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御子母の惑星─みこものほし─第二部 改訂版  作者: 宮生さん太
第五章 暮れゆく秋

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第四話 一年七組松本直美④

 長谷川(はせがわ)剛(つよし)は、大学生でありながら持ち前の嗅覚で、すでに様々なブローカーとなっていた。

 買い手がいるから、売り物が生まれる。それだけの話だ。


 本物のJKユニットのビデオにしても、高値で取引できる当てがあるからこそである。

 そして、パパ活という軽いノリの言葉の裏にも、ブローカーは存在する。

 長谷川は、その筋から目をつけられる前に、そろそろ足を洗う準備をしていた。


 九月が終わる頃には、ユニット活動も軌道に乗り、それぞれの思惑が少しずつ形になり始めていた。


 その締めに直美よりも人気のある二人を連れ出した。


「ええっ? なんですか!?」


「パパ活って知ってる? 一回でいいから、やってよ。一緒に食事したり、写真撮ったり。今までのユニット活動と変わらないから」


「でも……」


「パパ活っていっても、せいぜい佐藤くらいのおじさん。それにこれが終わったら、ユニット解散してもいいし」


「いいんですか?」


「だって、二人とも嫌々付き合ってくれてるんでしょ」


 二人は相手の写真を見せられ、四十前後の小綺麗な男性であることに、仕方なく承諾した。何よりもうユニットを続けなくていいという条件が強かった。


「はい、二人ともOKです。もうコレで最後ですので、よろしく」


 大きい街の新都心にできた、センチュリーホテルのオシャレなラウンジへ連れて来られ、二人は豪華なアフタヌーンティーセットをご馳走になっていた。

 今まで入ったことがないような豪華なホテルに、二人の不安は薄らいだ。

 もちろんパパ活後、二人は直美から離れていった。


 直美はいきなり、ユニットの二人が離れていったので、何が何だかわからなかった。

 二人は口には出さないが思っていた。やっと清々したと。

 ノウハウはもうわかった。あとは自分たちでやればいい。必要なのはお金などではない。


 それに、二人は気づいていた。偶然にしては、出来すぎていた。

 付き合い始めた大学生は、ユニットが軌道に乗り忙しくなると、連絡が途絶えがちになった。それも二人とも同じように見計らったように。二人は直美がいたからこそ、よけいに仲良くなっていた。


 その頃になると、由良姫にも宇羅彦にもハッキリとわかるほど、一年の教室が並ぶ廊下にはケガレ臭が漂い始めた。

 以前、宇宙依から聞かされていた、最後が近づきつつあった。

 由良姫と宇羅彦、芥見の二人とで話し合い、今回の件はまだ柏木浩徳には知らせないと決めた。


「由良、大丈夫か? すれ違うだけで」


 宇羅彦は臭いに敏感な由良姫を気遣った。


「うん、お昼も特別室に来なくなったから、平気」


「そっか、ならいいな。先輩には、今回全部終わったら話そう」


「うん、ケンも心配なのか、毎日ついてくるし。大丈夫だよ」


 ところが、その気配を浩徳は敏感に察知していた。

 以前はこんなことは一度もなかった。

 それなのに、由良姫と意識して付き合うようになってから、不思議とこの異様な気を感じるようになっていた。


 宇羅彦は約束通り、四組へ行ってきゃやんたちとお昼を食べていた。

 そこに同じ七組のラグビー部の岡江(おかえ)貴匡(たかまさ)が加わった。

 岡江の彼女はきょん、こと伊橋今日子だった。

 きゃやんは渡瀬光代といった。

 元々、試合になると宇羅彦はラグビー部に出張していた。それも縁だった。


 宇羅彦の携帯に連絡が入ってきた。宇宙依からだった。


「今夜、出かけるで」


 宇羅彦は由良姫が教室に帰ってきたら伝えた。

 その頃、帰りは途中まで一緒に帰っていた由良姫と浩徳は、由良姫の緊張が手に取るよう伝わってきた。


「なんか、あるんやな」


 由良姫は頷いた。この人には隠せない、そうわかっていた。


「俺は、待っとる。話すには、それなりの時間も必要や」


 浩徳は、ギュッと由良姫を抱きしめた。突然のことに、由良姫の心臓はバクバク鳴った。


「無事帰って来られるよう、守っとる」


 家へ帰ると、今夜出るのは深夜過ぎになると万里依から連絡があった。


 夜は静まり返っていた。

 リビングでは、ここ数週間、同じような言い争いが繰り返されていた。

 金のこと。帰宅時間のこと。互いの態度のこと。どれも些細で、どれも本質を避けている。


 その夜は、寝室のドアが閉まっていた。その前で、直美は廊下に立ち尽くしていた。声は抑えられ、怒鳴り声はない。だが低く、張りつめた音が続いている。


「これ、どういうことだ」


 父親の声は乾いていた。テーブルに叩きつけられた明細書が、床に滑る音がした。


「あなたこそ、何様なの」


 母親の声は、震えているが崩れない。冷たく刺さる音だった。


「俺は家を守ってきた」


「守った? 何を?」


 一瞬、沈黙が落ちる。向き合っていても、視線はすれ違う。


「あなたは外で好きにしてたでしょう」


「おまえだって……」


 言いかけて止まるが、次には辛辣な事実が続く。互いに、言葉を選ばない。それでも核心は外し続ける。ぶつからない、避けている。なぜならそこにあるのは、長年のすれ違いの積み重ねだから。


 寝室の空気が重くなる。二人の呼吸が荒くなり、吐き出す息が、重く濁る。その濁りに、混じっているのは本心そのものだった。


 互いの声に含まれていた、細かな澱が、言葉の端からこぼれ落ち、宙に浮く。

 直美は、廊下で息を止めた。部屋の中で、二人の声が、同時に重なる。


「もういい」


 どちらの言葉かわからない。

 次の瞬間だった。互いを罵るはずだった口が、不自然な角度で開く。目は見開かれたまま、焦点を失う。吐き出した息が、相手に降り注ぐ。


 モドキは一斉に集まる。夫に。妻に。そして、二人の境界に。

 向き合っているのに、最後まで噛み合わなかった二人は、その瞬間だけ、完全に同じ方向を向いた。


 残ったのは、口を大きく開いたままの二つの影。その隙間を埋めるように、黒いものが流れ込む。互いに腕を伸ばしあっている。まるで今にも掴み合わんとする、指の形。隠してきた感情の形。


 軋む音がする。骨ではない。形の歪む音。二人だった輪郭が、ゆっくりと曖昧になる。それは抱擁ではない。ただの融合。モドキが二人を包み込む。


 寝室の外で、直美の喉がひくりと鳴った。その時、室内から、声が響く。

 その声のようなものが合図だった。直美の中から溢れ出したモドキが、一斉に吐き出され一体化しようとする二人へ向かっていった。


 その臭いは、寝室の外にいる直美にも、たまらないものだった。

 直美宅の外では、今か今かと車の中で、由良姫と宇羅彦が待機していた。


「そろそろや。寝室のドアの前に女の子がおる。あの子や」


「ゴツい家(うち)やなあ、塀の鉄柵、気ぃつけや」


 由良姫と宇羅彦の身体能力は凄まじい。十メートルくらいなら軽く跳躍できる。

 ベランダから中の様子を伺うと、由良姫の顔が臭いで軽く歪んだ。

 中では、夫と優美は口を大きく開けた状態でケガレ化が進んでいた。

 気枯れ一歩手前の両親の体からも、今度は直美へ向かってモドキが溢れ出していた。


 ベランダから部屋へ入った由良姫と宇羅彦は、今まさにケガレになろうとしていたものに術を放った。その光に反応したモドキが、二人に向かって飛びかかってきた。

 直美は一瞬正気に返り、寝室のドアの隙間から中の様子が見えた。


 同級生、それも鬱陶しくて仕方のない、藤吉由良姫と宇羅彦がいた。

 ケガレになった両親は、直美に向かって叫んだ。


「直美、助けてーっっ!! 殺されるーっっ!!」


 ケガレは、人の言葉を真似て、ハッキリと喋っていた。

 由良姫と宇羅彦は、その様子を信じ難い面持ちで見ていた。

 もう一発放たねば、祓い切れないというタイミングでの出来事だった。


「人殺しーっっっ!!!」


 直美があらん限りの大声で叫んだ。

 その瞬間に、由良姫と宇羅彦は術を放ち、ケガレを祓っていた。


 部屋には、直美の「人殺し」と叫んだ残響だけが残った。

 それは、もう誰の声でもなかった。


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