第十九話『交わり始めた二つの世界』
見えない世界は、確かに存在する。
だがそれが、
こちら側へと溢れ出したとき――
世界は、もはや元には戻らない。
レオンは海へと飛び込んだ。
冷たい水が全身を包む。
光は徐々に消え、深い青へと変わる。
さらに潜る。
さらに深く。
圧力が増していく。
だが、彼は止まらない。
「……ポセイドン」
声は水に消える。
ただ、進む。
時間が過ぎる。
十分。
二十分。
そして――一時間。
海の底。
暗闇。
静寂。
何もいない。
気配すらない。
レオンは目を細める。
「……いない」
違和感。
あれほどの存在が、痕跡すら残さない。
それは――異常だった。
彼はゆっくりと浮上する。
光が戻る。
海面に出る。
大きく息を吸う。
岸では、皆が待っていた。
ナンドが手を振る。
「おい!どうだった!」
レオンは首を振る。
「……何もいない」
レニが眉をひそめる。
「は?」
ララも困惑する。
「そんなはず……」
ジラが静かに口を開く。
「……やっぱり」
全員が彼女を見る。
ジラの目は冷静だった。
「今起きてる問題は、“物理”じゃない」
沈黙。
「“霊的なもの”」
風が吹く。
「ヴェールが裂けたって言ってた」
彼女は続ける。
「つまり、今……二つの世界が重なり始めてる」
ナンドが呟く。
「精神世界と現実が……か」
ジラは頷く。
「人間は弱い。完全に乗っ取るには器が足りない」
レニが腕を組む。
「だから中途半端な“影”なのか」
「そう」
ジラの声は確信していた。
「彼らは今、完全にこちらへ来る方法を探してる」
沈黙。
レオンの目が鋭くなる。
「完全に来られたら……」
ララが続ける。
「もう止められない」
その時。
ナンドが遠くを指差す。
「……おい、あれ見ろ」
全員が振り向く。
海の向こう。
一つの場所。
時間が止まっている。
風が動かない。
波が揺れない。
空気が歪んでいる。
ジラが呟く。
「……また来た」
レオンは歩き出す。
「行くぞ」
――宮島。
海に浮かぶ大鳥居。
本来なら美しい景色。
だが――
完全に止まっている。
空も、海も、すべてが。
ララが息を呑む。
「……ここも」
その瞬間。
人々がゆっくりと動く。
いや――
“動かされている”。
目が黒い。
影が足元から滲む。
レニの炎が揺れる。
「またかよ」
影が一斉に襲いかかる。
「来るぞ!」
ナンドが前に出る。
拳が唸る。
レオンは剣を抜く。
光が走る。
「救うぞ!!」
戦いが始まる。
ナンドが一撃で影を吹き飛ばす。
レニの炎が広がる。
ララが指示を出す。
「殺さないで!分離させて!」
ジラの力が発動する。
影と人間を引き剥がす。
悲鳴。
解放。
一人、また一人と倒れる。
影が霧のように消えていく。
レオンが最後の一体を斬る。
静寂。
風が戻る。
波が動く。
時間が――再び流れる。
人々が目を覚ます。
何も知らないまま。
ナンドが息を吐く。
「……毎回これかよ」
ララが小さく言う。
「でも……助けられた」
ジラは空を見る。
「まだ終わってない」
レオンは何も言わない。
ただ、目を閉じる。
その時――
内側で。
“何か”が笑った。
――ククッ……
カイロス。
その笑みは、静かに広がっていた。
第十九話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は「物理ではなく霊的な問題」という核心に触れる回でした。
物語は今、
“見える敵”から“見えない侵食”へと変わっています。
そして最後に現れたカイロスの笑み。
それが意味するものは――まだ明かされていません。
次回は、さらに深くこの異変の本質へと迫ります。




