9剥き目・王
我輩は王である。名前はまだ無い。
冗談である。立派だが長ったらしい名前を持っている。
まあ今はそんな事はどうでも良いのだ。
今問題なのは目の前の童だ。
ミッテル領の領主タメラン、その養子が他の追随を許さない神童だという噂は予てより聞いていた。
いきなり手紙が来たと思ったら、我の足枷になっていた連中を一網打尽にできるほどの不正の証拠を出して、領地をお返ししますと来た。
義理の家族と犯罪者共の首もおまけにつけて、だ。
不正の証拠を見た我もその横領金額に目を疑った。
領民からの不満は前から多いと思っていたが、そういう規模の話ではなかった。
まさに金の亡者だったのだろう肥満の貴族は、養子に迎えた5歳の童に復讐され、今や首だけになってしまった。
しかしこれほどに不正を働いていればさぞ懐は暖かかっただろう。
早めに財を差し押さえるために早馬を飛ばし、ついでに使者のふりもさせてこの5歳児と協力したメイドを城へ呼び寄せた。もちろん屋敷から遠ざけるためだけでなく自分でもその人となりを見極めるためだ。
まず驚いたのがその容姿。
まるで天使でも降りてきたかの様な恐ろしく――そう、本当に恐ろしいと感じるほどに――整った顔。その割に珍しい黒髪黒目は見ているとこちらの意識すら吸い込んでしまいそうなほどに怪しい輝きを放っている。
次に驚かされたのはその言動。
本当に5歳なのか?幻術の方がまだ現実味がある。
謁見の間に入ってきて最初にすることが、その造りに目を見張るでもなく雰囲気に飲まれるでもなく、その場にいる人間の把握とは大人でも難しいというのに。
それに見合うように大人びた口調で、幼い声を発する違和感。
話せば打てば響く鐘のようにつらつらと言葉を紡ぐ。
宰相ブルータスの探りにも顔色一つ変えずに、言質を取らせない。
そして行動力。
話が本当だとして、1歳から機を狙い成し遂げてしまった復讐、そして隠された財の咎められないギリギリの額の確保。
障害を全て無き者にと言ったあの言葉。国王の前で下手をすれば反逆罪と言われても言い逃れできないが、誰もがあの5歳の童に呑まれていた。
無論ハッタリ半分の発言だったのだろうが、それでも我は確かにあの童の底に眠る悪魔を見たのだ。
それに引き連れている従者もあれはあれで問題だ。
ニーナ・チェルニー、幻霧の黒兎と言われた兎人族の凄腕冒険者だ。
数年前のシュド連内紛で里を追われたと聞いていた。冒険者ギルドでかなり重宝された戦力だったから、その助けもあってなんとか国外に逃れたと言われていたが、まさか我が国にいるとは思わなんだ。
ここまで来て認識阻害をする徹底ぶり。ユーリが微妙に気にしている素振りを見せなければ我とて気づかなかったかもしれぬ程の手練。
そんな実力者が何も言わずに従っている時点でユーリの実力もそれ相応という事だろう。従者が勝手に従っているのであれば、主であるこの童にもう少し幼さというものが残っていてもいいだが、そういった点は見つけられない。
「クックック、フフフ、フハハハハハハ!よかろう!そなたの言、信じるとしよう」
我の威圧にも耐えきる豪胆さ、誠に天晴れ!
思わず笑ってしまったわ!
しかし褒美を断るとはな・・・。領民の恩を着せて領主にしてみるのも面白いと思ったが、まさかバレておったかな?
まあ本人も言うとおりまだ5歳の童、面倒に思ったのかもしれん。
いや5歳で領地の運営を面倒と思う方が異常だな・・・。
結局ユーリは何ももらわずに5歳児らしからぬ所作で礼をして優雅に堂々と出て行った。
「やられましたな」
隣でブルータスが我にだけ聞こえるようにそう言った。
「やられたとは?」
「まずは隠し財産の件ですか・・・、どうやって隠したのかは知りませんが、確実に持ち出したでしょう。それで罰する気はありませんが言い負かせなかったのは少々悔しいですよ」
「焦りの一つでも見せれば可愛いものを、な」
「はい、次に領地ですね。私としては領地を任せたかったのですが・・・。今かなり芋づる式に不正が見つかっていますので、領地の運営まで手を回すとなると私も陛下もかなり多忙になりますよ?税収の時期が終わってるのが救いでしょうが、それも機を図ったのでしょうね・・・。末恐ろしい子供です」
ブルータスが苦笑気味にそう言った。
ここに二人だけだったなら迷わず地に膝をついただろう。何せ今が忙しくないわけではないのだから。
この宰相とはそれくらい長い付き合いだ。
「確かにそれはやられたな。部屋は用意してやったのか?」
「謁見の準備に使った部屋をそのまま使って良いといったのですが・・・部屋はいらないといわれまして」
「いらないだと?何故だ?金を取られるわけでもなかろうに」
「はい、それも申し上げ、別の質のいい部屋にしましょうかと尋ねても見ましたが、城には泊まらないの一点張りでして」
警戒するのはわかるが、そこまで用心することか?とも思ってしまう。
確かに、あれをただの5歳児と侮って取り入ろうとする輩もいるだろうし、過激な者となれば暗殺もありえなくはない。
が、それを企てて実行し成功までとなるとかなり確率は下がってくるのだが・・・。
いや、あちらにしてみれば、我ですら警戒の対象となるのか。
味方のいない城内よりは外の方が安心できるかもしれんな。それに何か見せたくないことがあるならそちらの方がいいのだろう。というか確実に秘密はある。5歳ということをものともしないような大きな秘密が。
でなければ復讐を果たすことなどさすがにできないはずだ。
探りを入れたほうがいいな・・・。
そう思ってブルータスに声をかける。
「後をつけさせておけ」
「既に手配してあります」
相変わらず仕事早いな。だがこれで何かしら情報は入るだろう。
我がよくやったと頷くと、ブルータスもまだ不安げな表情を残しつつも頷き返す。
「ユーリ・・・か」
意味もなくあの童の名を呟いた。
我ながら珍しいことだ。
これほどまでに興味をそそられる人物など今までにそういなかった。
あの智謀にあふれる眼がそうさせるのか、時間をとってじっくりと話してみたいとも思ってしまう。
今や平民と王という身分の差でそれもかなわない願いとなってしまったかもしれないが、それでもそう思うのだ。
またいつか会おう。
その言葉は口には出さず、心の中に留めておいた。
そうしておけば、本当にまた会えるような気がしたのだ。
勘はいいほうだからな、きっと、またいつか。
さてそろそろ私室に戻ろうかと腰を上げた時、ブルータスがハッとした顔で固まった。
普段から冷静さを崩さない男がこうもあからさまに動揺しているのは珍しく、心配になる。
「どうした?」
「そ、それが・・・見失った、と」
「なに?」
「影達が、ユーリ及びその従者を見失いました。詳細は後ほど」
まったくユーリには驚かされる。
影は国家の闇とも言われる暗躍組織で、手段さえ問わなければ近衛騎士とも渡り合える実力者達の集まりだ。
その影がこの短時間で見失うほどの存在。
だがこれは逆に一つの情報だ。それほどの能力はユーリかあの従者が有しているという情報。存外価値は高い。
後から私室で聞いた話では、死角に入ったところを追いかけたら忽然と消えていたという。
誘拐の可能性もあったが、あの従者ですら町のチンピラにどうこうできる相手ではない。
そうなるともう一つの可能性、魔法。
何かしらの幻術を使ったのだろうか?
詳しい話を聞けば聞くほど、転移魔法の存在が頭をよぎるがまさか・・・。
ユーリならそのまさかもありえると思えてしまうのが嫌なところだな。
まあこれでいいのかもしれない。
いずれ彼が大人になるにつれてその名は必ず聞こえてくる。
その時まで敵対しなければ、ユーリは敵にならない。
先ほどの謁見でもそう言ったのだから。
次にユーリが目の前に現れた時、敵対していないことを祈ろう。
王の名前を作者が考えてないのは事実ですw
ニーナは国の上層部なら似顔絵と情報は知ってる感じですかね。