングを見て出す情報、出してはダメな情報の選別を常に脳で処理する方法を学んだ。
冒険者と名乗っている以上、冒険者の情報を隠すことはしない。
シャリアが最後にたどり着いたAランク冒険者の肩書きは伏せるが、低ランクではないというのは匂わす。
ちらりと、最近使い込んでいる愛用の短剣を見せる。
地味目に見せているが、見る人が見れば竜の素材を使った逸品なのはわかる。
ググルはそれに気づいていないが、シャリアの言葉なら信じる、という雰囲気を見せた。
「じゃあ、お互いに疑っておあいこだね♪」
「そうだな」
塗料を投げつけられたことによって起きた場の冷え込みは、ひとまず払拭できた。
調子を取り戻しつつあるググルに合わせ、そろそろ話の流れを変える。
「じゃあ、有名なググル君に聞きたいんだけど、光明苔って知らないかな? 僕のところにいる仲間の薬師が新しいポーションを作ろうって計画をしていて、その光明苔が必要だってことで、僕がここに派遣されてきたんだ」
この街に来た理由を説明し、偶然を装う。
普通に考えれば、こんな話の流れだとわざとらしく聞こえるかもしれないが、シャリアの表情の作り方はプロの役者と同等、あるいはそれを上回る。
本当に必要で困っているという真剣さを伝えながらも、そこにアンニュイな雰囲気を交える女優と見まがう表情作りには、護衛ですら惹き込まれた。
「! 光明苔か! ああ、知ってる! 知ってるぞ!」
そしてシャリアが欲しがっている品物が、自分が取り扱っている商品だと知るや否や、さっきまで収まっていた欲望を全面に押し出すように身を乗り出した。
鼻息を荒くするググルに、背後の護衛が「落ち着いて」と肩を叩く。ハッとなり、わざとらしく咳払いをし座り直す姿を見て、シャリアはリベルタの情報にあった「商人としての才覚がない」という理由を察した。
こんな表情と感情をオーバーリアクションで表現するのは、わざとか、それとも素かの二択。
普通に考えれば後者と思えるくらいに、素直に出てきた。
「なにせ、それはうちの特産品だからな! 神殿に卸している商品も光明苔関連だ!」
「なにそれ、すごい偶然!」
なのでそんなググルには、この出会いが本当に偶然なら素直に出るような感情に見える「驚き」を見せることで共感を引き出す。
運がいい、とシャリアが喜ぶとだらしなくググルの顔が弛む。
それを見て、内心で「女の子が引く顔だな」と思い、こういう感情を制御できればまだ彼女とかできるんだろうな、と評価する。
「この街にあるっていう噂を聞いたんだけど、それってもしかして」
「ああ! その苔は俺のところでしか栽培していないからな! それに卸しているところもごくわずかだ。噂って言うのはここの商人たちが流した話だろうよ!」
よいしょされることに慣れていない。
すごい、と可愛い表情で言われると、有頂天になる。
「女の子に騙された」という過去を持っているのは本当っぽいなと、シャリアはリベルタの話の信憑性がどんどん増していく会話に、口元が引きつりそうになる。
「そっか、じゃあ、もしかして君にお願いすれば光明苔を譲ってくれたりするのかな?」
「そうしたいのはやまやまなんだけどよ・・・・・」
「なに? もしかして、商品を譲る代わりに僕の体を!?」
変な条件を出されると、目的の商品の獲得もそれなりに苦労することになる。
事前に情報を確認している限りでは、金銭での売買は条件を達成しないと無理だ。
なので、先に冗談交じりで、かつ半分本気で両腕で自分の体を抱き、身を守るような拒否反応をシャリアは示す。
「そ、そんなことをするか!? したら俺が親父に殺される!」
「あ、なんだ。そこら辺はしっかりしてるんだ」
「俺をなんだと思ってる」
「僕の太ももをチラチラと見る、変態さん♪」
「くっ! その見えそうで見えないような格好をしているお前が悪い!」
「ええー、これは僕のファッションだよ♪」
事前にリベルタから聞いていた通り、ググルの一族はその手の「金の代わりに体を要求する」といったあくどい商売は厳禁だったようだ。
慌てて頭を振って否定した際に、脂汗が流れ出した。
よっぽど怖い体験をしているのか、ググルの表情が引きつっている。
親の教育が行き届いていることを確認できたシャリアは、ちょっと冗談交じりで科を作り、笑顔を見せる。
「じゃあ、どうすれば苔を譲ってくれるかな?」
「あの苔は一族が管理している物だ。おいそれと知り合って間もない奴に譲るっていうことはまずない」
「へぇー、ということは信頼されないといけないってことか」
「だが、そう簡単にはうちの一族は信用しないぞ。俺を騙せても、親父やおふくろ、あとは親戚たちが絶対に首を縦に振らないからな!」
「それ、言ってて悲しくない?」
「・・・・・もう、慣れた」
条件を聞き出せば、これもリベルタに聞いた情報と合致した。
ググルの立場はあくまで配達の責任者であり、一族の中ではそこまでの地位があるわけではない。
嫌な方向で「信頼」されているググルは、そっと視線を横に逸らしながら哀愁を漂わせている。
「うーん、他に方法はないの?」
「あ、あるにはある」
「へぇ、どんな方法?」
その哀愁に対してそれ以上深入りせず、やはり光明苔が必要だからという体で入手手段を確認する。
聞いた瞬間、カエル顔の成人男性が頬を染めながら照れるという、誰得な光景が爆誕するが、誰も指摘しない。
「お、俺と結婚して身内になるとか?」
「うーん、ごめんね僕、女の子が好きなの♪」
「そっちの趣味のやつだったか!! だったら可能性を感じさせるなよ!!」
そして照れながらも「結婚を前提にお付き合いをしてください」と言われ、シャリアは満点の笑顔でバッサリと切り捨てる。
それによってググルは一気にテーブルに崩れ落ちるが――。
「何か勘違いしていないかな?」
そこにシャリアはさらに追撃する。
「何がだよ。別に俺は女同士だからって悪く言うつもりはない! 世の中そういう趣味のやつだっているだろ」
「そこは寛容なんだね――って、違う違う。僕がいつ『女だ』って自己紹介したかなって話だよ♪」
「は?」
特大の爆弾を投擲するなら今だとシャリアの直感が囁き、この場の空気を一瞬で凍らせる。
直接聞かされたググルも、その護衛たちも、そしてたまたま会話を聞いていたウェイターも。
シャリアの言葉を理解するのに数秒の時間を要した。
「え、は? え?」
今のググルの表情を表現するなら、「混乱状態」というウィンドウが頭上に浮かんでいそうなほどの、見事な百面相だった。
理解できるが理解したくない。
あるいは、理解したくても理解できないという感じか。
「僕、男だよ?」
「ウソだ!!」
「本当本当♪」
「ウソだと言え!!」
「なんなら神様に宣誓してもいいよ? 僕は男だって」
「ウソだと言ってくれ!? お前みたいな男がいてたまるか!!」
「ここにいるぞ♪」
しかし、現実は残酷だ。
どこかでひぐらしが鳴きそうな台詞を吐き出すググルに容赦なく、シャリアは爆弾を叩き込む。
「最初から騙していたというのか!?」
「騙すなんて心外だよ。僕は誇りをもってこの格好をしているの! 人の趣味をとやかく言うなんてひどいよ」
「動きから声まで全部女じゃないか!! 勘違いさせるのが悪いだろ!」
「女の子ってかわいいよね。だったら『かわいい』に憧れる男がいたっていいじゃないか!!」
「ここで逆ギレ!?」
感情がごちゃ混ぜになって、怒りたいのに怒れないググル。
それに被せるようにシャリアも感情を発露させる。
「ということはあれか! 俺は男をナンパしたってことか!?」
「そういうことだね。可愛くてごめんね?」
「本当にそれだな! ちょっといい気分にしてくれたから許しそうになっている俺がいるわ! そもそも、勘違いしてナンパした俺が間抜けだな!」
「ちなみに、僕を初見で男だと見抜けた人はいないよ?」
「確信犯かよ! だったら最初に男だって自己紹介しろよ!」
そうやって言い合うことで、ググルの感情を引き出し距離を縮めるシャリアであった。




