第1話 人間、引き取られる
「君を引き取りに来た」
その言葉を聞いた瞬間、僕は固まった。
施設の応接室。古びた木のテーブルを挟んで、見知らぬ男が座っている。
白い。
それが第一印象だった。
真っ白なたてがみ。獅子の耳と尻尾を持つ獣人で、背が高く、整った顔をしている。
年齢はよくわからない。
ただ、怖いという雰囲気は一切感じられない。
(引き取り……? 僕を?)
思わず隣に立つ施設長のおばさんを見上げた。丸顔で人のいい彼女は、困ったような笑顔を浮かべていた。
「ルカス、この方がね、あなたを引き取りたいとおっしゃっているの」
「……はい」
返事はしたけど、頭が追いついていない。
僕はルカス、12歳。
この施設で生まれた……いや、正確には違う。
気づいた時には、施設の前に置かれていた。産まれたばかりの赤ん坊が、籠に入れられて。
人間族だからだろうか。
この世界に、人間族はほとんどいない。
獣人、エルフ、様々な種族が当たり前に存在する中で、人間族だけが極端に数が少ないらしい。
理由は誰も知らないし、僕も知らない。
ただ、それが僕の「普通」だった。
施設にいるのは獣人の子どもたちばかりで、人間族は僕だけだった。
職員たちは表立って何かするわけじゃない。
ただ、視線が痛かった。
廊下ですれ違うたびに、少し遠ざかるように道を開ける。
名前を呼ばれることも少なく、職員によっては「ルカス」じゃなくて「お前」だった。
施設長のおばさんだけは優しかったけど、それでも時々、僕を見る目が——どこか、怖いものを見るような色になることがあった。
子どもたちはもっとわかりやすかった。
職員の目が届かない場所では、言葉が飛んでくる。
「人間族って気持ち悪い」
「毛も尻尾もないの? 欠陥品じゃん」
言葉だけじゃない時もあった。
突き飛ばされて壁に背中をぶつける。蹴りが脇腹に入る。
同い年のはずなのに、獣人の子どもは僕より頭一つ分背が高くて、力も段違いだった。
抵抗しても意味がなかった。
むしろ抵抗する方が、後で余計にひどくなると学んだ。
だから黙って、やり過ごすことを覚えた。
そんな僕に、引き取りの話が来たことは一度もなかった。
当然だと思っていた。
獣人の家族が施設に来ても、選ぶのは同じ獣人の子どもだ。
人間族の僕を選ぶ理由がない。
だから今日も、いつも通りの一日のはずだった。
朝ごはんを食べて、掃除をして——そこに突然、施設長に呼ばれた。
「……どうして、ですか?」
気づいたら、そう口にしていた。
失礼だったかもしれない。でも聞かずにはいられなかった。
なぜ、この人が。
なぜ、僕を。
男はテーブルの上で手を組んだまま、表情一つ変えずに答えた。
「君が必要だからだ」
「……必要」
「そうだ」
それだけで、会話が終わった。
(必要って、何が……?)
疑問は山ほどあった。
でも男の雰囲気が、それ以上の質問を封じてしまう。
怒っているわけじゃない。
ただ——これ以上の説明をする気がないのが、なんとなく伝わってきた。
施設長のおばさんが、フォローするように口を開く。
「ルカス、レグルス様はね、とても立派な方なの。あなたのことをちゃんと考えてくださっているわ」
レグルス、というのがこの男の名前らしい。
僕はもう一度、その男——レグルスを見た。
相変わらず表情はあまりない。
でも、その金色の瞳が、確かに僕の青い瞳を捉えている。
(怖い人じゃない……と思う。たぶん)
根拠はなかった。ただの直感だ。
それに——このまま施設にいても、僕の立場や扱いは何も変わらない。
そのことだけは、わかっていた。
「……わかりました」
僕は静かに頷いた。
「お世話になります、レグルスさん」
男は短く「ああ」とだけ答えた。
こうして僕の、なんだかおかしな生活が始まった。




