プロローグ:沈みゆく空の下で
風が吹き込み、白髪の混じる髪が静かに揺れる。
誰もいない教室の窓際で、男性はひとり、外の景色を見つめていた。
夕暮れ。
一面が茜色に染まり、かつての賑やかさを嘘のように飲み込んでいく。
かつて自分が通った学校の、今では使われなくなったこの教室で、男性は手に持っていた分厚い本を開く。ズシリと手に残る重みを感じながらパラパラとページをめくり、ある一頁で手を止めた。
「……さみしいよ」
開かれたページに写る少女を愛おしそうに見つめ、鼻声を混じらせてつぶやく。
その言葉に応える者はなく、ただ夕風だけが静かに吹き抜けていった。
世界が赤く染まるその時間は、いつも少しだけ優しくて、ほんの少しだけ残酷だ。
昼の眩しさが嘘みたいに引き潮となり、
街の影が、どこまでも長く伸びていく。
幼い頃、誰かが教えてくれた。
「夕空の向こうには、きっと大切なものがあるんだよ」と。
けれど、成長するにつれて彼らは知ってしまう。
その向こう側へ行くためには、何かを諦めなければいけないのだと。
何かを壊さなければ、前に進むことすら許されないのだと。
奪われてしまった夢。
届かなくなってしまった手。
差し伸べることすらできなかった、臆病な優しさ。
傷つかない生き方なんて、きっとどこにもなくて。
誰もが胸の奥に消えない傷痕を抱えたまま、
それでも、誰かの温もりを探して歩き続けている。
太陽が沈み、夜が訪れるまでのわずかな隙間。
黄昏に溶けていく街の片隅で、
彼らの、歪で切ない恋が始まっていた。
沈みゆく太陽の向こうで、いつか明ける朝を信じて。




