7 EX リベルタの居ない時に 2
リーダーであるリベルタの一時離脱。
そうなると誰が陣頭指揮を執るかと言えば。
「まずは、登山の許可申請をしましょうか」
この面々だとケースバイケースであるが、年長者であるクローディアが指揮を執ることが多い。
「お願いしますわ。何分我々はアレイヤには詳しくありませんし、神山への入山方法も知りませんので」
「そこまで難しい物ではありませんよ」
それに対して不満が出ることもなく、ナタルたちと別れた一行はクローディアの先導の元、大神殿から外に出ずそのまま建物内を移動していく。
「あの列に並んで受付すれば許可が出ます」
「いっぱい並んでるね」
「それだけ、登りたいっていう人が多いのかしら」
そうすると関係者以外入れないようなエリアから、一般人が入れるようなエリアに出て、そこには大神殿の見学者だけではなく神山への入山希望者の受付をしている場所があった。
簡易的な受付ではなく、専用の施設として設けられたしっかりとした受付で、いくつもの窓口が並んでいる。
この世界には整理券という概念がないから、利用者は神官の指示に従い整然と並んでいる。
しかし、その列はかなり長い。
受付の窓口もそれ相応に多いにもかかわらず、その列を一気に捌くには職員の人数が足りないのか、長蛇の列が出来上がってしまっている。
アミナとネルが驚くのも無理はないほどだ。
その列に並ぶ人たちを見れば、一見して貴族と思われる子息や令嬢すらも並んでいる。
特権意識の高い貴族が順番待ちをしているというのも奇妙な光景ではあるが、ここは神々のおひざ元、下手なことをして神の怒りを買えば神罰を下される可能性があるゆえに、さすがの貴族も礼儀正しく並んでいる。
「さて、私たちも並びましょう」
「代表者の方が並んだ方がよろしいのではなくて?私たち全員が並びますと迷惑ですわ」
その列に、リベルタを除いた全員を並ばせようとクローディアが提案するが、一人減ったと言え、護衛を含めるとかなりの大人数になってしまう。
手続きをするために、全員が並ぶと迷惑になるのではとエスメラルダは疑問を浮かべるが。
「簡易的ですが、ここも祭壇なのですよ。神山に悪意を持ったものを入山させないために入山許可証はまとめての発行をしていません。神山に入るのでしたら一人一人がしっかりと祭壇で審査を受けて、許可を得なければならないのですよ」
「なるほど、そういう仕組みなのですね」
しかし、そんな手間をかけてまでも列に並ばせる意味はあるのだとクローディアの説明を聞いてエスメラルダは納得する。
「ついでに、ここで宿泊地の手配をしておいた方がいいですね。宿の方はさすがに埋まっているでしょうが、温泉地に近いキャンプ地でしたら確保できるでしょう」
「美肌になれると噂の温泉ですか。そういえば、シャリアさんを連れて行けとリベルタは言っていましたが、どういう意味があるのでしょう?」
全員で移動し列の最後尾に並びつつ、手続きを済ませるまでにはかなり時間がかかるだろうなということで、ゆっくりと待つことにした一行の話題は、女性陣が色めき立つ効能の温泉について。
クローディアが太鼓判を押すほどの効能があるのなら期待も高まるという物だ。
「僕?」
「そう言えば、リベルタが今回はジュデスさんじゃなくて、わざわざシャリアさんを連れて来たわね」
「いつもは行きたい方が来てって感じだよね」
「そうだねぇ。僕たちもエンターテイナーとしての活動スケジュールがあるから、こうやって指名されるっていうのは珍しいね」
そんな温泉地に連れてきてほしいとリベルタから指名を受けたシャリア本人は、綺麗に手入れされた爪を見せるように顎に手を当てて小首をかしげるというテクニックを披露して、周囲の男性の視線を集める。
中身が男だと知らないでシャリアに魅了されていく男たちを見て哀れだと、背後でため息を吐くゲンジロウのことはひとまずスルーすることに。
「理由は聞いてないの?」
「聞いているよ。ちょっと調べてきてほしいことがあるから、とある人がいたら接触して情報を引っ張ってきてほしいって」
周囲も雑談をしているからそこまで静かというわけではない。
しかし、どこで聞き耳を立てている人がいるかもわからないために、シャリアは少し言葉を濁した会話を選ぶ。
声も少しボリュームを下げ、仲間内だけが聞こえるようにしている段階で何か極秘のミッションが与えられたのだと全員が察した。
さりげなくイングリットが周囲を見渡し、聞き耳を立てている人がいないか警戒し、そしてゲンジロウたちもそれに呼応している。
「そんなに大事な情報なのですか?」
「うん、その人が例の薬を作るために必要な素材の在り処を知っているらしいんだ」
「あの薬の情報ですの?」
シャリアが言う薬はエリクサーのことだ。
リベルタが作るのが面倒だと豪語するくらいに、作成環境を整えるのが大変なエリクサー。
その素材の一つの情報を持つ人物がこの神山に出入りしている人の中にいると。
その情報は初耳と、エスメラルダたちは目を見開く。
「なぜ、リベルタはその情報を私たちに伏せたのでしょうか」
本来であればパーティーメンバーには共有すべき情報。頼られていないとは考えないが、意図的に伏せた理由を知りたいとエスメラルダが言葉をこぼし、その言葉に同意するアミナとネル。そしてクローディアとイングリットも頷きはしなかったが心の中で同意していた。
「あはははは、伝えられなかったって感じかな?僕も、この情報を聞いたとき、だから僕なのかって納得しちゃったもん」
「拙者としては、御屋形様が申し訳なさそうにシャリア殿に頼んでいたのが印象的でありましたな。それほどまでに言いづらいことだとお察しください」
その反応は仕方ないとシャリアは苦笑し、それでも伝えることはできないと謝罪する。
同じく事情を知るゲンジロウも同様に女性陣の説得に加勢する。
「お二人は知っているのですね。私たちには話せないことですの?」
「話せないことはないって感じだけど、言いづらいって感じかな?」
「左様ですな」
遠回しに聞かない方がいいという内容だとはエスメラルダを含めパーティーメンバーも察しがついた。
しかし、だからと言って気にならないというわけではない。
モヤモヤとした気持ちを感じつつ、聞かないという選択肢を取るには少し我慢が必要だった。
リベルタが試練を受けて頑張っているという状況も相俟って、頼られているシャリアを羨ましいと思ってしまう。
「別に君たちが頼りないってわけじゃないよ。今回の仕事は僕向きってだけの話だよ。あんまり気にしないで今回はのんびりとすればいいよ♪」
そんな乙女心を察してか、シャリアがウィンクして気にしないようアドバイスを送る。
せっかくの温泉を楽しまないと損だという、シャリアの意見は正しい。
「そうですね。リベルタもゆっくりとしてくると良いと言っていましたし。彼の考えることを気にして私たちが楽しめないとなれば、せっかくの休暇を用意してくれた彼の好意を無下にすることになりますしね」
その事実に頷き、クローディアが気持ちを切り替えてのんびりと温泉を楽しもうと提案する。
「そうですわね。噂の美肌の湯の効能がどれだけの効果があるか。リベルタに見せる義務が私たちにはありますわ!」
「綺麗になったお姿を見せるのも務めということです」
その空気を汲んで、エスメラルダとイングリットが、アミナとネルの目を見て気持ちを変えようとさらに提案する。
「そうなのかな?」
「そうね、せっかくリベルタが用意してくれた機会だもの。無駄にするのは商人として許せないわね」
流石にここまでされて、駄々をこねるのは違うと判断したネルとアミナもこれ以上は踏み込まないということで思考を切り替えた。
「クローディア様、ここの温泉は他に何か見どころはありませんか?」
「元々、この山ははるか昔に修行僧が体を鍛えるための修行の地だったのです。現在も神殿騎士や神官が修行するための設備が山のあちこちに点在しますが、その中には観光向けの施設として改装した場所もあるのですよ」
楽しむのならしっかりと楽しむ。
それはリベルタが彼女たちに教えたことであり、それを実行しようと行動するのも彼の教えだ。
そうなれば、この土地に一番詳しい人に聞くのが一番と、クローディアにネルは質問した。
彼女も快くそれを受け、自分の知識を披露する。
「心技体揃ってこそ、神に仕える者として正しく振る舞える。そのために、厳しい修行環境だけではなく、体を作るための衣食住の設備も用意されました」
それはこの神山の成り立ち、発展の歴史というには簡単だが、観光説明のようなものだ。
「その中で、私がお勧めするとしたら食の分野ですね」
「お店がいっぱいあるんですか?山の中に?」
「正確には、山に入る前にしっかりと栄養を取ろうという考えですよ。アミナさんの想像しているようなお店が山の中にたくさんあるというわけではありません」
神山と聞けば、戒律の厳しい神聖な場所を思い浮かべるかもしれないし、実際そういうエリアもあり、現在進行形でリベルタが試練を受けているような過酷な場所も確かに存在する。
しかし、その反面ゆるやかな観光スポットのような場所もあるのもまた事実。
「山の幸、神山の恵みを使ったおいしい料理で体に栄養を与え健やかに育つ。これも立派な修行なのですよ。贅沢品ではなく、体を育てるための食事という物が山のふもとのお店では多いのですよ」
「料理ですか」
「イングリットさんが興味を持ちそうですね」
「はい、クローディア様、ぜひともお勧めのお店をご紹介くださいませ。リベルタ様がお帰りになった日には是非とも食してもらいたいです」
その中で目玉と言えるのは、山のふもとにある里の料理街だという。
観光客を出迎えるために、神官が経営する食堂通り。
貴族が好みそうな豪華絢爛な食事こそないが、健康的でおいしい料理を長い歴史の中で研究してきただけあって、栄養バランスの取れた体を元気にしてくれる料理が多い。
「他には何かございますの?」
「そうですね、血行を改善してくれるマッサージとかですかね?針を使ったり、手でほぐしたりと、修行し下山してきた人たちには人気ですね。登る前に体の調子を整える人も使います」
他にもマッサージを上げ、さらには。
「ああ、そういえば少し変わり種ですが、体操教室というのにも参加したことがありました」
過去の記憶を掘り起こして懐かしいとこぼし、思い出をクローディアは語る。
「体操教室ですか?クローディア様も健康に気を使って通ったのですか?」
「ええ、柔軟性を上げるために少し特殊な体操をして体を柔らかくしようとしたのですよ」
それはクローディアにとっては懐かしく、そして今だからこそ笑い話にできる話。
「ですが、少し勘違いしておりまして」
「勘違い?何を勘違いしたんですか?」
「私は普通の柔軟体操を教えてくれる教室だと思って通ったのですけど、実はその教室は女性のとある箇所を豊かにする体操を売りにしているお店で」
「まさか」
「ええ、そのまさかです」
健康以外にもそういう体操教室は多くあり、その中で女性に人気と名高い教室であれば体にいいのだろうと思って、内容を確認せず参加した過去のクローディア。
それはFBOでは語られなかった、クローディアの失敗談。
「随分と驚かれましたよ。私が通いに来るとは思っていないと職員たちも戸惑っていましたよ。後で聞いて、私も恥ずかしくなりましたね」
豊胸の体操教室と表立って謳っていなかったから、クローディアも勘違いして体の柔軟性を上げる教室だと思い参加した。
身内同士の過去話だからこそ、笑って話せる内容だ。
ジェスチャーで示した内容に、同じ女性として『あー』と納得しつつ、クローディアでもそういう失敗をするのだと知る日となるのであった。




