8 EX エンターテイナー 2
リベルタからの指令、それは極秘裏にとある人物に接触せよという、シャリアが直接受けた『頼み』だ。
そう、命令ではなく頼み。
すべてを知り尽くし、なんでもできそうな人物であるリベルタは、他人に強制を強いない。
それができる立場であっても、そうすれば人が動くはずだとわかっていても、彼は命令せず、頼む。
正確に言えば、戦闘時や喫緊の状況になれば陣頭指揮を執って的確な指示を飛ばすが、それは日常ではないのだ。
シャリアは冒険者出身という経歴ゆえに、命令される側の人間として貴族の立ち振る舞いを嫌というほど見てきた。
だからこそ、リベルタの行動は異常に見えても、どこか心地よい距離感だと思う。
自分のことを対等な人として見て、その苦労を知り、成果を出すまでの困難を知っている。
そんなリベルタの『頼み』だからこそ。
『本当に無理そうだったら、接触しなくていいから。そうしたら別の案を考えるし』
こんな言葉で頼まれた仕事であっても、手を抜こうなんて欠片も思わなかった。
それが例え、かなり変わった依頼であってもだ。
クローディアによって、入山手続きは無事終えて、ついでに温泉地の近くにあるキャンプ場の予約もできた。
そうなってくると、いよいよエンターテイナーとしてシャリアは行動を起こす。
と言っても、怪盗スタイルのミネルバではなく、開拓村のシャリアとしての活動だ。
「それじゃ、僕はちょっとお仕事してくるね♪」
ここから先はクローディアたちとは別行動をとる。
すでに何名かの同僚のエンターテイナーたちが都市に入り込み、同じように入山手続きをしているが、彼らとは合流しない。
「気を付けてね」
「うん、行ってきます!」
男としては色々と変わってしまった自覚があるシャリアだが、女として美しくなることに関しては最早趣味になってしまっている。この女装好きと女らしい仕草も自分だと納得して受け入れ、より一層磨きをかける情熱すら湧き出ている。
可愛いネルに見送られて手を振り、人混みの中に紛れ込むが、すれ違う男たちの視線をひしひしと感じる。
見られている、見られている……と、少し優越感に浸りつつ、リベルタ指定のルートで宿屋を一つずつ当たっていく。
「いえ、そのような男性は来られていませんね」
「ありがとうございます♪ 今度泊まりに来ますね」
こういう時、男の姿だと訝しげな目で見られるが、見た目が可愛らしい女性なら話は別だ。店員が男である場合、ちょっと可愛く演じるだけで素直に情報を教えてくれる。
世間話も交えると、精度の高い話も聞かせてくれるから情報収集が捗る。
社交辞令で話を締め、外に出て迷わず歩き出す。
「やっぱり、ふもとの宿屋にはいないか」
尾行を警戒して左右にルートを変えたり露店で立ち止まったりしつつ、目的の人物を探すがなかなか見当たらない。
リベルタの話を聞く限り、このアレイヤにいることが多いとのこと。
「うーん。登っちゃう?」
目的の人物がいる可能性が高い場所を探るなら、迷わず見上げるだけで首が疲れそうな、壮大な山に建設された温泉宿に向かうべきだ。
リベルタに鍛え上げられ、最近ではガトウの経験に基づいたサバイバル訓練も受けてきた。エンターテイナーならこの程度の山、すぐに踏破できる自信はある。
将来的にマジックバッグを全員に配給する予定も聞いているから、サバイバル能力はもっと向上するのもわかっている。
そんなシャリアであっても、さすがにこの神山の往復は面倒だと思う。
だから、できうる限りターゲットがこの街にはいないという確証を得てから山に挑みたいところだ。
「おーい、ねぇちゃん! 暇なら俺とお茶しない?」
次の行動を悩んでいると、今日で何度目になるかわからないナンパを受ける。
この見た目は見るからに美少女。男にとって夢の詰まった双子山こそ乏しいが、それでも見目麗しいことに変わりはない。
「うーん、ごめんね♪ 僕、ちょっと忙しいんだ」
今回も適当に断って、しつこいようなら「わからせよう」と思ったのだが。
「そういうなって! 俺、結構金持っててね。良い店知ってるからどうよ?」
ガマガエルの獣人と言っても通りそうな平たい顔。
寂しい頭髪を必死に誤魔化そうとしている、少しズレたかつら。
脂汗、肥満体系、ギリギリアウトな体臭。
そして、肢体を舐め回すような無遠慮な視線。
女性に接するにあたって、三者凡退のスリーアウト後に満塁ホームランを打たれるくらいにヤバい男だ。
一歩間違えれば不審者と言わざるを得ないような、商人風の格好をした男。
だが金を持っているのは確かだろう。
実際に身なりは良い物を着ているし、連れている護衛もまともな装備をしている。
「うーん、でもでも、知らない男についていくのは怖いよね?」
バッチリとリベルタが教えてくれた特徴に合致した男が現れ、本当にいたんだとリベルタの知識に感心しつつ、最後の確認をする。
もしかしたら、他人の空似という可能性もある。
「俺はググルっていう商人だ! ここにはよく来ててよ、それなりに顔が通ってるんだぜ?」
そして名乗らせ、名前を確認してみればビンゴ。シャリアは内心で喜ぶ。
「ふーん、僕はここに来たばかりだから、君のことは知らないよ?」
それを表に出さず、嫌悪感も見せない。
中身が同じ男であっても、正直向けられて気持ちのいい視線ではない。リベルタの頼みでない限り、接触したいと思える人物でもない。
「アレイヤは初めてか! それならなおのこと、この街の案内は俺に任せてくれよ!」
必死に気を引こうとしているのはわかるが、下心が隠せていないのがまるでダメだ。
下卑た笑みこそ浮かべてはいないが、視線がシャリアが磨きに磨いた太ももにチラチラといっているのがわかる。
根性で鳥肌を立てさせないようにしてはいるが、触れられたらどうなるかはわからない。
「へぇ、そこまで自信があるんだ」
あくまで向こうが誘うという体を成し、なおかつこっちも少しだけ興味を持ったという雰囲気を出すと、「かかった」と喜ぶググル。
リベルタ曰く、欲望に忠実すぎて商人としては半人前以下、助平すぎて女は娼婦であっても拒否されることがしばしば。されど根は善人で無理強いはしないとのこと。
基本的に、害はその助平心だけだという。
それでどうやって商人として成り立たせているのかといえば、このググルが持っている「とある商品」の固定収入が馬鹿みたいに高いのだ。
専売契約を大神殿と行っているから、しっかりと商品さえ納品してしまえば、極端な浪費さえしなければ悠々自適の金持ちライフを送ることができる。
「おうよ!」
「ならいいよ。ちょうどお腹が減ってきたし」
「!そうか! そうか! ならこっちだ! 美味いのは保証するぜ!」
そんな男であるなら金目的の女性がいくらでも寄ってくると思うのだが、このググルという男は、過去に金目当ての女に手痛い裏切りを受けており、ちょっとしたトラウマがある。
ググルはその醜悪な見た目に反して心根は純真で一途。一度好いた女性に対しては誠実であろうとする。
そこにつけ込み、ググルをATMにして他所に男を作るという女と交際したことがあるのだ。
発覚して大騒動にもなった。普通はそこで女性不信になって警戒するものだが、ググルの助平心はそれでも収まらなかった。
「あ、そこまで堅苦しいお店は僕嫌だなぁ。マナーとかあまり詳しくないし」
「任せろ! 個室で良い店を知っているんだ」
「ええー、個室? 変なことするつもりでしょ、さっきから僕のここ、見てるの気づいてるよ?」
「う、いや、そんなことないぞ?」
「ウソだぁ♪」
そこで彼は逆転の発想に至った。向こうから来る女がダメなら、自分からいい女を探せばいいのでは? と。
普通に考えれば「馬鹿だろ」と言わざるを得ない発想だ。
だがしかし、この発想は悪いことばかりではなかった。
ググルはトラウマのおかげで、自分のことを金としか見ていない女を見分ける能力を身につけたのだ。
他にも「金だけは持っている」と宣言することで、相手をふるいにかけ、その反応を見極めることもできるようになった。
だからこそ、リベルタはシャリアに対し「金銭の誘いには反応するな」と指示し、さらに「高級な店は拒否しろ」と追加の指示も出している。
実際シャリアも、高級店に入っても何を食べればいいのかわからない上に、堅苦しいマナーを気にしていたら味がしなくなると考えている。
だから、この流れはシャリア的にはちょうどいいのだ。
「まぁ、ご飯をおごってくれるし、今回はそれを代金ってことにしておくね♪ これ以上は有料だぞ?」
「は、はい!」
まさか自分がハニートラップのようなことをする日が来るとは思わなかったが、別にこの後そういうことをする宿屋に行くわけでもない。
「そういえば、名乗ってなかったね。僕はシェリー、ちょっと探し物でアレイヤに来た冒険者だよ」
「シェリーさん、良い名前だな!」
「ありがとう♪」
しかし本当にリベルタの言う通り、助平心満載な男だ。
ここまでオープンに女にがっついている姿を見て、護衛の人たちも呆れてため息を吐いている。
ナンパに同道する護衛の人たちも大変だな、とシャリアは内心で同情しつつ、さらに悲しい現実があることを黙っておく。
ここにいるのは「全員男」という現実。それを知っているのはシャリアだけだが、そこを言う必要はない。
「それじゃぁ、こっちだ!」
「うん」
久しぶりのナンパ成功なのだろう。
ルンルン気分で歩き出すググルについて歩き出す。
第一段階は成功。あとはどうやって話を「例の品」の方に持っていくかな……と思っていると、何やら周囲が騒がしくなる。
「また来たぞ!!」
「あいつらか!? クソ! 今朝掃除したばっかりだぞ!!」
「何度やれば気が済むんだよ!!」
それはこれから向かう道中での出来事。シャリアの目には、小さな影が屋根の上を駆け回り、何かを投げつけているのがはっきりと見えた。
「アハハハハ! 楽しいね!」
「うん! 楽しいよ!」
パシャリパシャリと水風船が破裂する音が響き、それだけで建物が雑にカラフルになっていく。その都度、嘆きの叫びが響く。
そして怒号。
「あっちも!」
「こっちも」
「ちょっ!?」
その怒号の輪に加わることになるとは。想定外のタイミングで、ググルを目がけて水風船が放り投げられる。
「ググル様!?」
守るべく護衛が前に出るが、一歩遅かった。
上機嫌だったのが一転、バシャリと被った塗料のせいで、緑色に染まってしまったググル。
「お前ら、またか!!」
「アハハハハ! カエルは緑!」
「ええー、茶色だよ!!」
「まぁ、どっちでもいいけど?」
「綺麗になったしね!!」
ググルの怒号はこれが初めてではなく、何度も被害に遭っているという証拠だ。
ぶるぶると体を震わせ、怒りをあらわに怒鳴るが、それを意に介した様子がない小人族の二人。
その際、ちらりとだがシャリアの視線にフードの奥の素顔が見えた。
そっくりな顔。そう、双子だ。
幼げで中性的な顔。それぞれ左右の目の下に、特徴的な涙の入れ墨をした双子の顔だ。
「バイバイ、カエルさん!」
「また来るね!」
「もう二度と来るなぁ!!!」
ドロドロと塗料を飛び散らせながら怒るググルから少しだけ距離を取りつつ、兵士の足音に気づいて逃げ出し始めた二つの影を見送る。
本当だったら追いかけた方がいいんだろうけど、そこは別のエンターテイナーが間に合い、追跡に入っている。
そうなってくると、シャリアの仕事は。
「大丈夫? ほら、これで拭きなよ」
ググルを心配することであった。




