職業斡旋の間
この竜宮城を訪れて、既に2時間近くをこの場で過ごしている気がする。なのでさっさと帰りたいけど、そうは問屋が卸してくれないらしい。
って言うか、着ぐるみNPCが揃って最後の襖を指し示している。その名は『職業斡旋の間』……とうとう、初心冒険者からの転職が待っている?
それは不明だが、ここも入ってクリアしない事には帰らせて貰えないみたい。無言の着ぐるみ~ズの圧力に負けて、俺とファーはその襖を潜る破目に。
何事も無ければいいけど、ってか転職ならむしろ大歓迎な気がしなくもない。琴音に相談する暇が無かったのが、少々心配な程度だろうか。
向こうの職との兼ね合いとか、後はこちらに注文とかあったかもだし。例えば盾職とか前衛職だと、収まりが良いってのは聞いた覚えはあったけど。
そんな事を考えつつ、襖を潜った先に待ち構えていたのは。さっきの『鍛錬の間』と瓜二つの構成の部屋と、そこに腰掛けている妙齢の美女だった。
派手な着物を召していて、髪のセットもバッチリな妙齢の美女である。だけどどこか気だるげで、妙にヤル気が無さそうな雰囲気なのは如何だろうか。
名前を確認すると、彼女が鯨モドキの言ってた“乙姫”らしい。なるほど、彼女が噂に聞いたこの城の主って事で合ってるだろうか。
「ようこそいらっしゃい、冒険者の人……それじゃ、まずはそこに腰掛けて頂戴。ちなみに、ここで何するかアナタ聞いてるわよね?」
「いえ、全く……まぁ、プレートに書かれた言葉から、ある程度は察してますけど。えっと、この部屋で転職出来るで合ってる?」
「……全く、どいつもコイツも使えない奴ばっかり! 本当に部下に恵まれてないわね、何で城主の私がこんな役目……」
あのぅ、さっきから闇系の思考がダダ漏れですけど? どうも自分の役割に不満らしいが、こちらもわざわざ向こうの手を煩わせる必要もない。
無理なら帰りますと言うと、凄い目で睨まれた。
仕方なく場の空気を読んで着席して、改めてここでやる事をお伺いする。それによると、やっぱりプレート通りに転職で合っているらしい。
そんな訳で、さり気無く俺の持っている全ての職カードを出す様にと指示された。仕方ない、そこは大人しく従うかな……何か微妙に怖いし。
だっていつの間にか、乙姫の後ろにボディガードのように立つ影が2つ。マッチョな魚人らしい、右がナマズ顔で左がウツボ顔である。
要するに顔からして怖い上に、2人共装備は立派で手には三叉の槍を手にしている。しかも筋肉モリモリ……さっきの間でも、無さそうで実際は戦闘は何度かあった訳だし。
ここでもひょっとしてあるのかも、一応念頭に入れておこうと思う。そして鞄から取り出した職カードだけど、まずは取り置いてあった『妖精使い』『精霊下請け人』『蝶舞軽戦士』『猪突戦士』の4枚。
俺としては、本命は『妖精使い』か『猪突戦士』かなぁ?
それからその後のレベルアップで、新たに『希少種ハンター』『初級採集屋』『初級六大魔術師』『水陸戦士』『野生軽戦士』の5枚を獲得している。
職系のカードは、何かちょこちょこといつの間にか増えてた感じ。『水陸戦士』とか『野生軽戦士』とかは、モロに冒険スキルの絡みだろう。
職業補正も似たようなモノなので、そっち系を強化するなら転職もアリだろう。後はレア種の討伐とか収集を頑張ったとか、はたまた6つも魔法を取得したとかの絡みだと思われる。
戦闘系で無い職に就くのは、ちょっと勇気が必要だと思う。探索や収集が有利になるのは、一応は有り難くはあるんだけどね。
肝心の乙姫の態度だけど、やはり憮然とした表情を崩さない。それでも真剣にこちらが提示した職カードを眺めて、何かを計算している様子。
何だろうと思ったら、向こうは新たに1枚の職カードを懐から取り出して見せて来た。『竜宮の遣い』と言う職カードみたいだ、なかなかにレア職っぽい。
乙姫のプレゼンでは、どうやら俺はこの職に就くべきらしい。さり気無くチェックしたところ、どうやらこの『竜宮の遣い』は本当にレア職みたいだ。
効果を確認すると、何とレベルアップの度に水スキルが+1Pされるそう。それだけでも凄いが、普通に水中適正とか水系の特性が色々と付いて来るっぽい。
挙句の果てに水竜の使役系のスキルも取れる可能性があるとの事。何気に凄い……けど、乙姫のプレゼンを聞いてしまった途端に心に警鐘音が。
彼女はどうしても、俺にこの職に就いて欲しいみたい。そして行く末は地上への竜宮城進出、覇権を陸へと拡大して遣いの数を10倍、そして100倍へと増やす。
そのための先遣隊になって欲しいらしく、机に並べた職カードを買い取ると申し出てくれた。強引なその交渉に、待ったを掛けたのは相棒のファーだった。
全身で『妖精使い』の職カードをガード、彼女のお勧めはコレらしい。
そして2人のサイズ違いの女性の間で、派手に飛び散る火花。俺の将来設計の筈なのに、何故か当人が除け者と言う珍事は如何なモノだろうか。
俺の意志は聞き届けられないらしい、身勝手は女性の常ですか? リアルの方の実生活を鑑みるに、恐らくその傾向は強いのかもね?
あまり関わりたくないけど、一応は中心人物と言うか当人の筈だし? 取り敢えず、その他の職カードなら全部売りますと提案してみた。
すると何故か護衛の魚人がそれに応じ、合計78000モネーをせしめる事に成功。
自分の考えでは、乙姫の勧める『竜宮の遣い』のジョブ自体はかなり魅力的だ。特に水系の魔法にこだわりは無いけど、他になりたい職も無いし。
ただしこれに就くと、乙姫の手下的な立ち位置になりそうなのが怖い。変なペナルティと言うか、無茶な頼み事とかが付随して来そうな予感がヒシヒシ。
つまりは、安易な決定で今後の行動の幅を狭めたくないのが本音。一方、相方の斡旋する『妖精使い』の職カードなんだけどこれまた微妙。
まぁこちらの職も、効果が不明ながら当面は候補の1つとして持っておこうかなって感じ。ついでに琴音の話では、街のお店で職カードが売っていたりもするらしい。
つまりは、俺の考えでは一通り見定めてから決めるのも遅くないかなと。だから、今すぐにコレに決めろと言われても、ちょっと困ると言う真っ当な話である。
って感じの、俺の意見は既にどうでも良い事態になりつつあった。
何だろうね、コレ……キャットファイトが始まっちゃってる様子なのは判断出来るけど。つまりは、俺の相棒のファーと乙姫様の間でなんだけど。
最初は口喧嘩と言うか、一方的な乙姫の啖呵切りだった。それに対して、妖精のファーも負けてはいない……宙に浮きあがって乙姫様とメンチ切り。
幼馴染に琴音と言う喧嘩っ早い娘がいたので、俺はキャットファイトは見慣れている。だからと言って、それを推薦する訳では決して無い。
一応止める素振りで話し掛けるも、何故か緊張した面持ちの護衛魚人達に止められてしまった。何故と思わなくでも無いが、彼らも仕事をこなしているのだから仕方が無い。
だけど本音では、こっちを止めずに向こうを止めろとちょっと思う。ってか、そんな考えは既に遅かったみたいで、心中で南無と唱える俺であった。
乙姫様がまず、羽虫を払うようなスイングの張り手を敢行。それを華麗に避けたファーが、お返しのパンチを乙姫の鼻先に見舞ったのであった。
それが見事にヒットして、とうとう恐れていた殴り合いが始まってしまった。ここは職安じゃ無かったのだろうか、などと天井を見上げて呟いてももう遅い。
しかも、いつの間にやら戦闘音楽が周囲を満たしている笑えない状況。そして案の定、護衛の魚人達はこちらをタゲに据えた様子、何故っ!?
何となくそうなる予感はしてたけど、彼らはファーの存在は眼中に無い様子。俺達を隔てている大振りの机が、ド派手な音を立てて崩れ去ってしまった。
彼らの攻撃の賜物らしい、パワーファイターには間違いないかな。間違っても直撃は貰いたくない、そそくさと戦闘準備しつつもそんな事を考える。
おっと、そう言えば直前の『鍛錬の間』で、こっちもパワーアップしてたんだっけ? 取り敢えずはお定まりの強化2種を掛けながら、そんな事を考えつつ。
短槍を構えて後退して、必死に新しい魔法やスキル技を脳内反芻する。実際に、老亀仙から習得した魔法の数は、意外と多くてビビってしまった。
ちなみに後退ったのは、乙姫から距離を置きたかったのも理由の1つ。その彼女の正体を見て、思わずギョッとしたのも確かな事実。
何しろ名前が朱色表示、彼女はバリバリのエリアボスらしい。こちらに参戦されたら、どんなに頑張ろうとあっという間に詰んでしまうのは間違いない。
ファーさん……一体どんな強敵に、喧嘩を吹っ掛けてくれたのっ!?
我知らず部屋の中央へと移動、ついでにさっき覚えたばかりの土魔法の《硬化》を唱えてみる。エフェクトは岩を纏う感じらしい、これで防御アップにはなった筈。
さて、それでは2匹の護衛の魚人達と遣り合いますか!
そもそも何で戦闘になったのか、今一つ判然としないんだけどね? キャットファイトの試合経過は、見るのも怖ろしいので敢えて視界に入れずにおくとして。
マッチョな魚人のナマズとウツボ顔に、全神経を集中する。敵の装備は部分鎧とゴツい手甲と足甲、手にする武器は三叉の長槍とお揃いだ。
普通に強そうだが、その予想は大当たりだった。その穂先の鋭さを例えるなら、まるで否妻の如き……パワーももちろん備わっている。
一撃受けただけで、かなりの体力を持って行かれてしまった。うぬうっ、防御系の強化呪文を掛けてて、この被ダメージはヤバくないですか。
うん、普通にヤバいな……そんな相手を、2匹同時にこなすとか辛くないか? 取り敢えずは回避に専念、称号の『蝶舞』をフルに活用して逃げ回りつつ。
距離と時間を稼いでの《スパーク》の詠唱、取り敢えず向こうの動きを止めてしまいたい。目論見通りに痺れた相手、次の呪文は決まっていた。
って言うか、これで良いのかなとか思いつつ《ストーンウォール》の呪文を詠唱。説明文では敵をブロックしてくれるそうだが、果たしてその効果はどんなモノか。
《風の茨》も同じ足止め系だけど、その効果は凄く薄い。何とか1匹を足止めして、その間にタイマンに持ち込みたいとの思いだったんだけど。
初めて唱えた土系の防御呪文、しかしその効果は物凄く半端だった。出現したのは腰までの高さの土壁、幅も厚さもどこか普通の迫力の無いモノだったり。
想像してたのとは違う効果に、ちょっと呆気にとられてしまったけど。確かに、思い返せば土属性のスキルはたった4Pしか注ぎ込んでなかったっけ。
ところが、魚人の片方はそうは思わなかった様子。突如湧き出た邪魔な障害物を、親の仇のような勢いで壊しに掛かり始めている。
どうも廻り込んでやろうって概念は無いみたい、それは正直助かるのだけど。半端な高さと強度の土壁は、その寿命もとっても短そう。
――所詮は4Pか、今の内に次の手を考えなきゃ。




