第十三話:俺は結局一日中振り回される
「え?頼りにされるのってなんかうれしい! 何々? どんなこと?」
満面の笑みのミリアを初めて見た気がする。新鮮な感じでなかなかかわいい。
「俺の使い方だ。振るんだろう? すっぽ抜けるようなことがあったら困る。滑り止めとかそんな装飾品とかないのか?」
「ミスラスも言ってた。スタンの本体に小さい輪っか付けとくからホルダーとつなげる紐か何
かで繋げるといいって。その紐もらってあるよ。スタンの力の補助になる力は入っている紐なんだけど」
「使うたびに、切れたりほどけたり行方不明になることを心配するようじゃこっちの身が持たねぇ。繋げる紐は一本でなくてもいいんだろ?その紐と、ほどけないやつとか切れないやつもあれば組み紐にして使ってほしいがどうだ?明日はミスラスのとこに行くだろうが、そこからいきなりどこかに行くとなったら、もう買いに行く暇もないだろ」
真剣にその心配もしているが、住民たちからの彼女への反応を確かめるのが目的だ。気のせいなのか、あるいは迫害を受けるほどなのか。
俺が彼女につらい思いをさせるのはこれが最後ということにしたいものだが、そんな思いを知ってか知らずか、俺の意見に同意するとそのまま近所の店に向かう。通行人も割と多いが特に嫌がらせを受けるでもなく、初めて感じた雰囲気が崩れることもないままその店についた。
彼女の表情も俺が想像するよりは暗くなく、何気なさそうに店に入る。
「こんにちはー。ヒューラーさんいますか~?」
トウジとほとんど年齢の違いを感じさせない、店の奥のレジで何かを読んでいる男が反応する。
「ん?あぁ……ミリアか。何だよ?」
「細い紐、あります?使用中は切れず解けず、伸び縮みできるのがあればうれしいな」
つっけんどんな反応。ぶっきらぼうな奴ならごく当たり前の反応だな。ミリアが特別冷遇されてるようにも思えん。ヒューラーと呼ばれたそいつはこっちに興味なさげに手元の書物に目を戻し、陳列されている場所を指で指す。こっちは仲良くするつもりはないから別に何とも思わんが、この店続けられるのか?
一方ミリアは買い物を楽しむ顔。俺の杞憂か考えすぎか。
「伸びて最大1イーンかな」
紐を伸ばしながらミリアはつぶやいている。イーン?何だそりゃ。って、推測するなら長さの単位。1メートルとほぼ同じくらいらしいな。
「これください」
「3500ペイス」
品物を見ずにヒューラーとやらが告げる。
「え……」
「んじゃほかで買いな」
勉強熱心はいいが時間は選べよ、店長。人気なさそな店の理由がそこにある。うん。
「は……払います……」
小声で言いながら財布の中を探っている。明らかに困惑している。
「ふっかけられたか?」
ミリアにしか聞こえないほどの声で呼びかける。同じくらいの声でミリアが答える。
「多分……」
誰にでも声をかけるような挨拶などには特に影響はないようだが、個別に応対するようなときには影響が出るように見える。
「でも一番品ぞろえいいんだよね。質もいいし」
独り言にも聞こえる声で説明が続く。
「なんだ今の声」
「え? あ、ごめんなさい。独り言」
ヒューラーの問いかけに動揺するミリア。しかしごく自然な振る舞いとして誤魔化せている。
「お前の声じゃねぇよ。誰かと一緒に来たのか? ってことだよ」
バレた?! 俺のことがバレたら大騒ぎどころじゃねぇだろ。レアアイテムなんだろ? 俺。
腰のあたりに見やったミリアと目が合う。明らかに焦っている。こんな気持ちが通じ合っても嬉しくもなんともねぇよ! やるしかないっ!
さらに小さい声でミリアに指示を出す。
「ミリア、すぐ金出せねぇならこのまま俺を使え! 金を落とした音、言い値分だ! すぐ額が分かるようにあいつの前に出せ! 品を手にしたらすぐ立ち去れ!」
ミリアは俺の小声よりもさらに小さく唱えて俺に手を添える。
「この店の主が認める、我が所望するこの品と同等の価値ある物と鳴り響け」
チャリチャリーン
俺の体から細かい金属音が鳴る。ミリアの足元に何か細かい光の束が出現する。
それをミリアが広いレジに置く。
「今何言ったか?」
確かめようとする店主の声を止めるほどの気迫を込めるミリア。
「これで丁度いいですよね!」
気圧された店主、数を確認。
「あ……あぁ、十分だ……ところで……」
「失礼しますね!」
こんな使い方されるの、最初で最後にしてほしい。俺が借りをつくった相手、ミリアじゃなくてこの村になっちまうぞ?
急いで退店して駆け足で宿に戻る。息を切らして部屋に入るミリア。
「休んでる場合じゃない。結んだらもうほどけないか、切れることがない力をまず確認しろ。確認したら紐をつけろ」
「あ、うん!」
言われたとおりに確認し、器用にあっという間にホルダーと俺を結びつけ、テーブルの上に置く。
「魔力判定はできる人だったんだね。そゆことできる人って少ないって聞いてたけど」
「考えてみりゃそんな素質がなけりゃ、そんな品物を扱えるわけがない。そんな人間が仕入れてるんだ。質が悪いわけがない。多めに買っておけばよかった。ホルダーとお前、俺と直接お前と結ぶ分も欲しかった。次からあそこに行けるかどうかわからんぞ。失敗したな」
「それは大丈夫。ホルダー外せるのわたしだけだから」
「今みたいに予想外なことが起きたら、自分からホルダー外すこともありうるぞ。身内を脅されてそれと引き換えとかな」
「みんなに相談してみるよ。ところで───」
「店でのことだな?」
「食事の時の話なんだけど」
……おぉう、見事に気が合わない。
「……俺に添い遂げるって話じゃなかったか? なんで俺の意にそぐわない?」
「まだしてないお話しあるんじゃないの? どーして話してくれないの?」
「あの話をこれからしようというこの場面。お前が凶暴なヤツだったら、俺の質問で、お前の答えが拳の一撃。そんな的外れな反応をお前がしようとしていることに気づいてほしいが?」
「私の話ばかりでフェアじゃないから、私もスタンのお話も聞くべきでしょ? せっかくまとまった時間ができたんだからゆっくりたくさん聞けるよ。だから遠慮しないの。」
「自分の話を押し付けた後は自分の親切を押し付ける。それは添い遂げるとは言わねぇ」
「遠慮したり、自分を見つめ直すことから逃げ回る人相手にどう添い遂げろと言うの?」
「今の俺に必要なのは、これから新たな場所で生活するための知識だと思うが?」
「その知識をすべて正面から受け止めて、斜に構えるようなことしない土台作りも必要だと思うよ?」
何か言うたびに切り返す。つくづく頭の回転はいいヤツだ。敵に回すとやっかいなんだよな。実際、ある意味敵に回っているわけだが。
こう言うとこう返されるだろうな。とにかくキツい返され方を避ける取っ掛かりはどっかにねぇか?ミ リアの様子を伺うんだが、向こうも向こうで探りいれてやがる。けど、どっかで見たことがあるようなあの瞳を思い出させるミリアの目。
「ミリア……お前、俺と初対面だよな?」
「何よ急に。初めてでしょ? 今更口説こうとしてるの? そんなに魅力を感じてくれるのはうれしい限りだけど」
「目、だ。どこかで……」
「何か思い出した?!」
そんなに興奮して両手で俺を持ち上げられてもな。ちょっとは落ち着け。今まで通り、手ごたえはないんだよ。ただ……。
「淵は水色、真ん中が黒でその周囲は薄い茶色。同じのをどこかで見た記憶があるんだ。不思議だなと思ってそれを見つめた記憶はあるが……お前の目を見た時何回か、何か引っかかってな。それだけだな。期待させてすまん」
「そっか……。私もここの生まれだけど、目の色はさっちんと違うでしょ?両親はスォーダイっていう町出身なんだ。郷の名前までは聞いてないな。イーティカルから上の方向なんだけど」
「上?」
んとね と言いながら部屋の隅にある机の前に移動する。机の前の壁には地図らしきものが貼られてある。確かに、ここ と指さしたところはイーティカルからかなり離れた上の位置。
方角 と言うんだったな。思い出した。東西南北の表現はないのか。
「スォーダイには行ったことないの。両親も冒険者でここに定住してたらしいんだって。危機のときもファイクルとかと一緒に先陣に立ってたんだけど、それで死んじゃったって聞いた」
食事会のときにトウジが言いよどんでたことだな?だがこいつからその話は……。
「オイちょっと待て。無理して言わなくていいぞ。俺は目のことだけの話したかっただけなんだから。なんか立ち入った話させてスマン」
そこまで込み入った話するつもりなかったよ。
「あ、それはもう立ち直ったから大丈夫。ファイクルのみんなやミスラスから、ホントいろいろ良くしてもらってるし、スタンには聞いてもらわないといけない話だと思うし。でも……」
またかすかに表情は曇った。
「その危機の話、一番強い幻獣の前に父さんと母さんは立ちはだかって、致命傷負わせたとかって。その致命傷と引き換えに……」
「勇敢だったんだな。冥福を祈るよ」
「ありがとう。でも正しくは致命傷じゃなかった」
倒せるダメージを与えたから致命傷っつーんだぜ? どういうことだ?
「どういうことだ?」
「恐らくまだ生きてるの。でも活動停止してるらしいの」
「ほほぉ……じゃあまず俺がこの世界にいる目的の一つは決まったな。そいつの撃破だ」
「でも駄目だよ。ずっと眠りっぱなしだから」
ヘタに手を出したらそいつが目を覚まして危機が再びってわけか。
「まぁじっくりと腰据えてあれこれ考えるさ。なんせ俺の大切なご主人の両親の仇だからな」
「でも、眠らせてから全く手出しできないみたいなの。それほど犠牲が大きかったらしいから」
「ミスラスみたいなやつがいても倒せなかったということか。だがこれからは俺もずっとこの世界にいられる。力蓄えてチャンスを伺おうぜ。そいつを倒す手がかりはたくさんあるだろうよ。向こうは眠りっぱなしで体力回復するかもしれんが成長度ゼロだ。主導権はこっちにある。希望はなくすんじゃねーぞ」
ここの生活での最大の目的、目標ができた。眠っているということは、復活する可能性もあるということだ。となるとミリアの両親の尊い犠牲が無駄になっちまう。もちろんちらっと聞いただけでも簡単に達成できることじゃないことはわかる。諦めず、気長に取り組みゃ何とかなるってこった。
覗き込んだミリアの顔に、カラ元気でもやせ我慢でもない普通の笑顔が戻った。わかってくれたらしいな。
「で、何の話だっけ?感情に言葉を任せるとすぐ横道に逸れちまう」
「目の話でしょ?みんな言ってたんだけど、目の色はおんなじだって。遺伝だね。だから両親のこと褒められてる感じでちょっとうれしいな」
スキあり! ここで俺の話題に持ち込む! ここは譲らん!
「ところで店の件だが」
「ところで食事会の時の件だけど」
話題の取り合いのタイミングまで合うほどお互い読み合うのもやっかいだが、なんなんだこの展開は。
「お二人さん、部屋に戻ってるか?」
外からドアのノックと同時にかけてくるトウジの声。
「どうぞ~鍵開いてるよ」
ミリアの声に反応してトウジ一人が入ってくる。
「いつもと違う足音が聞こえたんでね。一応警戒の意味も兼ねて」
はい、話題の争奪戦は俺の勝利ですよっと。
「トウジ、さっき雑貨屋にいったんだがそのときに店員がこいつに嫌がらせをだな」
「それよりもスタンの話を聞きたいんだけど?」
「ファイクル目線での話はだいたい聞いたから、住民の目線でのファイクルのことを聞きてーんだよ」
「言い争いっぽいの聞こえてきたけど、ひょっとしてそのこと?」
トウジのあきれ顔で軍配はこちらの勝利。
「普通に挨拶する分には問題ないんだけどね……」
「でもその話は今しなきゃいけない話でもないよ?」
「さっき魔力がこもった雑貨屋に行ったんだが、3500ペイス? って言われた。俺とホルダーで結ばれてるこの紐。切れないほどけないってのが売りらしいが」
トウジ、絶句。
「2000ペイスでもお釣りがくると思うよ……。うーん……」
「スタン、トウジも。もうその話題止めようよ」
俺は事実確認したかっただけだが、トウジは煮え切らない態度。
「払い戻しってわけにはいかないだろう。使用してる状態だからなおさら」
「それはミリアの味方の俺でも却下だ。ファイクル全員がこの町の人達の対応に困ることになるだろうよ」
「わ、わたしがこらえれば済むことだから大丈夫だよ」
「そうなるとさらにハードル上がるぜ。みんなと一緒に行動した時はどうなんだよ」
「ちょっとミリアには冷たいかなって感じはあるけど、咎めるほどじゃないんだよな」
「そういえば」
しかめっ面のまま思案しながら俺の声でこっちを向くトウジ。
「ヒューラーっつったか?俺の小さいつぶやき声を聞かれた」
「あぁ、あの店長はそうだね。鑑定技術をメインに仕事してる人だから。あの人の情報の仕入れの手段でもある目と耳は侮れないよ。さっちんやマイトほどではないにせよ」
感心してる場合じゃねぇだろうが。
「バレたらどうすんだ。俺は珍しいんだろう? 俺を買い取る代わりにミリアへの待遇は なんてこと言われたら」
「断ったら? それで話はおしまいだよ」
はぁ? ミリアと俺はトウジを凝視する。物を売ってくれなきゃどうすんだ。
「今までたくさんミスラスを頼りにしてきたんだ。小物の製造くらい小手先でやってくれるさ」
随分とあいつとのつながりに自信をお持ちで。
「本当に困った時があったら頼りなさいって、卒業するときに声を掛けてくれた。こっちもギリギリまでがんばって、それでも無理ってときにだけ頼ってるからかな。でないと、ミスラスなしでは何もできないってことになっちゃうからな」
「だから言ったでしょ? 緊急の要件じゃないって」
だったら事前に説明しとけ。人に説明させんじゃねっての。
「主な言い争いはそこんとこだけかい? まぁ食事会の時に言った通り、明日の予定はミリアの両親の件も含めてミスラスに聞きに行くら。じゃ、そろそろ晩ご飯の時間になるからお先に~」
まだ食うのかよ。
「冒険者の鏡だよトウジは。食べられるときには食べて体力つけておくの。いつどうなるかわからないからね」
だったら俺が一番の鏡じゃねーか。空腹と無関係だし、いつでも出動できるんだから。
「あなたは術具でしょ? スタン」
口に出さないツッコミにも反応するようになりましたね、ミリアさん。




