第9話 人間、入学する
入学式は、居心地が悪かった。
——視線が、多すぎる。
広い講堂に新入生が並んでいる。獣人、エルフ、様々な種族が肩を並べている。
(ここがアルドリヒ魔法学校か)
様々な種族が集まり、魔法を学ぶ場所。レグルスさんから聞いた時は実感が薄かったけれど——こうして実際に立ってみると、空気が違う。魔素の粒が、どこか活き活きとして見えた。
その中で、ルカスだけが——人間族だった。
(そうだとは思ったけど)
試験の日と同じだ。でも今日は人数が多い分、視線の数も多かった。
ひそひそとした声が、あちこちから聞こえてきた。
「……人間族?」
「本当に? この学校に?」
(慣れてるつもりだったけど)
これだけ一斉に見られると、さすがに気が滅入ってくる。
式典が終わって、クラスに分かれた。
ルカスはBクラスに振り分けられたらしい。
クラスの教室の扉を開けた瞬間——空気が、変わった。
ざわついていた教室が、一瞬で静まり返った。
全員の視線が、ルカスに集まった。
おそるおそる中に入って、空いている席を探した。
窓際の席に座ると、周りがさりげなく距離を置いた。
(施設と同じだ)
そう思ったら——でも、と思い直した。
(いや、施設とは全く違う。だってここには魔法がある)
それだけで、十分だった。
しばらくすると、一人の女性が入ってきた。
「はい、着席して」
明るい声だった。ショートカットの茶色い髪に、元気そうな笑顔。
「改めまして、Bクラス担任のミア・エルウィンです。よろしく! 堅苦しいのは苦手なので、気軽に話しかけてね」
クラスがざわりとした。
「じゃあ、自己紹介してもらおうかな。順番に——」
一人ずつ、名前と得意なことを言っていく。
ルカスの番が来た。
立ち上がった瞬間、さっきまでざわざわとしていた教室がまた静まり返った。
「……ルカスと申します。えーっと、人間族です。魔法が好きで、よろしくお願いします」
短く言って座った。
誰も何も言わなかった。まるで時間が止まったようだった。
その沈黙を破るように、ミアが明るく笑った。
「ルカス君ね!私は人間族は初めて見たけど、この学校は魔法が好きなら誰でも大歓迎だよ。ようこそ」
その一言で、少しだけ空気が和らいだ。
自己紹介が続く中、ルカスはそっと教室を観察した。
解析をかけてみようかと思ったが——やめた。
(人のことを勝手に解析するのは失礼だよね)
窓の外を見ていると、突然隣の席から声がかかった。
「なあなあ、お前が人間族のルカスか?」
振り返ると、茶色い耳と尻尾の犬獣人が身を乗り出していた。目がきらきらしている。
「俺、レイっていうんだ。よろしく!人間族って初めて見た!すごいな!」
(すごい……?)
「……何がすごいんでしょうか?」
「なんで敬語? 同い年じゃないの?」
「一応……」
「じゃあタメでいいじゃん! 俺のこともレイって呼んでよ」
(施設の子たちと全然違う!)
距離の詰め方が、あまりにも躊躇がない。
戸惑っていると、レイの反対側から静かな声がした。
「レイ、自己紹介の途中よ」
見ると、淡く透き通った水色の長い髪のエルフが座っていた。物静かな目がルカスを見ている。
「リーネ、こいつ人間族なんだって!」
「見ればわかるわ。……初めまして、ルカス。リーネよ」
「……初めまして。ルカスと申します」
「敬語じゃなくていいわよ」
「……そうですか」
リーネが、小さく息を吐いた。
「まあ、ゆっくりでいいけど」
その時、教室の扉が開いた。
「すみません、少し遅れました」
涼しい声と共に入ってきたのは——セインだった。
ミア先生が嬉しそうに言った。
「あら、セイン先生!特別クラスの先生が来てくれるなんて珍しいわね」
「Bクラスに気になる生徒がいるものですから、挨拶に」
セインの視線が、ルカスに向いた。
柔らかく微笑んで——小さく頷いた。
(もしかして、わざわざ来てくれたのかな)
ルカスも、小さく頷き返した。
それを見ていたレイが身を乗り出した。
「なあなあ、セイン先生と知り合いなのか?」
「……試験の時に、少し」
「すごいじゃん!」
(何でも感動してくれるな)
よくわからないまま、ルカスは窓の外に目を向けた。
朝の光が、教室に差し込んでいた。
(ここが——学校か)
施設では決してなかった感覚が、じわりと胸に広がった。
まだ居心地はあんまり良くない。周りからの視線も気になる。
でも——隣にレイがいて、反対側にリーネがいて、セインが来てくれた。
(施設とは、全く違う)
そう思った瞬間、レイがまた身を乗り出してきた。
「なあ、俺たち友達になろうぜ!」
(友達……?)
その言葉は、今までルカスの脳には存在しなかった言葉。
いや、知っていたけれど触れる機会が全くなかった言葉。
「……ぜひよろしくお願いします、レイ」
「だからタメでいいって!」
リーネがまた小さく息を吐いた。
「……よろしく、ルカス」
「よろしくお願いします」
「敬語……」
「……すみません、癖で」
リーネが、今度は小さく笑った。
二人の笑顔が——温かかった。
クラスのオリエンテーションが終わり放課後、レイとリーネの三人で廊下を歩いていると——背後から視線を感じた。
振り返ると、銀色の耳と尻尾を持つ虎獣人が立っていた。体格がよく、鋭い目がルカスを見ている。確かカイル、と自己紹介していた子だ。
目が合った。
(……睨んでいる?)
カイルは何も言わなかった。ただ、じっとルカスを見て——ふいと顔を背けて歩いていった。
(なんだろう)
理由はわからなかった。
でも——施設での考え方を、ここに持ち込むつもりはない。
ルカスは少し考えてから、また二人と歩き始めた。




