雨の木曜日
昨日の夜半過ぎから降り始めた雨は、朝になっても止む気配は無かった。湿気を含んだ空気は、教室にいる生徒たちに多少の憂鬱も運んで来ている。
琴音も朝から、髪のセットが決まらないと不機嫌そうな表情を見せていた。ついでに数日前の突然の告知で、賞金サーバの数がいきなり15に増えたとの告知を受け。
かなりオカンムリだったのは、言うに及ばずな現状である。要するに、急に人が増えるとかズルくない? って文句が先行組にはアリアリみたい。
そんな訳で、週末は幼馴染みチームで作戦会議が待っているそうだ。俺からしてみれば、出来る事は何もないのだから血相を変えるほどでもない。
ただ黙って、その真実を受け入れるのみで良くないかなって思ってしまう。元あった限定賞金サーバに関しては、しばらく白熱した議論があったらしい。
つまりは、移転を決断する者とそのまま残る冒険者での紛糾した言い争いなど。それはソロエリアにいた俺には、とんと関わりの無かった騒動だった。
ただし、既に街にいた琴音によると、しばらくは周囲から少しだけ人が減ったそうな。そんな感覚も、恐らくはほんの1日程度のみの現象となりそう。
更に数日後には、後発組が膨大な数に膨れ上がって押し寄せるとの予想が。つまりは、人混み対策にはあんまり意味のない、サーバ増設騒動だったとの話。
もっともそれは、琴音と言うか先発組の冒険者たち全般の感想でしかなく。後発組や立案したゲーム会社的には、たっぷり旨みはあったのだろう。
俺は制作側は、プレーヤーに課金とかを煽ってるのかと質問してみた。ところが琴音の返答だと、実はそうでも無いらしい。
元からの規定は全く変わらず、月の課金は定額以上は受け付けて無いそう。そこら辺は変に暴走しておらず、概ねバーチャル世界は平和らしい。
まぁ、それも荒れるPK騒ぎを除いての事だけど。
とにかく俺からすれば、その知らせは朗報には違いなかった。何しろ賞金3億の争奪のための、下品な課金アタックなどに巻き込まれたくはない。
そう思う冒険者もきっと多い筈、運営に理性があった事には素直に安堵しつつ。ちなみに俺たち幼馴染みチームの計画は、とっても単純で明快だった。
つまり最初の『桜花』と名付けられた限定サーバに、皆で居据わる事となった模様。京悟と美樹也とその妹たちも、その案には賛同したとの話である。
今後はそんな皆が集結するため、それぞれが行動を調整するっぽい。
俺に関しては、さっさとソロエリアの『始まりの森』を抜けてくれと頼まれた。琴音にせっつかれなくても、そろそろ今日あたりそうなる予定。
問題は、ワイバーンを倒した後の断崖登頂ルートが、無事クリアに至れるかどうか。そして昨日のログアウト前に、妙な♀NPCに捕まってしまった事……。
その辺は話すと長くなるので、今は詳しく語らないけど。とにかく学校に着くまでの登校時間で、そのあたりの話は琴音と語り尽くした。
それから昨日の冒険でワイバーンを倒したと言う事実は、やはり与太話認定されてしまった。何で信じて貰えないかな、もう慣れたけど不本意ではある。
しかも従者に、仔竜を加えた話も割とスルーされてる始末。師匠に師事して弓矢スキルを無事伸ばせたって話すら、武器スキルの取り過ぎで片づけられてしまった。
俺的には、遠隔も近接も隙の無いアバターになったと思うんだけどなぁ。何しろスキルPに関しては、冒険していて割と潤沢に溜まってくれてるのだ。
まぁ確かに、魔法スキルは取り過ぎたかも知れない……あれから更に数が増えたのは、怒られると嫌なので幼馴染みには言ってない。
4つでも叱られたのだ、倍の8つ全部の取得は確実に折檻コースだと思う。
それでもスキルPは余ってるし、装備も割と充実してるとは思うんだけどな。その辺は推測でしかなく、他の冒険者とじっくり比べた事こそないけどね。
ただし、同級生プレーヤーとの話から推察するに、レア種との遭遇率は群を抜いてると思われる。そこはやたら破天荒と言われ、素直に誉められる事は無かった。
天気の悪い日独特の教室の憂いを含んだ雰囲気も、俺はそんなに嫌いではない。同級生の発する喧騒は、そんな沈鬱な空気など軽く吹き飛ばしてしまう。
週の中間の曜日の、気怠さだけはどうにもならないけど。教師たちの繰り出す授業スケジュールには、全く何の遅延も及ぼさないみたいだ。
敷かれた真っ直ぐなレールが見えるような、そんな日常の1コマの中。いつも通りのクラスメートと、移動教室に休み時間に早めの移動をこなしていると。
いつかの隣クラスの、『ミクブラ』限定サーバ参加プレーヤー達に出くわした。ってか、向こうが積極的にこっちを捕まえに来てたっぽい。
今週は全く情報交換をしてなかったしな、向こうもサーバ増設で慌ただしく振り回されていたのかも。案の定、彼らは挨拶もそこそこにその文句から話し始めた。
そんなに大ゴトだったのかな、要するに人が増えたってだけだろ?
「急に15倍だよ、増えたって一言じゃ片付かないってば!」
「外国サーバまで増えるとはねぇ……確かに外国人が喜びそうな、お祭りイベントではあるけどさ。礼節にうるさい日本サーバでさえ、PK騒動が蔓延してるってのに。
外国サーバなんて、プレーヤーが最初の街に出た途端に破綻するんじゃないかな?」
「文化の違いって、バーチャル世界でこそ恐ろしい効果を発するからねぇ? 本当に暴動騒ぎが起きるかも……いやいや、バーチャル内で済めば別にいいのかな?」
それぞれ色々と心配しているが、どこか対岸の火事っぽい外国サーバの増設騒ぎ。それはまぁそうだろう、要するにライバル認定するにはもう少し様子見って認識なのかな?
それより彼らは、日本サーバが5倍になる事実のプラスとマイナスの効果を論じたいらしい。つまりプラスは現在の混雑が緩和される事への期待らしく。
そしてマイナスに関しては、勿論ライバル冒険者の増加に他ならない。そうは言っても、先発の冒険者達の有利は変わらない筈との彼らの推察。
その優位を活かし切って、彼らはさっさと“港町トーハン”まで移動したいとの事だった。ちなみに現在、彼らは“中間の街ベルベス”に滞在中らしい。
その街の感想だが、スタートの街より随分と混雑具合はマシみたい。ただし混迷度合いは、種族の混合に伴って遥かに高くなってるらしい。
彼らの感想からすると、その為にかなり苦労しているとの事。
「何しろ、元サーバには完全に無かった街だからねぇ。全員が勝手が分からず、地理を覚える事から始めなきゃならないんだ。
街中もそうだし、街の外も全く知らない景色だからね」
「本当に初見の土地だから、その分みんな探索も大変だよね? 変わったクエも多いし、冒険者たちもそれぞれ苦労はしてるみたい。
ただし景色は見応えはあるし、是非とも八崎君も訪れてみるといいよ!」
「俺の場合、どこも初見なんだけど……」
それもそうだねと、何だか俺が初心者扱いされていない様な雰囲気。こちらの現状を訊かれたものの、正直にワイバーンを倒したと言うのも憚られ。
適当に順調だよと応えて、森の南で狩人NPCと出逢って弟子入りしたと報告してみる。恐らくだが、この程度なら変人扱いされないだろう。
まぁ、9日間も始まりの森にいる時点で、既に変わった奴扱いだけど。こっちは好きでいるんだし、放っておいて欲しいと正直思う。
向こうはそんなNPCいたのかと、ちょっと半信半疑な様子……これでも駄目みたい、ワイバーン討伐より信憑性があると思って話したのにな。
何の弟子入りかと尋ねられたので、弓矢を教わっていると一部だけ報告しておく。仔竜の卵騒動までは、話さない方が良いかなと微妙に話題操作など。
うむぅ、友達と話を合わせるのってなかなか大変だな。
休憩時間も残り少ないし、向こうの話を訊くだけで良いかな? そう言えば、誠也も姉ちゃんと中間の街にいるって話していたっけ?
何やら、PKプレーヤーの跋扈する裏通りが、街の半分くらいあるのは聞いて知っている。その為に、中間の街は物凄く治安が悪いそうな。
やさぐれ者っぽいNPCも大勢見掛けるし、安全な表通りはプレーヤーで混み混み。しかも別種族の冒険者集団との合流で、険悪な空気になってるみたい。
同級生チームは、それが嫌で早々と次の街へと移動すべきかと画策しているのだとか。ただし、そう考える奴らも周囲には多くて、移動先も混迷が予想されてるみたい。
確かにそんなせっかちな連中は、実は結構多いみたいと誠也は話していた。PKエリアが広過ぎだとの文句も、街のそこかしこで囁かれているらしい。
そんな不便さは、元々スタートの街から付いて回っていた模様。治安の悪さは致命的で、お遣いクエスト1つこなすのも命懸けとの事。
未だに始まりの森にいる俺には、まるで関わりは無いけどね?
「確かに治安は悪いね、こっちは常に4人以上で動き回ってるから襲われる事はまず無いけど。注意はしてるよ、それこそスタートの街からね」
「それより困ってるのは、武器や装備の良品を揃える事かなぁ? 中間の街のお店でも、なかなか良いの売ってないんだよねぇ……」
「そうだね、街自体は造り込まれて感心するレベルなんだけど……ゲーム的な部分に関しては、色々と不満のある造りかも知れないなぁ。
それほど大きな街じゃないんだけど、安全かつ快適に行動出来るエリアは限られているからね。さすがふるい落としが前提の限定サーバだよ」
ふむふむ、バーチャル世界の街並みなんて、俺は見た事も味わった事も無いんだけどな。これほど言われると、是非じっくりと堪能してみたくなる。
どちらにしろ、こちらも始まりの森を脱出するのはもうすぐの予定。今日か明日か、その位で実行出来てしまうので近い未来には違いないかな。
果実も予定数以上集まってるし、変なイレギュラーが無い限りは平気な筈。琴音を待たせ過ぎるのも良くないし、弓矢修行も無事終える事が出来た。
師匠の免許皆伝も貰えたし、何より卵から仔竜が孵ったのでファーも思い残す事は無い筈だ。知り合いになった精霊ラマウカーンや師匠とのお別れは寂しいが、これも仕方のない事。
――何せ1か所に留まっていては、お話が進まないからねぇ……。




