第二話 予定調和の先
東の首都は、国家元首が暮らしていた場所を中心として環状に広がっていた。
地方の主要都市にある一番の繁華街、その規模の街が、環状にいくつも続いたような場所である。
その各々の街が抱える歓楽街の中には、首都の中心部から離れているにも関わらず、すでにケガレにより廃墟へと化しつつある街もあった。
都心から離れているからこそ、切り離されそのまま放置されたのだった。
原因はそれだけではない。自国民の居住が少なかったため情報の共有化が遅れ、対策が間に合わず手遅れとなった。
すでにこの頃、首都圏内には多国籍で、それぞれの国のコロニーのような場所が点在していた。
東の首都は、自国民だけでなく、国際社会での一大都市となっていた。
だからこそ、この首都で起きたケガレ絡みの事件には、何より厳しい箝口令が敷かれた。
それもまた、奏司が残したレポートの予定調和に過ぎなかった。
チャットでは、まず今現在の東の首都の状況を中心にやり取りされた。
東の首都の面積は西の首都よりは狭い。
しかし、そこに約5倍の人口が密集していた。
『新都心近くの歓楽街の火消しに追われている』
『神守我央からの依頼が急増』
『隣県との境にある繁華街が続けて廃墟になりつつある』
『進入禁止地域が増え、取材を強行した集団が行方不明』
『ケガレを祓う人数の圧倒的な不足』
大那と虎雅からの立て続けの投稿にため息が漏れる。
「東の首都、悲惨やな。そんでもニュースにならんって」
「なあ、眴ちゃん、昔お父さんと住んでたんやろ? こんなんじゃなかったよね」
由良姫は小さい頃に、父奏司から一番幸せだった頃だと、祖母との三人暮らしの話を聞いたことがあった。
「どうして、由良姫はそのことを知っているんですか?」
眴は動揺を隠せなかった。だが、話すとしたらきっと奏司本人に違いない。
「ええ、モドキを巣喰わせている人ばかりでしたが、気枯れを起こすほどの力をモドキ自体が持っていませんでした。数が圧倒的に違うように思います」
眴は、奏司を例にとって、説明を続けようとしたがやめた。
チャットはどんどん進んでいっていた。
国家元首は以前暮らしていた、西の首都にすでに移っている。
鹿野神からは、西の首都の様子が伝えられた。
『首都への立ち入り規制が進んでおり、東の首都圏からの流入が激減している』
『市民は国家元首を守るのが一番という考えが大半を占める』
『歴史的価値のあるものを残し、その他の歓楽街が急速に縮小されている』
『歓楽街に対しての市民運動の激化』
『首都圏内にある、西の最大の歓楽街との対峙と険悪化』
初音と凛華からも、不自由この上ないという愚痴の合間に、不穏な投稿が上がってくる。
『すべて、予定調和通りの進行状況です』
宇宙依の投稿後に、チャットは数分止まったままだった。
『マジで!?』
大那から短文が入った。
『奏司さんのレポート、わざとかどうかわからないけど、時系列がめちゃくちゃ』
『夏休みに、俺とタイガとソラ兄で読んだのはムダ?』
『ムダじゃない。裏読みする必要はあり』
「お父さんの癖や。なあ、眴ちゃん」
由良姫は眴へ振り返って言った。
「そうですね。あのレポートは由良姫と宇羅彦へ読ませるために残したものですから。一通り読んだくらいでは理解できないでしょう」
浩徳は興味津々で、由良姫と眴とのやりとりを聞いていた。
「そのレポートって、俺にも読ませてもらえますか?」
「いいですよ。失くさないと約束してくれるなら、原本をお渡しします」
桐の箱に入った奏奏司が由良姫と宇羅彦のために残したレポートを、眴は自室から持ってきた。
「眴ちゃん、いいの? 唯一の形見やとか、大事にしてたやんか」
「いいですよ。それを失くすような人には由良姫は渡せませんから」
「へっ!?」
浩徳は、予想だにしなかったガチな、眴からの振りに恐る恐る応じていた。
チャットは続いていた。
西の首都の圏内にある、治安のあまり良くない歓楽街についてだった。
その歓楽街は北と南に分かれ、様相は違っていた。問題は南とそこから東西に、特に西へと向かう一帯だった。
ただ、ここもまた東の首都と同じく、繁華街が帯状に長く続いていた。一箇所に片寄っていなくとも、程よい距離感で繋がっていた。
『西の最大の歓楽街について、最近西の首都にも置かれたケガレ特別対策室が対応中』
『それに呼ばれてて、嫌なんやけど、どうやって断ったらええ?』
「うわぁ、凛華、チャットなのにモロ西の言葉丸出し」
由良姫が笑って、凛華の真似をして読み上げる。
宇羅彦が渋い口調で話す。
「そうか、東は時間の問題やと思うとったで。大那も虎雅も祓いに出とるのはしょうがない。せやけど、初音と凛華に、首都やのうて隣の自治体の歓楽街へ行けは筋違いやろ」
「それだけ切迫しとるんかも知れん」
浩徳の一言で、空気が少し緊張する。
「そうですね。西の首都は常世の大河に近いですし。西一番の歓楽街も、東の首都に比べたら小さなものですから。今のうちに、抜かりなく叩きたいのでしょう」
『完全に断ると情報が入らなくなるから、条件付きで認めたらどう? て由良姫が言ってる』
浩徳が投稿する。
「あーっ! 私の発言にしてっ! もう、何するん!?」
「この方が聞く耳持ってくれるって思って」
「ああ、そうですね。彼が言う通りだと思いますよ」
眴が横から入ってきた。
「眴ちゃん、彼じゃなくて、ヒロくんって呼んで」
その日、浩徳は由良姫と宇羅彦と一緒にもう一度、奏司が残したレポートを読むことにした。
浩徳は凄い集中力で、一気にガーッと読み進めていった。驚く速さで、一通り読み終えると、首を傾げながら言った。
「コレって、二重構造で合ってる? それとも三重になってる?」
由良姫と宇羅彦は驚いていた。何より驚いたのは、眴だった。
「三重です」
それは、眴が生前の奏司から、読み解く鍵は三重にある、そう聞いていたからだった。
「さらにそれで謎解きがついてますよね」
「そうですね」
「おもしろいというか、凄い人ですね。由良姫と宇羅彦のお父さん」
眴は、正直なところ、浩徳の頭の回転の速さに驚いていた。
「奏司さん並みの方に、初めてお会いしました」
「えーっと! めっちゃしんどかったんで、内緒ってことでお願いしまっす!!」
浩徳のお願いに一同爆笑しつつ、何がどうあったのかは夕食後に話すことになった。
夕飯を食べつつ、宇羅彦は浩徳に対する態度が大きく変わっていた。
「先輩、めちゃクソ頭ええやないですか! なのに実力テスト以外名前ないやないですか」
「あー、俺、勉強しない。授業で終わり。受験は別モンやろ?」
「かっけえ!」
眴は苦笑した。まるで奏司を見ているようだった。見た目は似ても似つかないのに、思考が同じだけで人はここまで似るものだろうか。
「宇羅彦は、あのレポート全部読み解けてるんや」
「あ、はい。そっすね」
「せやったら、もう十分やないですか」
浩徳はわざわざ眴の目を見てそう言った。眴はその瞬間、この柏木浩徳という人物は、奏司のレポートの裏に込めた本当の意図まで読み解いたかと悟った。
この男は、書かれていることだけを読んだのではない。奏司がなぜそこで筆を止めたのか、その理由まで読み取っている。
奏司は、その先まで知っていたとしても、子どもたちが自ら選ぶ未来まで奪うつもりはなかったのだ。
予定調和に該当する記述そのものは、二重構造になっていた。
そこへ、由良姫と宇羅彦にしか解けない謎が重なり、レポート全体では三重になる。
普通に読み進めて理解できる範囲内は、必ず起きて当然な範疇の予定調和。
それでさえも、宇宙依や猪野神の二人では一緒に読み解いても難解だった。
それを何回も当たり直して、宇宙依がやっと読み解いた。
その二重構造は、奏司の理論の立て方や、話し方の癖を知らないと難しかった。
だからこそ、奏司はわざと、由良姫と宇羅彦にしかわからないように残した。
そして、謎解き。それもまた、二人にしかわからないようになっていた。
それを一発で読み解いた浩徳に、眴は感心せずにはいられなかった。
もちろん生前に、時の権力者である副総理へ渡したレポートは、もっと簡素なものである。
今世紀の予定調和の先の先までなど、書き記すのはナンセンスだということなのだ。
来るべき予定調和の先までわかっていたとして、記してどうしろというのだろう。
「俺、初めて、会いたいと思う人ができました。由良姫のお父さんに、マジで会いたかった。話がしてみたかった」
「そうなんだ。もっと早く、ヒロくんと出会ってたら、もっと早く付き合ってたら、よかったね。そしたら、お父さんといっぱい話せたと思う」
浩徳は、最初、由良姫がどんな意味で言っているかわからなかった。
しかし後々、初盆の話を聞いて、またまた驚いて、さらに残念に思うのだった。




