第七話 バレンタインデー②
翔也と結仁は、施設にいた頃から将来一緒になろうと約束していた。施設を出て二人きりの生活を始め、やがて結仁の妊娠がわかった。
「あいつ、バイクなんか乗っとったらあかんやろ」
「今日は走り納めやって。もう乗らんで売りに行くって言うとったわ」
「そっかあ、翔也もとうとう父親かあ。ほんなら、こんなこと頼むんやなかった、ごめん。もう帰ってええで」
「何言うとるんや。おまえと俺の仲やないか。今さら水臭いぜ」
「いやあ、おまえはもう施設出て新しい生活築き始めとる。仕事も理解ある人んとこ勤められて、結仁と順調やないか。もう昔の俺らとは違うんや」
「おまえかて同じやないか。今じゃ県高行って、お袋さんや兄貴とうまくいってるんやろ?高校で彼女できた言うてたやないか」
「それとこれとは話が別やろ。それよか、今日はいつもとは違うんや。やっぱ、おまえには危ない真似させられん。っていうか、俺、どうかしとったわ。大事な友達、こんなことに巻き込むなんて」
「何言うとるんや。もうすぐ、みんな集まるで。商業行った連中がシマにしとる工場跡に、最近工業の連中が来るんやって。そいつら東豊のガキや言うとった。多分、そいつらちゃうかって、ヤー公ついとるでブイブイうるさいらしいわ」
ぶつかる気満々の翔也を前に、浩徳はいつになく慎重だった。
浩徳はしつこいくらい繰り返した。
「今夜はケンカ無しやで。女の子助けたら、すぐ帰ってくれんか」
「なんかあるんか?」
「ああ、警察来る予定やで」
「そういうことか、わかった。みんなにおまえから言うたって」
翔也は少し不思議に思って聞き返し、それから思わず笑った。
子供ができたと知って、浩徳が自分を心配してくれている。それが素直に嬉しかった。
「わかった、わかった。さあ行こうぜ。みんな集まってきよる」
川沿いの緑地帯にある駐車場に、堤防沿いの道を通ってゾロゾロとバイクが集まってきた。皆、浩徳の中学時代のツレだった。
「ウーッス! 柏木ィ! 元気やったか」
「チーッス! ヒロッ!」
皆、バイクを停めると浩徳に近寄って、挨拶しながら腹に一発ずつ拳を入れていく。彼らなりの仲間内の熱い挨拶だった。
「今夜やけど、ワザワザありがとう!」
「何言うとるんや。こっちこそ、そのうちシメたろう思うとったんや」
「翔也、連絡ありがとうな。なんやガキできたんやってなあ。おめでとう!」
「パパさんよう、こんなとこでケンカやっとる場合ちゃうんやないか」
「ほんまやで。俺たちが久しぶりに集まれたんも翔也のおかげや。今夜は翔也のケンカ納めやな」
「それなんやけど、みんな!今夜は女の子助けたら、すぐ帰ってほしいんや。警察来ることなっとるで」
「上等や! シバき倒してからやったら帰ったるわ!」
浩徳は目の前で掌に拳を打ちつけると、パシンッ! といい音を立てた。
「今夜は帰れ。ヤバいんや」
「おい、ヒロがこう言うとるんや。今夜はぶつかり合いはナシや、ええな!!」
翔也が全員に聞こえるように言った。
「倉庫や工場あるんは隣県や。ヒロの兄貴が警察におるやろ、忘れたらあかんで」
「わかっとる、わかっとる!」
数人ずつで、別れて探しに行くことになった。
案外と早く、目的の連中と、連れてこられた佑実は見つかった。
空き家になった工場跡から、数人の男子の声と、そこに命令口調の女子の声が混じって聞こえてきた。
そこへ浩徳を先頭に五人が殴り込んで行った。
相手は七、八人。そのうち、二人ほどは年上に見え、刃物を持っていた。
「ヒカリモン持っとるで!」
「そんなもん、怖くて、番なんか張れるか!!」
浩徳が相手の手首を思い切り、下から蹴り上げた。ナイフが出入口の方へ飛んでいく。仲間の一人が蹴って外へ飛ばす。
翔也がすかさず、ナイフを奪われた相手めがけてカウンターを繰り出す。
「狂犬、復活やなあ!!」
すぐ近くにいた仲間が茶化す。そこへ、他所を探しに行っていた仲間たちも戻ってきた。
連れてこられた佑実を縛り、蹴り飛ばしていた香里は、後ろから髪を思い切り引っ張られ引きずり倒された。
「ヒロ、女の子助けたで!」
翔也が仲間から、まだ縄を解かれていない佑実を託された。腹押さえ、痛そうに歩く佑実を浩徳の元へ連れてくる。
「よしっ! 引くで!!」
浩徳の合図で全員が一旦引いた。そのまま仲間たちに後を任せ、浩徳は佑実を連れてその場を離れた。
浩徳は縄を切った佑実を連れ、突入前に由良姫たちと連絡を取り合った場所まで走った。佑実は恐々「誰?」と聞いた。
「正義の味方、生徒会長でっす!」
月明かりの下で顔を見れば、安心したのか、佑実は足がもつれ倒れそうになった。そこへ由良姫と宇羅彦がやってきた。
「ゆんゆ! もう大丈夫やから」
「ゆ、勇人が……!」
佑実は工場の方を指差し、切れた唇でやっとの思いでその名を口にした。
「勇人が代わりに殴られて、まだ工場にいるの」
「大丈夫や、俺たちが行くで。田中は車で待っとって」
由良姫と宇羅彦が猛ダッシュで工場へ向かって走っていく。浩徳も後を追って走ったが、嘘だろうと思うほど二人の足は速かった。
三人で工場跡へ戻ると、中では一緒に助けに入った仲間たちが相手と乱闘になっていた。
「やめろって言ったのにっ!!」
浩徳はケンカの真ん中へ走り込んで行く。
「翔也あーっ!! どこや!? 引けって言ったやろがっ!!」
全員頭に血が上っている上、大声が倉庫内に反響して浩徳の止める声さえ聞こえない。
そんな中、香里はボコボコにされた勇人を助けに行き拒否られていた。
その瞬間、香里の中で何かが切れた。金切り声のような叫びが上がった。
その声を聞いた由良姫は、フラッとしてしゃがみこんでしまった。
「なんで? まだケガレにもなっとらんのに……」
由良姫は、自分の中を血が逆流するような、激しいゆらぎを感じていた。
「宇羅彦!! 奥や、女子の足元に倒れとる男子がおる!!」
倒れそうになる由良姫をかばいながら、浩徳が宇羅彦に助けに行くよう言った。
由良姫は浩徳の手を振りほどき、乱闘を指差し必死に叫んだ。
「ヒロくん、友だち、逃さんと、もうすぐ……! モドキがっ!」
由良姫の言葉を聞いた途端、浩徳は由良姫を置いて乱闘へ突っ込んでいった。
「やめろーっ!! やめるんやっ!!」
殴り合うのをやめさせようとするのが、いかに難しいか。頭に血が上った彼らには、もう目の前の相手しか見えていなかった。
「翔也!! どこや!! みんな、引くんや!! やめろっ!! やめてくれえーっっ!!」
香里の元から倒れた勇人を担いで連れてきた宇羅彦の背後に、一気にモドキが降ってきた。
香里が何かを叫んでいるがよくわからない。金切り声が、倉庫中に響き渡っていた。
それを合図のように、乱闘していた相手からもモドキが大量に放出された。乱闘していた仲間たちまで、そこへ巻き込まれていく。
モドキに一気に集られて、仲間たちは身動きできなくなっていた。
浩徳は動けなくなった仲間を一人ずつ引きずり出した。宇羅彦も同じように、二人、三人と外へ運んでいく。
「なんやあれは……」
仲間たちは腰が抜けたように、モドキが飛び交い、大きな塊になっていく。
「翔也は!?」
誰かが、翔也がいないことに気づいた。
瞬間、浩徳が叫んだ。
「翔也っ!! 翔也ぁーっっ!!」
浩徳は無我夢中で、モドキの塊の中へ突っ込んでいった。
時すでに遅く、翔也は気枯れを起こしていた。
それでも連れて行こうとする浩徳に、翔也が「ごめん」と言ったように聞こえた。
宇羅彦が、モドキに呑まれかけていた浩徳を強引に引き剥がした。
宇羅彦が祓おうとすると、浩徳は絶叫した。
「やめてくれぇぇえええーっっ!!!」
宇羅彦の祓いの光が、翔也ごとケガレを呑み込んだ。




