第48話 家族と一緒に
(夫に隠れて戻るなんて、性に合わないけどさ)
夫に隠し事はしない。
夫の言うことを信じる。
それが愛だと思ってきた。
しかし、その夫の娘。
あの娘は、たぶん、リリアーヌだ。
たった半年見ない間に、なぜ急に大人の姿になっているのかは分からない。
その彼女が、父親アロフィスの本当の姿を見ろと言っていた。
家畜小屋の裏手に回りこみ、板壁の陰から収容所をうかがう。
男たちは縄で数珠つなぎにされ、すでに柵の外へ引き出されはじめていた。
柵の内側の広場では、女たちの検分が進んでいる。
若い女ばかりが集められ、アロフィスが指さした者と、そうでない者とに分けられていく。
一人の少女が、声を上げた。
「私たちは奴隷じゃありません! スラムの住人です! お父さんとお兄ちゃんを連れて行かないで!」
「勝手な口をきかないように!」
傭兵が、剣を突きつける。
「ひっ……!」
アロフィスが振り向いて、口を開いた。
「元々スラムの住人……となると、残念ながら奴隷として扱うことになる。だが、心配しなくていい。食糧も寝床も保証するよ」
「あ……! でも、家族と離れちゃうのは嫌です!」
「ふむ、では、君がしばらく大人しくしてくれるなら、家族と一緒に暮らせるようにしよう。他のみんなもそうするから、今は黙って従ってくれないか?」
女たちの目が、輝く。
「はい! ありがとうございます!」
女たちは傭兵の指示に従い、粛々と動きはじめた。
傭兵が一人、アロフィスに歩み寄って、声を落とす。
追跡者の耳は、ひそめた声も拾う。
「本当に家族と一緒にするんですか? 労役のできる男奴隷どもは神聖国に送る手はずでは……?」
「ああ、そうだったね。聖騎士を助っ人に呼ぶ見返りが必要だったか。うん、そのまま、送ってしまって構わないよ」
「はっ! では、このまま引率してきます」
「ああ、これ、駄賃だ」
アロフィスは、懐から金貨を出した。
「こ、こんなに。いいのですか?」
「ああ、君が頼りだから。よろしくね」
傭兵は、男たちの列の先頭へ戻り、声を張り上げる。
「よし、男たちは、先行する。あとで家族と一緒にするから、騒がず従うように!」
(この人たち、奴隷じゃなかった……。なのに、奴隷にするっての?)
板壁の陰で気配を殺したまま、ゼフィーラの背中が冷たくなる。
少女の悲痛な声。夫アロフィスの、女たちへの約束。その舌の根も乾かないうちの、耳打ち。
頭を殴られたような衝撃だった。
『あの人の部屋から、動かなくなった女の人が運び出されるのを見ました』
リリアーヌの声が、耳の奥でよみがえる。
好色な男なのは、知っている。
それでも夫は、彼女がかつて憧れた、正義の英雄でもあるはずだった。
少し様子を見てから、夫の前に出ていくつもりだったのに。
ゼフィーラは、その場から一歩も動けずにいる。
◇
高台の屋敷。保育棟の広間に、甘い匂いが満ちていた。
「お風呂なんて初めてだったー」
「こんな綺麗な布、触っていいの?」
湯上がりの子供たちが、真新しい服の袖をそっとつまみながら、長い卓に並んでいる。
その前に立つのは、ドゥルセ菓子店の店主セシリア。
金髪をローシニヨンにまとめ、大皿を手にほほえむ。年の頃は、二十代の半ばほど。すっと伸びた背筋も、皿を置く指先も、菓子職人というより、宮廷の絵から抜け出してきたかのよう。
「うふふ、冷たいうちに召し上がれ」
セシリアが皿の縁に指を添えると、白いケーキの表面に、うっすらと霜が降りる。
ひやりとした空気が、子供たちの頬をなでていく。
ひと口食べた子が、目をまんまるにする。
「つめたい! あまい!」
「お菓子の女神様だー!」
子供たちが、わっとセシリアに群がった。
「あらあら」
広間の隅で、リリアとロッタ、メイド長の三人が、その様子を眺めている。
卓の端に、あの女の子がいる。
膝の上の一番小さい子に、ケーキを小さく切っては運んでいる。自分の皿は、まだ手つかずのままだ。
女の子が、胸もとから皺だらけの紙を取り出す。ていねいに四つに畳んだ、包み紙。
それを手に、セシリアを見上げて。
「女神様。お菓子の妖精さんの、言う通りだったよ」
「あら? 妖精さん?」
ロッタも、首をかしげる。
「へ? お菓子の妖精さんって、なんだろ?」
「あ、あはは……」
セシリアの目が、ちらりとこちらを向いた気がする。
笑い声が、広間に戻っていく。
リリアは、子供たちの頭を目で数える。
「みんな、沿岸区に残ってくれればよかったのに。かなりの人数を、外の収容所で見ました」
メイド長が、帳簿をめくりながら口を開く。
「ええ。ここには、貧民街の住人すべてを受け入れるだけの器を用意してあります。……ただ」
「?」
「出て行った人たちを取り戻すだけの武力は、まだこちらにもありません」
「……兵が、足りない?」
「簡単にいえば、そうです。……水面下の攻撃を、完璧に防ぐことが最優先ですから。まだ、外には回せない」
「外にいた騎馬傭兵隊、かなりの手練れでした。ゼフィーラさんも」
「ええ。遠征中のメイ様が、募兵しながら戻ってこられます。そうしたら——」
メイド長は、帳簿を閉じた。




