第九話 かすみの力
点鉱山の入り口から点鉱寺までは、それ程の距離ではなかったようだが、何分山道のため思うように歩みを進めることが出来ない。
山の入り口こそ、それなりの道幅があったが、そこを過ぎると少し広いだけの獣道といった状態の足場が悪い山道が続いていた。
式神が出てくる恐れだけではなく、イノシシや熊といった野生の動物に突然襲われる危険にも配慮しながら進まなければならないことも、遅々として山道を進めない原因の一つになっていた。
――確かにここは簡単に進めそうな道じゃねぇな……。
最初は元気に駆け出したかすみだったが、ある程度山道を進んだ頃には勇次に手を引かれてとぼとぼと後を付いてくる始末。しかも高波のように樹々が生い茂る山道は視界も悪く、誰かが踏みしめただけの枯れ葉が道となっているようなところを進む緊張感で、体力以外に精神力も少しずつ削られていた。
そんな山道の中を注意深く樹々を掻き分けて進んで行くと、やっと少し開けた場所に辿り着いた。
「ここで少し休憩するか?」
疲れて元気がなくなっていたかすみに話しかける。
「はい! かすみ、さっきの団子屋さんでおにぎりとお茶をもらったのです! それを食べましょう!」
「へぇ、そんなものくれたのかい」
かすみは少し元気を取り戻したらしく、腰掛けられそうな切り株を見つけてちょこんと座り、おにぎりとお茶をカバンから取り出して拡げる。
「な、かすみ。そのカバンの中って何が入ってんだ?」
「この中ですか? えっとですね、パンツと着物です。後は……」
そう言ってかすみがカバンの中を覗き込んだ時だった。
ブーンと風切り音がして、かすみの頭があった位置を何か大きなモノが掠めた。
――!?
勇次がギッっとかすみの後ろに視線を送る。
すると、そこに体長二メートルほどの片目を失った大熊が涎を垂らしながら仁王立ちになっていた。
――しまった! 休めると思って油断した……。
かすみがカバンを覗き込まなければ、最初の一撃で頭がふっ飛ばされていただろう。
勇次は急いでかすみを抱きかかえて大熊から距離を取った。
「え? え? 何ですか、勇ちゃん、おにぎりが――」
「かすみ、熊だ! 大人しくしてろ!」
「え、あ! はい!」
かすみを自分の後ろにおいて片目の大熊と対峙する勇次。
――式神ってのとは違うよな……。こんなでかい熊とやりあって俺は勝てんのかよ……。
式神と呼ばれているものは、これまで見たことはなかった。それだけに恐怖心があまりなく思い切って突っ込んでいけたが、今はお馴染みの熊だ。どんな生き物なのかを知っていた。それだけに戦うことに躊躇いが生じた。
「……勇ちゃん……」
「大丈夫だ、かすみ。心配するな」
「は、はい。お願いだから死なないで下さい!」
――いい願いだ、かすみ。
勇次は懐からドスを取り出し、大熊の目を見据えたまま鞘からギラリと鈍く光る刃をゆっくりと引き抜いた。
「グォォォォォ!」
熊が両手を大きく拡げ地獄の番犬のような唸り声をあげる!
「――行くぞ、おらァ!」
勇次はギラつくドスを低く構え、地面を蹴って一気に大熊に突っ込こむ。そこへ大熊が左手を振り下ろしてくる。
――ブンッ!
その手が届く手前で踏みとどまり、すかさず、その左手にドスを突き立てた。
「グォォォォォ!」
大熊の咆哮が周りの樹々を震わせる。
勇次がドスを引き抜くと、一気に後ろへ飛んで距離を取り、再び低く構え突撃体勢を取る。
手負いになった大熊が狂ったように首を振り回し、口から垂れる涎を撒き散らしながら呻き声を発し、ドシンドシンと近づいてくる。
「――もう一発じゃァ!」
勇次は再び大熊に対して突撃する。
突っ込んでくる勇次に対して大熊は手負いになった左手だけではなく、今度は両手を一気に振り下ろしてきた。
――ガン!
「グハッ……」
「勇ちゃん――!」
突っ込んでいった勇次は大熊の右手の攻撃を予想して、それを躱して左手と同じようにドスを突き立てるつもりだった。
しかし、今度は両手で一気に攻撃をされたため反射的に右手の攻撃を防御し、手負いになった左手の攻撃を背中に喰らってしまった。
防御した右手の攻撃はスキルが発動して全く無傷だったが、背中は大きく爪で引き裂かれ、純白のスーツが紅く染まる――。
大熊の前で片膝を突いて背中の激痛に耐える勇次を、大熊は何の躊躇もなく蹴り上げる。
「グァァァァ――」
勇次はかすみの前まで飛ばされて、虫の息になっていた。
「勇ちゃん! しっかりしてください! かすみが治します!」
かすみは小さな両手を勇次に向かって拡げる。
「――我はかすみ。字は元化。この地に揺蕩う全ての御霊よ。須らく我渇求を知りこの者に再びの生気を与えん――」
かすみが詠唱をすると小さな両手が淡い緑色に輝き始め、その光が勇次の全身を優しく包み込む。
たちまち勇次は身体から全ての痛みが消え去り、傷が癒やされていく様をまざまざと感じ、自分の身体が復活したことをに驚愕した。
「――こ、これは……なんだ!?」
「かすみはどんな傷でも直ぐに治すことが出来るのです。でも、死んじゃったら治せないので絶対に死なないで下さい! お願いします!」
――フッ。お願いか。何度も何度も……。
「……任せろ、かすみ!」
勇次はスッと立ち上がり、もう一度ドスを低く構えた。
――さっきの攻撃も防御した腕は何ともなかった……ってぇことは、俺の腕と脚はあの寺で黒鬼と遣り合った時と同じで無敵ってことか。それならこんな熊の一頭や二頭……。
今度は大熊に向かって突撃するのではなく、一歩ずつ距離を詰めながら勇次は近寄り始める。
「オィ、バカ熊。殺れるもんなら殺ってみろやッ!」
言葉が判ったのかどうかは不明だったが、挑発を受けた大熊は、よつん這いになって唸り声を上げながら突っ込んできて、勇次の目の前で立ち上がり――大きく振り上げた右手を力任せに振り下ろしてきた。
――ガンッ!
「フッ……。クソ熊が。効かねぇんだよ、そんな猫パンチ」
勇次は左手で軽々と大熊の一撃を受け止め、グッと一歩力強く前に踏み出して、愛用のドスを大熊の土手っ腹に突き刺した。
「グォォォォォ!」
しかし、野生の熊の腹筋は固くドスを深く突き刺す事が出来ない。そこで一度ドスを引き抜いて、再び突き刺す。
そうして何度も大熊の腹を刺し捲くった。
――グサッ!
――グサツ……
「グォォォォォ!」
「グォォォォォ……」
最初は大声で吠えまくって暴れていた大熊も次第に力が無くなり、八回目のドスを突き立てられた時、「グォォォォォォォォォォ……」と断末魔のような声を上げてその巨体を倒した。
勇次はすかさず倒れた大熊に馬乗りになってドスを両手で持って振り上げた。
「往生せいやぁぁぁぁぁぁぁ!」
渾身の力で大熊の心臓辺りに深々と突き立てたドスをグイッと捻ると、潰れていない方の目をグワっと見開いた大熊は絶命した――。
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