第二話:幻獣は龍として町を振り回した
「普段から人がここに来ることは稀なことなんだが」
俺たちは昨日に続き、今日も工房に訪問した。ミスラスは研究の執筆作業をしていたようだった。俺たちの姿を見るとそう言いながら席を静かに立ち上がる。
「難易度が高い、しかも人目に触れられたくない秘術を実行した昨日の今日。何か聞き忘れでもあったのか? それとも何か問題が起こったか?」
連れてきたのはファイクルだが、話を聞きたいと言った俺が発端だ。
「俺が用事を持ってきた。昨日、みんなから町の危機の話をさらっと聞いた。ミスラスからなら、現状に至るまでのことを詳しく話を聞けるだろういうことでな。仕事中に手間をかけさせてすまない。都合のいい時間があるならそれに合わせるが」
「これは自分が好きでやってる仕事。今の方が逆に都合がいいですよ。じゃあ客間に」
気持ちが落ち着くと最初の時と全く印象が違う。そう言えば学校のようなことをしてたって言ってたな。
「俺もお前らのクラスメイトというわけだな」
客間への移動中、俺は軽い冗談を言う。仲間意識を印象付ける材料を見つけたら、すぐに話題にすればこの世界でも過ごしやすくなるだろう。
「教室の部屋は別のとこだよ。もっと広いんだ。でもなんかそんな感じだね」
生徒だった頃を思い出したのか、ミリアは楽し気だ。
「そのことも話したのか。ですが生徒はほかにもたくさんいましたね。かれこれ二十代期はやってたでしょうか。研究の片手間でしたけどね」
「マジか。片手間っていつ研究してたかわかんねーよ。そんな時間あったんか」
「時間の使い方が上手なだけだよマイト」
代期は俺の世界では年数のことだったな。
「学校をやめたのも町の危機がきっかけだった。復旧作業の方が重要だったからな。だがだからと言って完全に辞めるわけにはいかなかった。ミリアを初め、孤児になった子供がたくさんいた。いきなり放り出す無責任なことはしたくなかった。それでも、さすがの私でも一代期が限界だった」
客間に到着した。全員思い思いの席に座る。
「さて。まず危機をもたらしたのは巨大な一体の幻獣だった。『濁龍』と呼んでる。宝石でできた体だった。体の部分ごとが一つの大きな宝石。当然見た目は綺麗だが、何の罪もない命の血で汚れた、濁った宝石の巨魁。その姿は手足が2本ずつに翼が一対。尾もあり、首は太く長め。龍に似ていることから『濁龍』というわけだ。実際の龍はどれくらいあるのかはよくは知らない。龍を見ること自体少ないからな。だがおそらくは、そう呼ぶにはあまりに大きすぎた」
ミスラスは語りながら人数分のお茶を入れる。
「大きさは頭から尾の先まで五百ウェーイーンくらいあっただろうか。幅は四ウェーイーンくらいか。翼があったから目測も難しかったな」
「ウェーイーンってば、イーンの十倍か?ミリア」
「イーンの千倍がファーイーン。その百倍がウェーイーン」
約五百キロメートルか。でかすぎる。
「イーティカルの上の外れにいきなり出現したらしい。とは言っても山が動いて暴れたという通報が最初だったそうだ」
ミスラスがのどを潤しながら続ける。
「遠風山脈と呼ばれている山脈の中腹の一部から突如出現したそうだ。リースフィード全体にも非常事態宣言が出され、避難命令が出された。しかしイーティカルのみで防衛軍を結成するしかなかった」
「全体とか国からとかは支援は来なかったのか?」
「イーティカルは郷の右下に位置し、山脈はこの町の左上にある。郷の中心に向かった方向に濁龍は出現した。そして濁龍は常にこちら側ばかりを意識していたようだった。郷も国も援軍や支援物資を送ろうとした。しかしイーティカル側に来るにはその山脈を越えなければならない。結果イーティカル単独で防衛策を考えなければいけなくなった」
一旦お茶を飲みのどを潤すミスラスは、思い出すのも辛そうな顔をしている。
「相手が生き物であるなら気温を下げて活動を鈍くすること。それに伴い睡眠を誘発させ活動を停止したあとさらに氷で固め、その密度を高くする。目が覚めても動けない。動こうとしても体が冷えて動かない」
まぁそれが無難だな。
「だが所詮氷。だから魔力を蓄えやすい鉱物の一つである水晶を、氷の周り密着させて囲った。氷が溶けても水が外に漏れないようにする。溶けるように見えたら水晶に冷却の魔法をかけて、水から氷に戻す計画だ。だがその計画は無駄になる」
「氷が溶けることがなかったから、だよね?」
「その通り。作戦を実行してからは完璧に事が進み、それが今現在も継続している。しかし実行に移すまでの被害が大きすぎた」
ファイクル全員が下を向いている。まるで喪に服しているかのようだ。
「山脈の面積が増えた形になった。そしてイーティカルの面積が減った。横方向に約七百ウェーイーン、町に迫る方向に約五ウェーイーン」
「どんなやつか見てみてぇ。野次馬根性じゃねぇ。ここにいると決まった以上現実は直視すべきだろ」
ミスラスは軽くため息をつく。
「そうですね。私の数少ない恥をしっかりと目に焼き付けてきてください。学校ごっこをやめた理由の一つでもあります。いくらいろんな知識を伝えても、実際に役に立てられないなら時間を無駄にすることと同じですからね」
「ふん、先生さんよぉ、あんたの世界一がどんだけのレベルか知らんが、全知全能じゃなかろうが。それを恥って言うんならうぬぼれも過ぎるってもんだ。せめて俺がどこから来たかを解明してからそういうことを言うんだな」
「精霊殿、そう言ってもらえるとこちらも幾分か気が楽になります。で、今から行かれますか?」
「トウジたちがこの町の案内をしてくれる予定だったんだ。手始めに宿の依頼一覧の解説でな。ちょうどいいのがあったらそのついでにそいつを一目見に行くかなって程度のこと。本命には本腰入れるもんじゃねぇよ」
「本気にならないとダメでしょ。そうでないと何ともできない相手なんだから」
「さっちんよぉ、本気で事に当たって何とかする、何とかできるのは当たり前なんだよ。本気を出さずに何とかできたら、小手先でやられたと知ったそいつの心境やいかに?」
語り出して不思議に思う。経験がなきゃ、こんなこと語れねーだろ。俺に昔何かあったのか? けど俺の言葉は止まらねぇ。
「とんでもないやつらを敵に回したと思い知らせてやるんだよ。そうすると絶対後悔の思いしか出てこねぇ。それが尊い命を失った者たちへの手向けにもなったりもするんだよ。残された者たちに、命を賭してそれだけの力を与えてくれたとも言えるわけだしな」
「……そういう考え方もある、か」
「そういう考え方の持ち主って、やっぱりちょっとめんどくさいけどね」
「持ち主に似たんだよ、ミリア。ところでミスラス」
「何でしょうか?」
「現状はおおよそわかった。だがミリアの両親がまだ話題に出てねぇな」




