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アイシャ  作者: 萌葱
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「アイシャ!?」

会場について、すぐクロエの所に行けよとくどいほど念を押すシラーと別れ、ほっとしていると聞き覚えのある明るい声を掛けられた

「ローラ! アシュレイも一緖なんだな」

 ふうわりとしたよく手入れされた巻き毛の、人形のような彼女は、私の数少ない女友達のローラ、同期の水の術士だ。

 シラーと同じくらいの有力貴族だけ有って、洗練された身のこなしに、必要な場では遺憾なく発揮される優美な言葉使い、けれどしっかりと芯の通ったと言うには、多少歯ごたえの有り過ぎるほどの性格が一緒に居ると楽しくて。

 シラーやクロエと関わっている為か、女性の友達ができにくい私にも良くしてくれる希有な存在だ。

 隣に立つのはアシュレイ、ローラの幼なじみで幼い頃からの婚約者。

 子供の頃はその決められた関係に戸惑い、どこかぎくしゃくしていたが、アシュレイの誠実で裏表のない性質が安らぎを生むことに気がついてからは、一緒にいることが増えたように思える。

 やはり同期の土の術士だ。

「やっぱ、アイシャなのね、シラーと一緖だから間違い無いと思ったけれどさすがに目を疑ったわよ! 馬子にも衣装にしては布地が少ないから、本性の割合が多いと思っていいのかしら?」

「ローラ」

 あまりにローラらしい発言に、隣のアシュレイが窘(たしな)めてくれるけれど、クローネの力が凄いのは判っているから気にはならない

「クローネの腕が良いんだ、さすがに着慣れなくてなんか落ち着かないけれど」

「そんな事無い、よく似合っているよ」

 ほんわかと、アシュレイに言われて少し嬉しくなる。

「でも、流石にちょっと心配よ?あなたに見えないということはあなたの中身もわからない人は多いわけで…シラーはいつも挨拶回りが長いし、私も今日は顔を見せなければいけない人が多くて…クロエは?」

 仕事で来るってというと、シラーと同じようなことを言われる。

 大丈夫だと何度も言っているのに、尚心配そうにこちらを見る二人にいいから挨拶回って来てくれと言って別れ、さて…、とクロエを探していると

「誰か、お探しですか?」

 声をかけられ、酒のグラスを渡されつい受け取ってしまう。

 たまに参加する集まりで顔は見た気がするけれど、よく知らない相手に声をかけられ驚きつつも適当に相槌をうっていると、なんだか、周りに人が増えている感じがして少し焦る。

「こんな人が来ているなんて知らなかったな?」

「綺麗な髪ですね」

「今日はどちらから?」

 などと、声がかかるのに、シラーに恥をかかせないようにと精一杯取り繕って答えては居るけれど、掛かる声は中々減らなくて…。

 焦ると喉が乾いて、勧められるままにグラスを受け取ってしまう。

 酒は弱い方ではないが、空きっ腹にこれは少しまずいと熱く感じる頬に気付かされ、けれど、中々囲まれた人の壁を解く事ができない。

「失礼、医務の者です、こちらの方のご気分が悪そうなので少しお預かりさせていただいてよろしいですか?」

 聞き覚えのある声と丁寧なものいいに顔を上げると、不満そうに声をかけてきた人間を睨んで来るのを、クロエがその優雅な笑顔で沈黙させているところだった

「あ…ああ…」

「そうだな、少し調子が悪そうだ…」

 魂が抜けたような顔で、私を囲んでいた人間が離れていくのにほっとしていると、見た目は柔らかに、けれど結構な力で腕を取られホールを抜けて、部屋の一角に連れて行かれる。

「ここは?」

「医務の人間が使う部屋です、何も食べてないうちからあんなに飲んでどうするんです」

 珍しく不機嫌な顔で、けれども冷たい水を用意してくれるのを有りがたく受け取って、喉に流し込む

「助かった…ありがとう」

 息をつきつつ、体が妙に熱いのを感じてスカーフを外そうとするけれど、熱いなら窓を開けましょうと慌てたように私の手を押し止めて、外の空気を入れに行くクロエ。

 流れこんできた風に、ようやく息がつけるような気持ちになる。

「何だったんだ、今のは…」

「あなたが会場に入った瞬間一部の連中の眼の色が変わってましたよ、いつもの姿も素晴らしいですけれど、先日までのでしたらまだシラーのパートナーということが抑制にもなっていたのが…」

「腕は良いんだが…やっぱやり過ぎだよなぁ」

 そう言って笑うと

「あながちクローネだけのせいとも言えませんけどね」

 と、よく分からないことを言って立ち上がった

「ずっとここに匿って置きたいところですがそうもいきませんね、戻れますか?

 今日は出来るだけ私のそばに居てください」

 そういうクロエに、皆にそうしろって言われていると笑うと

「だったら、真っ直ぐ来れば良かったんです」

 と顔をしかめられた。

 行こうとしたのに阻止されたんだといったけれど、反論は認めませんと妙に不機嫌に却下されてしまった。


「お前、大丈夫なのか?だからさっさとクロエの所に行けといったのに」

 会場に戻ると、少し体が空いたというシラーが近づいて来る

「行こうとしたけれど阻止されたんだ」

 そう言っても

「お前に隙があるからだ」

 と、聞く耳を持たない

「まぁまぁ、今日は出来るだけ一緖に居ますよ」

 クロエに取りなされると、ふうとため息を付き、小さな声で頼んだと言って、また挨拶に戻っていく、大変だなぁ・・と見送っていると


「アイシャさん!」

「お姉さま!」

「エスト!マリエラ!来てたのか」

「ええ、少しずつ慣れていけと入学した頃から招待を受けるようにしているんです」

 そう言って少し緊張した顔で、こちらを見る礼服に身を包んだエストと、ピンク色の柔らかな生地が何段にも重なった、華やかなドレスを着ているマリエラ。

「良いね、ふたりともよく似合っている」

 そう笑うと

「アイシャさんもとっても綺麗です」

「お姉さま見違えましたわ!素晴らしいです」

 あの日助けて以来、たまに剣術について聞きに訪ねてくるエストと、何故かお姉さまと呼んで慕ってくれるマリエラは身近な存在になっていた。

 そんな二人から手放しの賞賛を受け、言われ慣れてないので戸惑ってしまう。

「二人は挨拶とかはいいのか?」

 思わず話をそらすように言葉を続けると

「私たちはまだ場の雰囲気に慣れるところからなので」

「シラー様ほどの大変さはありませんの、だからご一緒しててもよろしいですか?」

 そう言われて、断るわけもない。


 それからは、エストとダンスを踊ったり、マリエルに最新のステップを教わったりしながら結構楽しくすごくことが出来た

 けれど、未成年ということで少し早めに帰ることになる二人、私は彼らを見送ると、クロエの姿が近くにあるのを確認した上でベランダに出た。

 冷たい夜風が気持ちが良くて、空気を思いっきり吸い込む。

 やっぱり夜は気持ちがいい。

今夜は満月、くっきりと天に輝く球体が美しくて思わず見とれていると、ふと足元に気配を感じてバルコニーの下に目を向ける。


 すると、今宵の月を具現化したような、長い銀色の髪をなびかせた女性がふわりふわりとした、どこか浮世離れした足取りで通り抜けていくのが見えた。

 こんな時間にこんな場所で女性が一人で居ることに驚いて見つめていると、その後ろを一人の男が影に隠れつつ付いていくのが見える。

 夜会の後は、酒も入って浮かれた男性客が女性に絡むということもまま起こる。

 それが会場内であれば警備のものが対応してくれるけれど、この広い庭ではとても目が行き届かない、それを知っているから、夜会の夜に同伴も無しに一人で庭に出る女性など滅多にいないのだが……。

 そんな事を思いつつ様子を見ていると、急いでいる風には見えないのに女性の姿がどんどん遠くなるのに少し焦る、このままでは危険だ…。


 庭は芝が敷き詰められており、良く手入れがされている、ここから飛び降りたら流石に芝を傷つけてしまいそうで、何より着地の時にヒールのかかとを折ってしまいそうで…、少し考えて、靴を脱いで端に寄せると、夜会の会場である3階のバルコニーからふわりと飛び降りた。

 そのまま、先ほどの二人が消えていった方向を目指して走りだす。

 程なく、少し開けた場所で何かを探す様にあたりを見回す先ほどの女性を見つけることが出来てほっと息をつく、月の光を集めたような長い髪、陽の光を知らないような白い透き通るような肌に夢見るような大きな瞳。

 見回すと、木陰で魅入られたように彼女を見つめる礼服の男が居るのが見える、ここからでも判るようなギラギラした目付き、瞬間襲い掛かろうとするのを見て、慌てて飛び出し、その男と対峙する。

「なんだお前は!」

 吠える男を無視して

「知り合いか?」

 と、ちらりと女性を見ると首を振っているのが目に入る。

 私の視線がそれたと思ったのか、こちらに向かってくるのを確認し、みぞおちに一発、頸動脈を軽く叩いて気絶させた。

 なにか縛るもの…。

 夜風にふわりと揺れるスカーフにその存在を思い出し、クローネの言葉も思い出す

「このスカーフはこんなに薄くて頼りないのにすっごい丈夫な生地なのよ、まるで女性そのものみたいだと思わない~?」

 体に巻きつけたスカーフを外して男の体を縛り、漸く一息つく。


「こんな時間にこんな場所であなたのような女性が居るのは非常に危険だ、会場まで送って行くから…」

 女性に向き直りそう声をかけると、嬉しげに駆け寄られ、私に触れると感じた瞬間……私は意識を失った。

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