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第三話 討伐者様

 

 ――コンコン


 次の日の朝、勇次は部屋のドアをノックする音で目が覚めた。


「――起きてる、なんだ?」


 勇次が返事をすると、ドアを開けて「失礼します」と十兵衛が入ってきた。


「おはようございます、木崎様。朝食の用意が出来ましたのでお声を掛けさせていただきました」


「おぉ、すまねぇな。こんな見ず知らずの俺なんかに気ぃ遣ってもらって」


「何をおっしゃいます。ささ、下の食堂にお越し下さいませ」



 食堂は十人ほどが腰掛けられるテーブルが置かれた大きめの部屋で、給仕の女性が二人立っており、既にかすみと母親のめぐみが食事をしていた。

 メニューは焼いた鮭と味噌汁と海苔と玉子。絵に描いたような日本の朝食だった。

 めぐみとは昨夜のパーティで引き合わされて少し会話をしたが、名士が大勢集まっていたため西に東に飛んで挨拶をしなければならず、勇次とゆっくり会話をする時間はなかった。


「おはようございます、木崎様。昨夜は失礼いたしました――。かすみがお腹が空いたと何度も強く申しますので、仕方なく先に頂戴しておりました」


 食堂に入ってきた勇次を見てめぐみが椅子から立って頭を下げる。


「気にしねぇでくれ。昨夜の事も、あんたは忙しかったんだ。何も失礼なことなんかねぇから」


「いえ、昨日は娘を助けていただいたお礼をちゃんと申せませんで――。パーティのあとお探ししたのですが、既におやすみなったとの事でしたので、声を掛けませんでした」


「俺の事など気にすることはねぇ。娘のこともたまたまだ」


「痛み入ります――」


 めぐみは年齢はまだ二十代に見える若い妻だったが、言葉遣いといい、立ち居振る舞いの仕草といい良家の育ちであることは明白だった。

 長いストレートの黒髪を後ろで束ねていて、淡いピンクの着物がよく似合っている。


「不躾ですが、木崎様はこれからどちらへ行かれるのですか?」


「俺か? 何処と言う宛があるわけではないんだが、真・閻魔とか言うのが復活しようとしてるんだろ? それを退治してくれと頼まれた」


「――なんですって!?」


 めぐみが突然驚いて立ち上がる。


「いや、真・閻魔――」


「あ、あなたは……誰、いえ、どなたなのですか? 不思議な出立ちをされているので気にはなっていたのですが……」


「誰と言われても困るが……」


「討伐者様……ですか?」


「なんだ、それは?」


「観音菩薩様が異世界からこの世界を救うために呼び出した者のことです」


「あぁ、そうだ。観音菩薩様に頼まれた」


 ――そんな!!


 めぐみは口を押さえて目を大きく見開き暫く固まる。

 母親の驚いた姿を見て朝食を食べる手が止まり、口の横に米粒をつけたかすみはポカーンとしている。


「失礼ですが、御神託書(ごしんたくしょ)をお持ちですか?」


「御神託書? なんだそれは」


「観音菩薩様から世界を託された者が持つ、梵字と名前が書かれた紙です」


「――あぁ、これか」


 勇次はポケットから紙切れを取り出してめぐみに見せる。


「これは、間違いなく御神託……。まさか木崎様が討伐者様だったとは。本当に失礼致しました!」


 めぐみは突然その場で『ははー』っと土下座した。


「かすみ! なにぼーっとしてるの! あなたも早く頭を下げなさい!」


「え? え……はい」


 親娘が額を床に擦り付けるように土下座する。

 振り返ると給仕をしてた女中も、十兵衛も同じように頭を床に擦り付けていた。


「ちょっと待て! 俺は()()()()じゃないぞ。全員頭を上げてくれ。何が何だかわからん――」



 ――――――――――



『御神託書を持つ者は、観音菩薩の慈悲を受け世界を救う。その者現し暁は、何人たりとも彼の者を縛らず妨げず、全てを捧げて尽すことこそ誉れ』


 勇次は、そう真言しんごんが刻まれた石碑を村の外れにある寺――便提寺びんていじで見せられていた。


「――こりゃ何だい?」


 勇次を便提寺まで連れてきた十兵衛に尋ねた。


「ここに書かれてある真言はこの世界の神社仏閣、殆どで見られます。私たちはこの言葉に従って生きていくように、幼き頃から教えを受けます。言葉を判りやすく言いますと――御神託書はブラックカードだと思えばいいと言われています」


「はァ? 御神託書がブラックカードだと? それってクレカのかい? 大体この世界でクレカ使えんのかい?」


「私たちはクレカというものがどういうものなのか知らないのです。しかし、御神託書を持つ者はその意味が判ると聞いております」


「――なるほどなァ」


「やはり、木崎様はご理解できるのですか?」


「あァ、判る」


「左様ですか。言い伝えというのは本当なので御座いますね」


「――ね、勇ちゃん、ブラックカードって何ですか?」


 一緒に寺まで来ていたかすみが大人たちの会話に加われず、モヤモヤして割り込んできた。


「ブラックカードってのはな――」


 その時、境内の奥から、小僧がヒィーと言いながら手にしていたほうきを投げ捨てて走ってくる。


「何だ? どうした?」


 小僧が駆けてきた方を見ると、黒い霧のようなものが立ち込め、その中から昨日の鬼のような式神が現れた。


「あれは、黒鬼こっき!」と便提寺の和尚である、玄心げんしんが黒い鬼の式神を見て言う。


「黒鬼だと――? あれも式神ってぇヤツかい?」


 勇次は黒鬼から目を逸らさずに尋ねると、玄心が頷きながら答えた。


「左様。しかもアレは上級式神です――。さりとて町中に、しかも結界が張り巡らされている寺の境内に現れるなど有り得ない事。どうしてあのようなモノが……」


 ――ああいうのを始末してくれってのが、観音菩薩様の願いなのか? なんで俺になんか頼むんだよ……めんどくせぇな。


 勇次はこれまでヤクザとして死線を何度も乗り越えてきた本物の極道だけあって肝が座っていた。

 目の前にバケモノが突如として現れたにも関わらず全く動じること無く、寧ろ顔を上げ、そこから見下すような冷たい視線を式神に浴びせていた。


「討伐者様! 気をつけて下さい。上級式神は呪術を使います。それをまともに喰らっては討伐者様でも無事では済みませんぞ!」


「あァ? 呪術だァ? なんだそりゃ、ワケわかんねぇことをごちゃごちゃと――要は、あいつのタマ取りゃいいんだろォが」


 霧から完全に姿を現した黒鬼は三メートル程の身長で、大きな鋲を無数に打ち込んだ金棒を片手でブンブンと振り回しながら、のそりのそりと歩き向かってきた。


 勇次が地面を蹴って勢いよく飛び込んでいくと、黒鬼はブォーンとその金棒をいきなり叩きつけてきた。

 それが突っ込んでいった勇次に見事なカウンターヒットとなって、脳天を直撃する!


 ――ガン!


 キャーと言って目を伏せるかすみ。他の者たちも一様に目を逸らした――。

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