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疫病

……………………


 ──疫病



 西川軍が国境へと軍を進めたのと同時期。


 岩陽の村々にて異変が起きていた。


「ここもか……」


「全滅とは」


 ある20名あまりの村人が暮らす村落を訪れた武士たちが呻いていた。


 彼らの前に死体となり、腐敗し、ハエが群れた民家の光景だ。村人全員が死んでいる光景を彼らはここで見ていた。


「これもやはり例の疫病なのか……?」


「そうとしか考えられない。御屋形様にお知らせせねば」


 岩陽国に襲い掛かったもの。それは疫病だ。


「菅沼様」


「おお、紅葉。調べて来たか?」


 西川軍が岩陰への反転攻勢の準備を進めていたとき、紅葉が知らせを届けに来た。


「はい。やはり疫病は兵糧を輸送する経路の村々や兵糧を補給する村々で発生しています。これは意図的なものと思われます」


「ふむ。白姫の手によるものか……」


「生き残りの証言によれば疫病が発生する前に怪しい僧が訪れたとのこと」


「僧が?」


「はい。岩戸衆はその僧を追っています」


「分かった。このことを橘殿たちにも伝えよ。その上で紅葉、お前は橘殿たちとともに行動せよ。白姫配下の物の怪の仕業ということも考えられる」


「畏まりました」


 そして、疫病の知らせが橘たちにも届いた。


「なんと。疫病が流行していると? それも兵糧を運ぶ経路で?」


「ええ。菅沼様も案じておいでです。物の怪の仕業かもしれないと」


「絹御前殿や又坐衛門殿、そして小市太郎殿に聞いてみよう」


 橘は紅葉から知らせを受けて物の怪たちに話を聞くことに。


「絹御前殿たち。疫病を引き起こす物の怪について心当たりはあるだろうか?」


「疫病、ですか」


 橘がそう尋ねると一時的な宿場としていた国境付近の武家屋敷に集まっていた絹御前たちが首を傾げる。


「岩陽にはそのような物の怪はおりませんが」


「もしや、疫鬼の仕業では?」


 絹御前が首を横に振るのに小市太郎がそう発言した。


「疫鬼とは?」


「堕落という名の鬼です。かつては神として祭られておりましたが、信仰が廃れた後は物の怪となりました。疫病を起こす疫鬼という物の怪に」


「それが白姫に付いたと分かるだろうか?」


「あれは我々物の怪の集まりには加わらぬものでしたから大百足の配下ではないと思われます。しかし、白姫に下った可能性は否定できません」


「そうか」


 小市太郎から有益な情報が聞き出せた。


「であるならば、我々はどのように対応すべきだろうか?」


「疫鬼の引き起こす病は治療はできないものだったはずです。ですので、疫鬼である堕落を討ち取らなければ被害は広がるばかりかと」


「まずは堕落の討伐か」


 そこで橘は紅葉の方を見る。


「紅葉。岩戸衆に堕落なる物の怪について調査を行ってほしい。どこにこの物の怪が潜んでいるか。潜んでいる場所が分かれば討ち取りに行く」


「はっ。すぐに調べ出します」


「頼むぞ」


 紅葉は岩戸衆のものたちに伝えに行く。


「しかし、やはり神が信仰を失い、物の怪になるということはあるのだな」


「物の怪も神も人にとっては自分たちとは違うものであり、異質のもの。それに向けられる感情が崇拝の混じった畏敬がただの恐怖かで、その存在のありようは変わるものなのですよ、橘様」


 橘が堕落の話を聞いてそう感想を抱くのに絹御前がそう言った。


「橘殿。疫病が流行っていると聞いたが」


 そこで椎葉が姿を見せた。


「椎葉殿。そなたは疫鬼という物の怪について聞いたことはあるか?」


「ああ。明にもそのような物の怪がいたが。まさかその物の怪が現れたか?」


「そのようだ」


「ふむ。物の怪の引き起こす病はこの世の理に反している。よってこの世の理そのものである医術で治療するのは難しい。厄介だな」


 橘の言葉に椎葉がそう考え込む。


「しかし、疫鬼を捕らえれば治療法に関する情報が得られるかもしれない。もし、疫鬼と戦うのであれば私も同行しよう」


「それは助かる。是非とも頼もう」


 それからは岩戸衆からの知らせを待つ日が続いた。


 疫病が白姫によって意図的に引き起こされたものならば、軍が前進したところで疫病に襲われたら、疫病と白姫軍という二正面作戦を強いられる。


 そのため西川軍は国境で足止めされてしまっていた。


「暇だな。さっさと進めばいいものを」


「まだ疫病というものの正体が分からないからいかんともしがたいのだろう。姿の見えない存在というのは恐ろしいものだ」


 黒姫が武家屋敷で酒の杯を傾けながら愚痴るのに橘がそう応じた。


「まあ、お前を信頼しておいてやる、橘。お前は約束を果たしたからな」


「冥府山のことか?」


「そうだ。お前は守ってみせると言って実際に守った。そのことを評価しないわしではない。お前のことは他の人間よりも信頼してやるさ」


「それは光栄だ」


 いちいち勿体ぶって言う黒姫に橘は苦笑い。


「ほら。酒に付き合え。わしだけ飲んでいてもつまらん」


「分かった、分かった。付き合おう」


 橘は黒姫が突き出したひょうたんから酒を注ぎ、一気に呷った。


「いい飲みっぷりだ。酒の飲み方でその人間の性格が分かるというものよ」


「そうなのか?」


「ああ。わしが言うのだ。間違いない。わしはお前よりずっと長く生きているのだぞ」


 黒姫はそう言ってけらけらと笑う。


 しかし、不意に笑いを止めて真面目な表情で橘を見た。


「なあ。お前は白姫への復讐を果たしたらどうするつもりだ?」


「分からん。前にも言ったが他に成すべきことがあるわけでもない。それに復讐を成し遂げられる見込みもまだないのにその後のことを考えるのは」


「そうだな。わしもこれからどうしたものか……」


「お前は神として生きていけばいいではないか」


「神として生きるというのは存外退屈な話なのだぞ?」


 黒姫はそう言って再び酒の杯を空にした。


「明日のことは明日考えればいいとは言うたものだが、まさにそうするしかなさそうだ。今は何を考えても絵に描いた餅よ」


「まずは白姫を討つ。全てはそれからだ」


「ああ」


 橘と黒姫は静かに酒の杯を重ね、ふたりの時を過ごした。


 それから数日後に紅葉から報告が入った。


「堕落なる僧を見つけ出しました。岩陰にある腐毛寺なる寺まで追跡しました」


「そこに潜んでいるのか?」


「恐らくは。まだ確認できません」


「だが、いつまでも待っているわけにもいかん。疫鬼を討ちに行こう」


「はっ!」


 橘たち堕落を討つために軍を進める許可を得るために西川の戦陣に向かう。


「西川殿。疫病を引き起こしている物の怪を見つけたと知らせを受けました。これを討ちに行く許可をいただきたい」


「なんと。分かったのか。ならば、討たねばならんな。任せていいだろうか?」


「是非」


「では、火竜衆と物の怪を率いて討ち取ってきてくれ、橘殿」


「承知」


 そして、橘たちは西川軍に先駆けて岩陰へと入った。


……………………

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