第77話 新たな拠点
巨大な扉の前で、俺は改めて城全体を解析した。
視界に淡いウィンドウが浮かび上がる。
【竜帝城】
かつての竜天神とその眷属が、離宮として住まっていた孤城。
「……竜帝城……か」
表示された文字を見て、俺は小さく息を吐いた。
「離宮……つまりここは、テンコさんのかつての別荘のようなものなんですね」
カタルシアが静かに隣で解説するように言う。
「テンにぃの昔の家だ〜! 早く中見よ!」
「わかったわかった。何があるかわからんから下がってな」
俺ははしゃぐミリアを制止しつつ、扉に手を当てた。
――ギギィ……
七位星将のシンボルが淡く反応し、重い音を立てて扉が内側へと開いていく。
中からは、ひんやりとした空気が流れ出してきた。
「……入ろう」
俺が先陣を切って踏み込むと、3人も続いて中へ入る。
1階は想像以上に広かった。
高い天井を支える太い石柱が規則正しく並び、床は黒い大理石のような石材で覆われている。
「広いわね……ミルキーウェイ宮殿より、確実に広いわ」
マヨが周囲を見回しながら、素直に感嘆の声を漏らす。
「本当ですね。しかも、ここまで保存状態が良いとは」
カタルシアも壁に触れて、感心したように目を細めた。
「すごーい! 天井が高い! 自分の声が帰ってくるよ!」
ミリアが大きな声を出して、自分の声が反響するのを楽しんでいる。
(……これが、かつての俺の別荘か。とんでもなく豪勢だな)
ゲームの隠しエリアを探索するときの高揚感に近いものが、胸の奥でじわじわと広がっていく。
そんな風に、俺たちはゆっくりと1階を進んだ。
広間、廊下、いくつかの小部屋。どれも家具はほとんど残っていなかったが、空間そのものが持つ荘厳さは今も健在だった。
そして、1階の最奥部にたどり着いたとき、俺たちは足を止めた。
そこは、他の場所とは明らかに雰囲気だった。
円形に広がる空間。天井はさらに高く、奥には一段高い台座が設けられている。
その上に、黒を基調とした極めて豪華な玉座が鎮座していた。
背もたれには竜の翼を広げたような意匠が施され、肘掛けには精巧な彫刻が彫り込まれている。まるで、魔王が座っていそうな威圧感を放っていた。
「……これ、玉座よね」
マヨが静かに呟く。
「テンコさんが座るための椅子、ということでしょうね」
カタルシアも真剣な眼差しで見つめる。
「テンにぃ、座ってみる?」
ミリアが目を輝かせて俺を見上げた。
「……いやぁ、今の俺が座ってもただの一般人にしか見えないよ」
俺は苦笑しながら首を横に振った。
玉座の間を一通り眺めた後、俺は全員に向き直る。
「1階はだいたい見終わったな。上に行く前に、地下も確認しておこう」
「賛成よ。この規模なら、地下にも何かありそうだわ」
マヨがうなずく。
そうして俺たちは、一階の探索を終え、地下へと続く階段へと足を向けた。
壁には魔力灯が淡く点り、足元を照らしている。
「思ったより綺麗ね。誰かが定期的に掃除でもしてるみたい」
マヨが階段の手すりに触れながら呟く。
「これは恐らく自動的な維持機能が働いているのでしょう。古代の遺跡によく見られる現象です」
カタルシアが冷静に分析する。
俺たちは慎重に降りていき、地下の廊下を進み、やがて広間に出た。
そこは、1階の玉座の間にも匹敵するほどの広大な空間だった。
中央には円形の台座が据えられており、その上にどこかで見たことのある装置が鎮座している。
「……これ」
俺は思わず足を止めた。
台座の上には、巨大な青緑色に輝く宝石のようなものが浮いている。
その下に複雑な紋様の魔法陣が淡く光っていた。
「テンコさん、これ……」
「あぁ。古代のチェックポイントだ」
俺は台座に近づき、〔解析〕を発動した。
【特定地点間転移機構・零式】
登録済みの特定地点間転移機構及び、同系統の特定地点間転移機構への転移が可能
ウィンドウに表示された文字を見て、俺は目を見開く。
「……マジかよ」
「どうしたの?」
俺の反応を見て、マヨがウィンドウ覗き込んでくる。
「このチェックポイント、登録済みの場所はもちろん、同じ古代のチェックポイントにも飛べるらしい」
「えっ……それって」
「つまり、他にもこのタイプのチェックポイントが残っていれば、そこへ直接行けるってことだ」
俺が説明すると、3人の表情が一斉に変わった。
「それは……かなり便利ですね」
カタルシアが目を輝かせる。
「ここ……俺たちの新たな拠点にしないか?」
「賛成よ。ここを拠点にすれば、遠出してもすぐに戻ってこられるし、他の古代遺跡へのアクセスも容易になるわ。何より、ここからミルキーウェイに帰れる事を考えると、この上ない好条件ね」
俺の提案に、マヨは腕を組み乗り気の様子。
「よし、決まりだな。ここを俺たちの新たな拠点にしよう」
俺が宣言すると、3人が揃ってうなずいた。
「私も大賛成です」
「テンにぃの城が、あたしたちのお家になるんだね。秘密基地みたいで面白そう!」
ミリアが嬉しそうに尻尾を振る。
その後も俺たちは地下を見て回った。
「さて、地下はこれで十分だな。次は上の階を見てみよう」
そうして、俺たちは地下を見終えると、再び地上へと戻る。
地上に戻った俺たちは、そのまま螺旋階段を上へと進んだ。
2階、3階と、広間や個室が次々と現れる。どれも家具はほとんど残っていないが、空間そのものが持つ荘厳さは損なわれていなかった。
「ここ、寝室みたいね」
「こちらは書庫跡でしょうか。棚だけが綺麗に残っています」
マヨとカタルシアが興味深そうに部屋を覗き込む。
ミリアは廊下を走り回りながら、楽しそうに声を上げていた。
やがて、最上階までたどり着くと、そこには見張り塔へと続く細い階段があった。
俺たちが塔の最上部に出ると、風が強く吹き抜ける。
「……すごい景色」
眼下に広がるのは、広大な湖と、その周囲を覆う深い森。さらに遠くまで続く山々。
「綺麗……」
ミリアが柵に両手をついて、身を乗り出す。
「ここからの眺めは格別ですね。大自然そのもの……心が洗われるようです」
カタルシアも静かに微笑む。
マヨは腕を組み、遠くを見つめながら小さく息を吐いた。
「なんか……こんな景色を見てると、悩みなんて吹き飛んじゃうわね」
「そうだな。過去のこととか、バグのこととか考えることはたくさんあるが、冒険の一番の目的は、みんなとこうして日常を眺めることにあるのかもな」
俺も隣に立ち、風に当たりながら景色を眺める。
そして――
「やっぱり俺、みんなと冒険ができて良かったよ。今では、みんなと冒険をすることこそが第一で、俺の日常だ」
俺は不意に、今の思いを吐露した。
「何よ急に。でも……確かにそうね。私も同感よ」
「あぁ。冒険を始めてから早4ヶ月。最初は記憶も信念もなく、ただ漠然とした目標に向かって冒険をしていた。でも、みんなと冒険して……俺の人生は潤った。みんなといつまでも、こうした日常を送りたい、日常を護りたいって夢と目標ができた。力と記憶を取り戻して強くなる理由も信念も、今ではハッキリとしている」
(そう。かつての俺には、もったいないほどの日常だ。これこそが、俺の望んでいた景色……)
俺の言葉に、ミリアとカタルシアもうなずく。
「あたしも、テンにぃたちに会ってなかったらこんな世界に出会えなかった。本当に奇跡だよ」
「私もテンコさんたちに命を救われた身。その上、こんな素敵な経験ができて、それだけで十分すぎるほどです」
みんなの思いが、俺の心を満たしていく。何者でもなかった俺が、今ではこんなにも素敵な仲間に囲まれている。
本当に、悩みなんて持つことが愚かなほど充実した日常。初めは常に新しい刺激を求めていた俺も、いつしかみんなとの冒険に心から満足していた。
しばらくの間、俺たちは無言のまま景色を堪能する。
緊張が解け、穏やかな時間が流れていく。
そんな中——
「……ん?」
俺は突然、何かの気配を感じ取った。
全身の産毛が逆立つような、圧倒的な圧。
マヨも同時に顔を上げ、真剣な表情になる。
「今の、感じた?」
「えぇ。明らかに並大抵じゃないわ」
「ドラゴンでも来たんですかね」
俺たちは即座に塔を降り、みんなを連れて城の外へと飛び出した。
城門を出て、石畳の広場に立つ。
だが、そこには予想していたドラゴンの姿はなかった。
代わりに、1人の女性が静かに立っている。
長い緑色の髪に、黒いメイド服に白いエプロンを合わせている。
清楚で整った顔立ち。穏やかな微笑みを浮かべながら、エメラルドのような目でこちらを見ていた。
「……誰だ?」
俺は思わずそう呟く。
やがて、そのメイドは、俺たちを見てゆっくりと口を開いた――。
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。




