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「あの変な液体はお前の仕業なんだな…サズ」
背後から声をかけられ振り向くと、私の前に試合をしたクライスが眉をしかめながら立っていた。
「でも、クライスも避けちゃうんだもん、どんだけ警戒心強いんだよ」
「何か、動きが不自然だったから警戒していたんだよ、それよりもこんな液体、作ったからにはちゃんと落とせるんだよね?」
口調は柔らかく表情は明るい、けれど微妙に迫力を感じるクライスにサズはすこし引き攣りながら、これ、塗ってこすれば落ちるよ、と小瓶を渡す。
「いい子だね、んじゃ、ちょっと、そこどいて?」
「え~、席まだ空いてるじゃん~」
「サズ?」
「判ったよ!どけばいいんでしょっ、どうせもうすぐ出番だしアップしてくる」
そう言って席を立つサズのいた場所、つまり私の隣にクライスはストンと腰掛ける。
先日のパーティーでいつの間にかソルドと意気投合していたクライスは、今日の試合の話を聞いて参加を申し出たらしく、私の前の試合で確か相手はルースだと聞いていた。
私は丁度、出場前の剣のチェックなどをしていて試合は見ていなかったのだけれど、サズとのやり取りを見ていて、クライスもまた相手に何か仕込まれていたことを知った。
どうやら、今回サズは自分相手では皆が警戒することを考えて、何人かの仲間に自分の罠を配ったと見える。
クライスはルースに動きを止める粘液のようなものをかけられそうになり、すんでのところで避けたものの少し靴にかかってしまったらしく、さっきからそれを取ろうと四苦八苦していたそうで
「全く、どうせ罠ならアイシャみたいのほうが被害がなくて助かったのに~」
「大丈夫だ、ソレで落ちるはずだ、サズは自分で回復できないような罠は使わない、一回ソルドに仕掛けてえらい目に合ってい………っ!?」
突然胸のあたりに太い腕が周り拘束されて硬直する、全く気配に気がつけなかったことに背後に立つ人間が誰であるかを悟り、腕をほぼ垂直に真上に向けて振り上げる
「何処触ってんですかっ!!!」
「ひどいな、アイシャ、久々の師匠との対面に」
「もっとまともな対面はできないんですか、会って早々」
呆れる私にへらりと笑ってみせるのは、私の村での師匠、グェインだった
「ショック…、全然気がつけなかった」
隣から呆然としたような呟きが聞こえる
「師匠の隠形は化物じみている、気にしなくて良いと思うぞ、クライス」
「クライス? ほぅ、じゃぁ、君がアイシャの手紙にあった子だね、アイシャ、あれの話をしたいからこれが終わったら何処かで話ができないか? 出来れば彼とも話がしたい」
「えぇ、それは解りました、村から遠路はるばるすみません……が、さっさとこの腕を離してくれませんか?」
「折角良い感じに成長したのに、ちょっと位楽しませてくれて…」
「斬りますよ? 師匠、流石な師匠でも手首切られたら再生できるか試してみられますか?」
たまりかねた私がそう剣をちらつかせると、師匠はハイハイと腕を解き、ちょっと挨拶してくるといってその場を離れるのに
「取り敢えず私の部屋に夕刻来てください」
そう言うと、師匠は背中越しに、その私に切られそうになった手首をひらひらさせた。
…まぁ、あの師匠の手を切るほどの腕は私にはどう考えてもまだ足りないのだが。
「あの人が閃光のグェイン?なんか随分……若くない?」
「いろいろ化物じみているんだあの人は、引退を言い出したのが早かったのは確かだけど、一応年齢的には老人だと師匠の周り居る人間にも聞いているんだが…」
「俺の父親くらいにしか見えない…」
「村に来た頃から外見変わってないしな…、ともあれ、師匠が来たなら準備をしないといけない、悪いがここで抜けることソルドに言っておいてくれないか? で、夕刻には私の部屋に顔を出して欲しいんだが」
「いいよ、じゃ、後でね」
クライスがそう言って頷いてくれたのを確認して、私は鍛錬場を後にした。