第五話 初音の失態
「グレードBの発生予測は今夜十時前後だったはずです。少し過重労働ですが、この後向かいましょう」
初音は単独で、市内の外れの山間にある高級リゾートホテルへ来ていた。
近くには有名な観光地も多いが、何より、有名人がお忍びで訪れることで知られていた。
初音はホテルのフロントで身分証を見せて説明した。ところがホテル側は、どう見ても十代後半の初音を信用せず取り合わなかった。
それ以上に、秘匿性の高さで信頼されているホテル側にとって、他の宿泊客の手前、ケガレなどという話を持ち込まれるのは困ることでもあった。
信じてもらえず、邪険に扱われたことが余計に初音の気持ちを逆撫でした。
「なんでやの?」
初音は小声で呟いた。初音がいらつくのには他に理由があった。
あのウェブ会議の時、凛華はさも得意げに話していた。そう初音には見えたのだ。
──魂の蝕? そんなものが見えるなんて!
初音は一言も聞かされていなかった。
あのウェブ会議で味わった屈辱は、まだ胸の奥にこびりついていた。
「凛華なんかもう信用できひん」
ブツブツと、独り言が漏れてしまう。
どうして自分が、こうも卑屈にならなければならないのか。
「もしもし? 神守我央さんですか? 鹿野神初音です。今、祓いにホテルへ来てるんですが、身分証見せても信じてもらえへんのです。どないしたら……」
初音は、我央の方からホテルへ連絡を入れてくれるというので待っていた。
初音は、時計を見た。予測時刻まで、もうそれほど余裕がなかった。
このまま何もできず、誰かの助けを待っているだけでは、一人で来た意味がない。
凛華ならどうしただろう。ふと、そんなことを考えた自分に腹が立った。
いつから自分は、何をするにも凛華を基準に考えるようになったのだろう。
その頃グレードBのケガレ発生予測の部屋では、オークションが行われていた。それも普通のオークションではない。
この日のため集められた若い女の子数名、アイドルやグラドルの卵といえる子たちだった。お遊びでギャラを決めるオークションだ。
ラウンジで待っていると、初音の元へ年配の男性がやってきた。
「君もペントハウスのお客様かい?」
「いえ違いますが……」
しかし、神守我央からの連絡もなければ、フロントからも何もない。
──どうしよう
自分はこれまでだって、判断して、動いて、祓ってきた。一人だからできないわけではない。
ただ、ホテル側が事情を知らないだけ。
部屋へ直接行って時間まで待たせてもらえば、それで済む。
初音はそう自分に言い聞かせた。
そうだ。
とにかく部屋まで行けばなんとかなるかもしれない。説明して時間まで待って、ケガレへ変わったところを祓えばいい。
「あの、私もペントハウスに用事があるんですが、よろしいですか」
初音は、声をかけてきた男性と一緒に部屋まで行くことにした。
いつもは凛華と二人で動いていた。けれど今日は、自分一人でも問題なく対処できると初音は思い込んでいた。
しかも初音は、肝心なところをはき違えていた。
その部屋にいる者たちの一部だけが、ケガレへ変わるわけではないことを。
グレードB。これの意味するところは。
グレードE:1〜2人
グレードD:3〜4人
グレードC:5〜7人
グレードB:8〜10数人
グレードA:不特定多数
我央は念のため、万里依へ確認を入れた。
「そのホテルは、今夜グレードB相当のケガレが発生する予測の場所です。今、西には藤吉姉弟らが滞在中ですが、もし祓いに出てはるんなら眴さんが同行してます」
不審に思った我央は、初音へ電話をかけたがつながらなかった。
我央からホテルへ連絡が入った時には、初音はもうロビーから姿を消していた。
部屋に入ると、初音はいきなりバッグを取り上げられた。
「何しはるんですか? 返して下さい」
「へえ、こんな子いたんだ。君、どこ所属?」
「内閣府ケガレ対策室です」
「なにそれ? どこのプロダクション? てかさあ、君いくつ?」
「十六です」
「君、今日ここで行われることわかって来てる?」
「はい、そのつもりですけど、何か?」
すると、喋りかけてきた男性がセーラー服を差し出し、ニヤリと笑った。
「じゃあ、早く着替えて、あの子たちと一緒に並んで」
「いえ、私は違うんです。内閣府の……」
すると男は初音のコートを取り上げ、衣装を投げつけ怒鳴りつけた。
初音も、ここで怯んではいけないと声を張り上げた。
「バッグを返しなさい! でないと……!?」
男はいきなり初音のカーディガンを引っ張った。ボタンが飛び、カーディガンと一緒にブラウスが破れそうになる。
初音はやっと、自分の置かれている状況が理解できた。しくじったのだ。
携帯も身分証もバッグの中だった。
初音は震えながら、衣装を持ってバスルームへ向かった。そして中から鍵をかけ閉じこもった。
ここでこのまま、なんとかケガレが発生するまで凌ぐしかない。
「ちっ! 閉じこもりやがった」
「放っておけ」
そうこうするうち、オークションの続きが行われていった。
初音を部屋に連れてきた男が、念のためバッグの中身をぶちまけた。すると、警察手帳のような身分証が出てきた。
「なんだ? 内閣府ケガレ対策室!? ケガレ……どっかで聞いたことあるな」
男は、とある番組制作会社の社長だった。
「おい、さっきの女、若く見えるだけでヤバいかもしれんぞ」
「ええっ!? マジかよ。マズイな。よし、みんな着替えて今日はお開きだ。飲みにでも行くか」
「なぁにぃ、せっかくのペントハウスパーティーだったのにぃ」
男は携帯の電源が切られていることを確認し、身分証とともにポケットへ入れた。
もう一人が初音の財布の中身を確認する。すると学生証が出てきた。たまたま冬休みで、必要があって入れていたのだ。
「おい、マジもんのJKだぜ。どうする?」
「今さら、どうにもならん。金には手をつけるな。身元だけ押さえとけ。何か言われた時の保険になる」
「ああ、学生証も持ってくか。知らぬ存ぜぬで通せるな」
ちょうど男たちが出ていったのと入れ違いで、由良姫たちがホテルに着いた。
フロントで問い合わせると、神守我央から連絡が入っていた。
「内閣府の方ですね。お問い合わせのペントハウスですが、お客様はチェックアウト済みでございます」
「チェックアウトやて、おかしいな」
「何かが変わって予定調和が狂ったんや。それより、あいつどこや」
眴が再度フロントに確認すると、確かに初音の特徴と似た女性が来ていたことがわかった。それからしばらくして、ホテルの従業員に付き添われ初音はフロントへやってきた。
凛華は真っ先に初音の元へ歩いていった。そして、思い切り頰を引っ叩いた。
初音は少しよろけて、凛華へ向き直ると睨みつけた。
睨み返された瞬間、凛華の何かが切れた。今度は握り拳が飛んだ。
「あんたっ!! 自分がなにしたかわかってへんやろ!!」
初音は尻餅をついた。その初音に飛びかかろうとした凛華を宇羅彦が止めた。
「もう、ええやろ。これでもわからへんなら、もう仲間やない」
眴が初音に手を差し伸べると、初音はそれを振り払った。一人で立ち上がり、フロントでタクシーを頼んだ。
由良姫は初音に近寄ると、何か言うことはないのか聞いた。
「はあ? 何か言うこと? 礼でも言ってほしいんか?」
「由良! 行くで!」
宇羅彦が構うなとばかりに由良姫を呼んだ。
「初音、今のあんたでは魂の蝕は見えんと思う。自分さえ良ければええ人間に、見えるもんやないと思う」
初音は一人でタクシーに乗り、誰とも目を合わせなかった。




