第六話:ミスラスでさえ芳しくない今を、俺一人ですべてを振り回す!
「邪魔するよ」
ノックもなしに入ってくる。
よく知っている人物であっても、いきなりそんなことはあり得ないだろう、ということを平気な顔をしてやられると、この人誰? と一瞬判断がつかないことがある。
ましてや、こんな時にこんなところに来るはずないだろう? という人物であればなおさら。
「教え子がそろいもそろってそんな間抜け面晒してるのを見ると、私の教え方にどこか問題でもあったかと悩んでしまいそうになるのだが?」
「ミ……ミスラス……なんで来たの?」
「なんでとはご挨拶だなミリア。おやおや、みんなひどい有様だね。で、首尾は?」
「……黒装束が二十四人。それ以外は何も」
「ふむ。噂になってるよ。濁龍を静かにさせたままにしておけば、この町は静かなままなのにってね。騒がそうとしてるのは、ファイヤー・クラックルの五人だけ、とも」
「……っ!」
「縁のない連中と思ってたんだけど、パレットカラーズの七人が工房にきてね」
「え……」
「黒装束のことについて聞きに来たんだよ。動機を聞いたら、報酬もらえるから だって。どんな依頼でも報酬はもらえるはずなのにねぇ」
「部屋に入る前、乱舞シュートの面々に散々止められたよ」
「……」
「俺らの金づるだから、元気になるまで立ち入り禁止だってね。仲悪いんじゃなかったっけ?ファイクルを庇うような言動としか思えなくてね。そんなに大切な仲間だったのかってね。思わず口にしちゃったよ」
「……」
「屈強な男たちに赤面されてもねぇ。こっちが困る」
「そんな話されて、苦笑いされてもな」
「ごもっともです、精霊殿。体調完全回復のお手伝いに来たんですよ。それともう一つ」
「なんだ?」
「立ち聞きが趣味なわけじゃないですよ。たまたま耳に入りましたのでね」
「何の話だ?」
「私のことをそちらの思い込みでいろいろ断定されても、対応に困りますのでね」
「こっちの好き勝手な妄想だ。そんな妄想でもない限り、立ち上がる力はなかなか出てこねぇよ」
「……ならば今回は、わたしの好き勝手な治癒回復の施術だけで終わりましょうかね」
「いや、頭を下げて依頼したい。濁龍退治のため、俺もこの体を媒体とする魔術を使えるようにしてほしい」
「ふむ」
「わがままを言う。ミリアとミスラスが一緒に同じ魔法を放ち、より大きい効果を狙えるのなら、さらに増幅できるように俺からも出すことはできないだろうか?」
「……今までは精霊殿に申し訳ない思いを持っておりました」
「……」
「彼らと共にこのように行動していることを鑑みますと、現状に納得されたという解釈ができます」
「その通りだ」
「ならばそれ相応の報酬を私にも提示されませんと、何とも答えの出しようがありません」
「ミスラス……」
心配すんな、ミリア。
「実は俺も、報酬の提示のしようがないんだ」
「ほお」
「濁龍を見るだけでもあんな思いしなきゃなんないなんて、計算外にも程がある。そして関係者は嫌でも見させられたんだろ?その所業と共にな」
「ですね」
「機密事項でもないのに、なんで俺には見せてくれないんだろうってな」
「全貌を見せることが私の報酬につながると?」
「かもしれん。だが、姿を見るだけのことがなぜできないのか。それくらいは無報酬でやってくれてもいいんじゃないか?」
「どういうことです?」
「俺の体に映写するその映像元は、ミリアと俺に限定しないようにできないか?」
「交渉外ですね」
「ほう?」
「ミリア、鏡はあるかな?」
「姿見なら」
「持ってきてくれ。見やすいように調節する必要がないから都合がいい」
部屋にある大きな鏡をそばに持ってくる。
「私の記憶を精霊殿に投射します。それを鏡でご覧になってください」
「悪いな」
「交渉外です。問題ありません」
俺の体に薄っすらと、そして次第に鮮やかに映し出される濁龍の全貌。
あらゆる光を鮮やかに反射し、身体のすべてを周囲の破壊のために振るう、美しくも凶暴な姿。
巨大な宝石の彫刻。動かなければ、そう説明されたら間違いなくそう思うほど。
体の部分ごとが一つの宝石のように見える。移動はせずにその場に佇む。しかし阿鼻叫喚の周囲の地域。
俺の目に焼き付ける。こいつがすべての元凶か。だが感情は持つな。ありのままを受け止めろ。
こいつが何の敵意もなく、ただ眠るだけなら間違いなく宝石の山脈だ。半透明で光を反射しない部分からは、体の向こうにある森林や山肌がかすかに透けて見える。
映像の中のこいつは、そんな余りに禍々しい美しさ。
「映像止めろ!一時停止だ、ミスラス!」
一瞬驚き、その記憶の動きを止めるミスラス。
目を凝らす。
「どうした?スタン」
床の中からトウジの声。
「何でこれを先に思いつかなかった……余計なトラブル抱え込む羽目になっちまった」
「どうかされました?精霊殿」
「待て。今よく見てるところだ」
……かすかに見える黒い粒。
「ミスラス。ここでも確認できた。おそらく黒装束。その数二十四だ」
「いたのか!何を痛っ」
「ランス、無理しないで」
「右前脚のつま先の方が何やってるかわかりやすいな。ミスラス。映像動かしながら確認してくれ」
映像が再生される。
「このかすかな光は……体力回復系の魔法ですね。ダメージを与えて龍を止めようとする行為ではありません」
「……続けて観察する。静かにしててくれ」
これを冬眠させたのか。氷の量は相当だな。
ちょっと待て! 眠る? 眠るだと!
「ミスラス、映像はいい! 終わっていい!」
「は、はい!」
「どうしたの?スタン。いきなり大声で」
「待て、ちょっと待て!」
なぜ眠った? 生き物だからだろ。生き物……生き物? 彫刻みたいな姿じゃないか。眼球はなかったんだぞ?
眼球がなく、瞼が閉じる様子もないのになぜみんな「眠った」と判断したんだ?
そう。ミリアのような不思議な瞳。普通の瞳なら誰だって持ってる。
しかしこいつの目のところには、瞳と呼ばれるものがない。ただの目の位置に目らしい彫刻があるだけだ。
そうだ! 俺の歓迎会のときだった!
あの時俺は、食べたらどうなるかわからない。ミスラスに聞けばよかった と思ったじゃないか。
こいつの体、半透明で中身が何もない。
「ミスラス、確認したいことがある」
「なんでしょうか?」
「俺の体は、道具に俺という精霊を宿しているな?」
「はい、そうです」
「俺という精霊を、屋外で他の道具に移すことができるか?」
「時間、手間はかかりますが失敗なくできますが」
「……よし、ならばミスラス、一つ間違いを訂正させてもらうぞ」
「何でしょう? 精霊殿」
「こいつは……生き物じゃない!」
全員言葉を失っている。呆れているのか思いがけないことだったのか。だがこれは重要なことだ!
「精霊殿? 何を……」
「今考えをまとめているところだ。だが前もって言っておく! いいか! 俺はこいつを、生き物とは呼ばない!」
全員が顔を見合わせているようだ。俺の言うことが理解できないっつんなら別にいいぜ。
濁龍退治のすべての手柄は俺が戴くだけだからなぁ!
俺には今周りに取り巻いているすべての問題の突破口を間違いなく手にしている。
冒険者たちが、町中が、ミスラスが、黒装束どもが
こいつに対して持っている概念を、俺一人で一気にひっくり返す!
ミリア、お前はこれからずっと喜んでいいぞ!
俺の中で、濁龍退治の秒読みが始まった。
さて、スタンはどのようなことに気づいたのでしょうか。
理論上ではその通りにできるはずですね。




