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どこ…?どこにいるの?私のカイ……。
会いたい、会いたい、会いたい……。
もう、会えないのならずっと眠っていようと思っていたのに、私の眠りを妨げたのはあなたの気配
なのに、あなたはどこにも居ない……
「ん…っ…」
何だろう、胸が痛い?頬の濡れた感覚……
「何故…泣くの…?」
間近でした声に驚いて一気に意識が覚醒すると、目の前に顔があり
「うわっ……、クライス…か?」
私より2年後に入ってきた同じ年の聖剣術士、若手の中では実力があると評価もされているが、それよりも別の方向での有名人
「なんだ、やっぱりアイシャか……昨日の色気はどうしたの? 格好だけ? 勿体無い」
そう言って私の髪を一房取って口付け、途端ゾクリと体が震え驚く。
なんだ…これ?
「あれぇ?アイシャ?何か反応している?」
嬉しげに寄って来られ、非常に焦る
「んんんん?やっと、目覚めたのかな?良いねぇ……」
「うるさい! ほっとけ! というかお前パートナー居ただろ、昨日だって! 私に構うな」
「やーだなぁ…昨日は昨日だよ?僕はまだ誰か一人のものになる気はないんだ」
…最低だ、別の方向、そう異様にコイツは手が早くその女癖の悪さが有名。
一見柔和に見える整った顔立ちに剣術士としての鍛えられた体、貴族出身故の柔らかい物腰に騙されて、寄ってくる女は枚挙に暇がない。
シラーやクロエも似たようなものと言えるが、明らかに違うのは、こいつの場合は次から次へと手をつけた挙句、新しいのへと変えていく。
しかも、何が面白いのか、毛色が変わったのも興味があるなどといって、こうして私にまで声をかけてくる。
いつもならば、その髪の毛を抜き取って振りほどいて終わる話で、こいつもそれを分かってやっているはずなんだが
……なぜ、こんなに力が抜けるんだろう?
体の下は固く、どうやらここは石で出来た一室、窓も無い石造りのこの場所で、何処からか光を取り込んででも居るのか、薄暗いとはいえかろうじて周囲の様子をつかむことが出来る。
その角に私はもたれ掛かっており、クライスはそんな私を上から両腕で体を挟むようにして、顔を覗き込んでくる。
基本的には冷静なはずなのに、心の何処かがドキドキしていてその瞳から目を離せない。
「本当にどうしたの?アイシャ・・・そんな目で見られたら止めてあげないよ?」
そう言って、目を伏せると近づいてくる唇に、途端生理的な鳥肌がたち、反射的にクライスの体を押しのけることに成功して、ほっと息をつく。
本当に、どうしたんだ・…? 私の体は。
「ひどいなぁ、せっかくいい雰囲気だったのに…」
そうブツブツ言うクライスを軽く睨み付けて
「ここは一体何処だ?なにがあったんだ?」
そう聞くと、クライスもよく分からないんだけどね、とちょっと困ったような顔をする。
「状況を整理しよう……、悪いがクライス、そのマント貸してくれないか?」
「えー? 折角いい眺めなのに? 勿体無いでしょう、それは」
戯言を言うクライスを、ぎっと睨んで
「私が落ち着かないんだ」
というと諦めたように、はいはいとマントを渡されてほっとする。
礼服用の薄手の飾りのようなマントではあるけれど、このドレスのままで居るよりは幾分ましだ、スカーフは昨日のアイツを縛るのに使ってしまったし……。
そうして情報交換を始めたものの、得られた情報はあまりに少なかった。
クライスは夜会で運命の女性と出会い、会場を抜けだして二人きりになろうと庭園に出たらしい、お前には何人運命の女性が居るんだと聞いたら、そんなの自分でも分からないよと言われて、目眩はしたけれど先をうながす。
そのまま、庭園の奥の遺跡に来ると、その一角の扉が開いて居るのに気がついたという
夜会の会場は、スクォーラの近くの国が管理する施設になっており、この施設は豪華な夜会などが行われる館と庭園、そしてその奥には古い美しい遺跡がある。
ただ、この遺跡には謎が多く研究もされてはいると聞くが、あまり進んでは居ない、一説にはこの遺跡の管理の為、ここが国有になている等という噂もあった。
「なんだか、その先が気になって気になって、僕としたことがそっちに気を取られちゃって……、そしたら彼女すねちゃってね、一生懸命なだめたけれど、帰るというのを引き止めるのもどうかと思って、会場の前まで戻って帰りの馬車に乗せて戻ってきたんだ……、まぁ、気になっていたからラッキーってちょっと思ったけど」
「ひどいな・・」
思わず呟くと、あれ? 嫉妬? とか言いつつニヤニヤするのを睨みつけて先を続けさせる
「開いていた扉に戻って、階段を降りて言ったらなんだか見たことのない彫刻が並んでいてね、昨日は月が明るかったから月光に浮かぶ姿は綺麗で、見とれつつ先進んでいたら
また扉が開いてて……、そこに入ってからの記憶がちょっと曖昧なんだよね、気がついたら、同じ部屋の隅っこでアイシャが寝てるし…」
「成程」
続いて私の事情も話すと、あぁ、だから裸足なんだね、などとよく分からない所に感心していた。
兎に角ここを出ようと立つと、ひょいと抱えられて、吃驚してしまう
「なにするんだ!?」
「だって、アイシャ裸足でしょう?こうするしか無いじゃん?」
「いいから、わたしは重いぞ?筋肉も付いているし、大体ここまで裸足だったんだ、気にするな」
「はいはい、僕としてはそんな事できないから諦めて、ね?」
瞳を近くで覗き込まれて、いつもならば力づくでいけるのにどうしてもそれが出来ずに黙りこむ。
そんな私を面白そうに見て、私を抱えながら遺跡を出るとあまりの眩しさに目がくらむ
「もう、こんな時間なのか!?不味いな…」
「うわぁ・・一晩を共にしちゃったね」
気の抜けるようなことを言われて、力が抜けた…
「アイシャ!!!!」
遺跡から出た途端シラーが駆け寄ってくるのが見えた。
クライスに抱えられた姿を見て、ギリッと唇をかむと
「貴様……っ」
とっさに剣に手をかけそうになるのをみて、クライスの腕から抜けて、シラーの手をつかむ
どんな勘違いをしているのか色々想像は付かなくもないが、幾ら貴族の必須事項として剣術を嗜んではいても、剣術士であるクライスと剣を交えたらお互いただでは済まない。
「やめろ、これは偶々なんだ、後で説明をするから……クライス後で部屋に行く少し聞きたいこともあるし…」
空気を察し
「判った…じゃ、後で、待ってるよ」
笑ってクライスが背を向けた瞬間
「待って……!」
クライスの背中に抱きついていた……私は一体何をやっているんだ?
「お願い・・?行かないで?」
私の意思を無視して発される言葉
「アイシャじゃありませんね………、誰ですか?」
「クロエ!」
「兎に角、話を聞くしか無いですね…、館に念のためと確保してある部屋があります、そちらに移りましょう、アイシャこれを履いて下さい、あんな所に脱いでいくから困ることになるんです」
そう言われて、どうも思い通りに動けない体をぎくしゃくと動かし何とか靴を履いた。