第八話 茶屋で
「勇ちゃんの好きなお花はなんですか?」
「花だァ? うーん……ひまわりとかかな」
「ひまわり! いいですね。かすみも大好きです。お団子の次くらいに好き!」
「……あぁ、そうですかい」
――この子が俺の嫁だァ? 悪ぃ冗談だろ。話の内容が完全に子供じゃねぇか……。
「勇ちゃん、勇ちゃん!」
「なんだ?」
「とこじょうず、って何ですか?」
「床上手だァ? どこでそんな言葉聞いてきやがった」
「友達のゆきちゃんが、とこじょうずだったら夫婦はいつまでもラブラブだって教えてくれたのです! だからかすみもとこじょうずになるのです!」
「……あぁ、そうですかい」
「だから、とこじょうずって何か教えて下さい!」
「あぁ、まァそのうちにな……」
――やれやれ……。
そんなくだらないやり取りをしながら暫く進んでいると、目前に一軒の茶屋が見えてきた。店には大きく団子と書かれた赤い旗が風にはたいめいている。
かすみはその茶屋を見つけた途端、急に無口になった。
「どうしたかすみ? 急に無口になって。何処か具合でも悪くなったのか?」
「……いいえ、大丈夫です。かすみはお団子とか食べたくはないのです!」
歩きながら口ではそう言いつつ、かすみの目は団子の旗に釘付けになっている。
「まだまだ道中は長い……てか何処まで行けばいいのかもまだ判らねぇし、のんびりいこうぜ」
「――のんびり?」
「そうだ。団子食いてぇんだろ?」
「そ、そんな事は言ってないのです!」
「んじゃ、いらねぇのかい?」
「うう……。ママが無駄遣いしちゃだめだって……」
「そんな事ガキが気にしてんじゃねぇよ」
出発前に、甚右衛門から旅費にしてくれと結構な額の金を持たされていたが、勇次は懐の御神託書がどれ程の効果があるのか確かめたいと思っていた事もあり、目の前の茶屋で一度見せてみようと考えた。
――本当にブラックカード並に使えんかよ、こんな紙切れ……。
「邪魔するぜ――。大人と子供だ」
「勇ちゃん、なんですかそれ。ちゃんと正しく伝えて下さい。すみません、夫婦です」
かすみがペコリと頭を下げる。
その会話を聞いて店番をしていた老婆が目を丸くする。
「め、夫婦じゃと! アンタ変な格好してるが、ろ、ロリコンなんじゃな……。寺の道玄と同じ病気とはのぅ……。いたわしいことよ」
「オィ、バァさん。そういう目で見るの止めてくれねぇか。こちとらお願いされて仕方なくだな――」
「すみません、お団子三つとお茶二つください!」
「はいはい。お嬢ちゃんも変なのに捕まって大変じゃのぅ。頑張るんじゃぞ」
「はい! ありがとうございます!」
老婆は涙目でかすみに憐れむような視線を送って、奥に引っ込む。
――ハァ……。こりゃ真・閻魔とかをぶちのめすのより厄介な問題なんじゃねぇのか……。
「はい、お待ちどうさま。ゆっくりしておいき」
「はい!」
「な、バァさん、ちょっとこれ見てくれねぇか」
勇次は懐から御神託書を取り出した。
「なっ――! これは!」
御神託書を見た老婆は、突然その場に平伏して「ははー」と言ったまま頭を上げなくなった。
「バァさん、そんなにしゃっちょこばらなくていいから――」
勇次が声を掛けるが老婆は額を地面に擦り付けたまま動かない。
見兼ねたかすみが老婆に駆け寄った。
「おばーさん、勇ちゃんは優しいから大丈夫なのです」
「じゃが、じゃが、御神託書を持っているという事は、その御仁は討伐者様じゃ。ワシは討伐者様にロリコンなどと、とんでもねぇことを――」
「だから、バァさん。大丈夫だって言ってんだろ。俺はそんなこと何も気にしちゃいねぇ。ただこの紙切れを知ってるか訊きたかっただけだ」
「……ほ、本当か?」
「あぁ」
「怒りに任せてワシを手篭めにしたり、あわよくば妾にしようと企んだりしとるのではないのか?」
「あのな……」
「勇ちゃんは何もしないのです。かすみが付いているので大丈夫ですよ、おばあさん!」
「おぉ、おぉ、そうじゃった。この討伐者様はロリコンじゃった。ババ専だったらワシゃ完全にアウトじゃったな」
「ババ専ってなんです?」
「お前はそんな事知らなくていい。てか、ババ専とかロリコンとか、一体ぇこの世界はどうなんってんだよ……」
「――それで、その御神託書をワシに見せて何を訊きたいんじゃ?」
「あ、いやな、この紙切れを見せたら、なんつーか、何を買おうがどこに泊まろうが全て無料になるのか?」
「そうじゃの。その御神託書を持つものを助けることがワシらの生き甲斐みたいなもんじゃからな。もし討伐者様から金でも取ろうものなら、村八分にされ、そのあと簀巻きにされて河に投げ込まれるか、家に火を付けられる。娘はソープに売り飛ばされ、息子はゲイバー送り。爺さんと婆さんは姥捨山に連れて行かれて……」
「あぁ、もういい、もういい。めちゃくちゃだな――」
「ワシらはそういう掟の元で暮らしてるだけじゃよ」
「わかった。ありがとうな、バァさん」そう言って老婆の肩をポンと勇次が叩いた。
「お? おおおおおおおおおおおおおおおお!」突然、曲がっていた老婆の腰がビシッと伸びた。
「おい、バァさん、どーした?」
「ワシらの様な年寄りは、討伐者様に労られると若返るかもしれんと言われとったのじゃが……。まさか……まさか……本当に!」
「そうなのかい? 背筋が伸びただけで見た目は何も変わらんぞ?」
「何をおっしゃる、討伐者様。ワシは確実に五年若返った」
「五年ダァ? また微妙な年数若返ったな……。九十歳が八十五歳になってもなァ……」
「本当ですね! おばあさん若くなりました!」
「おい、かすみ。おめぇ判るのかよ?」
「はい! とてもよく判ります。背中がビシッとなりました!」
「……そうだな」
勇次はなんだかやたらと疲れた気がした。
――その後、団子の代金を受け取れと何度渡そうとしても頑なに受け取りを拒む茶屋の老婆に、「討伐者の言うことが聞けないのか」と脅してやっとの思いで金を渡して茶屋を後にした。
それから程なくして、目の前に『点鉱山』と文字が彫り込まれた扁額が掲げられている冠木門が見える場所にに辿り着いた。
「ここが点鉱山の入り口か。思ったほど遠くなかったな」
「はい! 早く和尚様に会いに行くのです!」そう言いながら、かすみは山道を駆け登って行った。
「そんなに急いで登ると転ぶぞ、パンツ見えるぞ」
「勇ちゃんのエッチー」
――やれやれ……。
かくして勇次とかすみは点鉱寺を目指して鬱蒼と樹々が生い茂る雑木林の点鉱山を登り始めた。
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