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御子母の惑星─みこものほし─第二部 改訂版  作者: 宮生さん太
第一章 再来の初夏

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第四話 音楽部OB篠さん

 音楽部顧問の男性教師、佐藤の元へは卒業生もよく来ていた。 

 中でも篠原は、他校で音楽の講師をしていた。全国区で名の通った佐藤の元を訪れていたのは、部活の指導を頼まれたからだった。

 昼過ぎ、五限目は空いているとのことで、少し早めに来たのだ。


 そして、騒ぎに巻き込まれた。

 篠原はやさしそうだが、どこか冷めた感じがした。何より、あの黒いものを見ても、すぐには騒がなかった。


「で、アレはなんだったの?」


「うーん、篠原さんはお化けって信じます?」


「篠さんでいいよ、みんなそう呼ぶから。お化けっていうか、そういう霊的な何かが存在するのは信じるよ」


「へえ、そうなんや」


 あの日、由良姫と宇羅彦は、騒ぎの場から真っ先に退散し、早退した。それを助けてくれたのは篠原だった。


 二人は早々に帰宅して禊(みそぎ)をし、眴に頼んで視てもらった。ケガレもモドキももらってはいなかった。

 ホッと一安心したのも束の間、眴にあれこれ聞かれた挙句、懇々と説教されていた。


「田舎っていうのは、噂が広まるのも早いですから、気をつけないと」


 奇妙なことに、ケガレに関係することは大概、人の記憶に残らないらしい。あの音楽準備室でのことも、なかったことになっていた。


 しかし、由良姫と宇羅彦にとっては違う。

 すべて、生々しい記憶として蓄積されていく。

 二人は幼い頃から敏感だった。


「いいですね、なるべく祓った時のことは忘れて下さい」


「わかってる」


「うん、眴ちゃん。そうなった方が悪いんやし」


「そういう話ではありません。ケガレを祓い続けるということは、祓った時に見たものを、自分の中に溜めていくのと同じなんです。忘れて下さい」


 由良姫と宇羅彦には、忘れられないケガレを祓った記憶があった。

 だからこそ、ケガレ祓いによって自分自身が傷つくことは、かえってケガレの思うツボであることもわかっていた。


「深く関わらない、忘れることです」


 だから最初、篠原ともあまりケガレやモドキについて話をしたくなかった。


 由良姫と宇羅彦は、まだ十六歳だった。

 感受性豊かな時期に、人を生きながら蝕みケガレと化したものを、繰り返し祓っている。

 眴は、本当ならそんなことをさせたくはなかった。


「とにかく、助けようなんて思わないで下さい。ケガレになってしまうものを、それ以上影響が出ないよう祓うだけです」


 常世の大河の穢(ケガレ)を祓うのとはわけが違うのだ。

 元は人であったろうものが、ケガレにまでなってしまうまでには多くのことがある。


 いちいち、どうして、なぜ、もっと早くに救えなかったのか、などと考えること自体、無意味なのだから。


 由良姫と宇羅彦が今、音楽部OBの篠原と交流を持っているのは、大量のモドキに巣喰われていた、あの男性教師、佐藤が復帰してくるという話を聞いたからだった。

 それまでの間、篠原は音楽部の指導に度々来ていた。


 篠原はわざわざ、二人が入り浸っている物理準備室へ足を運んだ。


「このケンちゃんって、狐じゃないでしょ、中身人間じゃない?」


 確かに、ケンには不思議なところがいくつもあった。


「篠さんも、やっぱそう思うんやあ」


「まあね。狐っていうよりも、なんていうかさ。人間が狐のふりしてるっていうか、狐が人間のふりしてるっていうか」


「どっちなん、それ」


「そこがわかんないから面白いんじゃない」


 そう言うと、篠原は笑った。

 笑い方は爽やかなのに、目の奥だけは少しも笑っていなかった。


 ケンは篠原をジッと見上げていた。鳴いたり唸ったりはしない。ただ、時折こうして訳知り顔で鼻をひくつかせた。


「もしかして、嫌われてる?」


 ツヤさんや岩さんが近づくと、尻尾を振る。角度によっては笑っているように見える。


「えー、なんで? ケンちゃん、嫌いな人にはもっと露骨やし」


 宇羅彦が思い出したように鼻で笑った。ニヤつく顔に、篠原はケンと宇羅彦を交互に見る。


「えっ? なになに? その笑い」


「ケンの露骨さ、エゲツないで」


「そうなんだ。じゃあ、俺はまだ保留ってことかな」


 篠原は興味深そうにケンを見つめた。目と目が合うと、ケンはフン! と鼻を鳴らし顔を背けた。その様子を見て、由良姫は少しだけ肩の力を抜いた。


 あの日、篠原がいなければ、騒ぎはもっと大きくなっていたかもしれない。篠原はうまく生徒を音楽準備室から遠ざけてくれていた。


 祓い終わったあとも、気が立っている二人の言う通り黙々と動いていた。おまけに、早退したいと言うと、担任がツヤさんと知って、伝えておくから帰るよう配慮してくれた。


「篠さん、ほんまにアレ見えてたん?」


「見えてた、っていうか、見えちゃった、かな」


「ふうん。やっぱまだ気になるん?」


「うーん。なんか、もういいかな」


「興味のうなったんか」


 ぶっきらぼうな宇羅彦の問いかけに、篠原は嫌な顔もせず淡々と答えた。


「こういうことってさ、知ってしまうと大抵ろくなことにならないんだよね。まあ、どこでもさ」


 それに、と篠原は付け加えた。


「たとえ話を聞いたとしても、俺にどうにかできることでもなさそうだし。まあ、もし何か困ったことができたら、それからでいいかな」


「……篠さん、変わっとるな」


「よく言われる」


 篠原はコーヒーを一口飲んだ。


「でも、音楽部のことなら少しは話せるかも」


 しばらく経つと、由良姫はすっかり打ち解けて、篠原からいろいろ音楽部のことを聞き出していた。


「そうそう、期末テスト終わったらすぐ、教育実習生、来るでしょ。OGもいるから」


「OGって?」


「元音楽部の女性。佐藤先生と噂のあった人だよ」


「教育実習って、大学生?」


「そうだよ。確か樋口とかいったかな」


「なんで、篠さん知ってはるん?」


「うちの高校へも打診があったんだけど、受け入れが難しかったらしい。で、佐藤先生のところへお願いしたみたい」


「ふうん」


「先生の世界って、案外狭いんだよ」


「そおなん?」


「田舎よりも噂はすぐ届くよ」


「こっわあ!」


「高校教師なんて、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界だからね」


 篠原は、コーヒーカップを持って物理準備室へ入っていった。


「ツヤさん、ごちそうさま。相変わらず、バロック?」


「まあね、この時期にはこの曲がよく似合う」


「バッハ。ブランデンブルク協奏曲第三番ト長調」


「さすがだね」


「まあ昼寝にはいい曲だよ」


「あはは。昔は好きだったろ?」


「好きだから寝れるんだよね。だから授業では聴かせられない」


「君まで寝てしまうから?」


 篠原が声を立てて笑っているのが聞こえた。ツヤさんも一緒に笑っていた。昔からの仲の良さが伝わってくるようだった。


 由良姫は、篠原が声を立てて笑うのを初めて聞いた気がした。


 二人は親しそうに話をしていたが、篠原は部活が始まるからと音楽室へ消えていった。


「ツヤさん、篠さんと仲良いん?」


「いやあ、篠原君は以前、音楽部の部長をしてたんだよ」


「えっ!? マジ? 聞いてへんわ」


「ツヤさん、音楽部って、なんか変な感じせん?」


「まあ、佐藤先生自体、個性的だからね。篠原君は、音楽部を改革しようとしたんだけど、うまくいかなくてね。よくここへ相談に来ていたよ」


 ツヤさんは、遠い昔を懐かしむように話してくれた。


「まあそう言ったって、もう七、八年くらい前のことかな。俺が赴任して間もなくだったし」


「そういえばさ、この学校、先生同士でくっつくの多ない?」


 宇羅彦は、気がついていた。この学校自体が、少しおかしいのを。


「俺らの英語の先生と、入学した時他校へ変わってった数学の先生、デキ婚っしょ」


「よく知ってるね」


「日本史の先生と二年の古文の先生、デキてるって噂とか。不倫やろ。まあ、生徒とやないだけマシやけど」


 ツヤさんは苦笑いした。

 ツヤさんは隣の県から、同じく教師である奥さんと移ってきた。子供ができて、奥さんの実家があるこっちへ来たと以前話してくれた。


「あっ! センセー、ごめん!」


 由良姫が謝ったことで、宇羅彦もすぐ気がついた。

 ツヤさんは生徒間の噂を知っていた。二人へ軽く注意すると、部活へ参加するよう促し、一緒に隣の特別講義室へと移動した。


 期末テスト明け、音楽部顧問の佐藤先生は復職してきた。

 

 それと入れ替わるように、篠原はあまり学校へ来なくなった。

 篠原の一言が思い出される。


「ここの学校、腐ってるからね」


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