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俺のけじめ(3)

けじめをつけると決心をした日から数日後、俺の携帯に一件の不在着信があった。


俺の携帯のアドレス帳に登録されていない携帯番号。

当然その番号に見覚えがあるわけでもないが、俺はそれに心当たりがあった。


「…工藤里沙」


確信などないが、この番号の持ち主は工藤だと感じた。


俺の連絡先を知られたことは面倒なことかも知れないが、かえって好都合だ。わざわざ向こうの連絡先を調べる手間が省けたのだから。


俺はその番号に迷うことなくかけ直した。


―プルルル プルルル…

『…あら、わざわざかけ直してくれるなんて案外律儀なのね。ねえ爽馬』


「…人の個人情報を勝手に漁った奴が何言ってる。工藤、お前随分と余裕そうだな」


通話の相手、工藤里沙はは悪びれる様子もなく、悠然とした態度で語り始めた。


『ふふ、プライバシーの侵害だなんて言うつもりかしら?まさかそんなつまらない話をするために、わざわざかけ直してくれたわけじゃないんでしょう?』


そうでしょ?と一人愉しそうに話す工藤はまるで嬉しさを隠しきれずにはしゃぐ幼い子どものようだ。


その隠しきれていないものが子どものように純粋な気持ちからくる嬉しさ、というわけではなさそうだが。


『ねえ爽馬、あたしはずっとあなたに会いたかったの。あたしの気持ちは昔と変わらないわ。あなたが好きなの』


―好き―


工藤のこの言葉に込められているものは俺への素直な気持ちであるのか、それとも何か違う意味を含ませているのか。


どちらにしろ俺の答えは決まっている。

昔も今もその答えに変わりはない。

変わりがあるとするなら、それは答えの理由だけだ。


「工藤、率直に言う」


ふうと短く息を吐き、一気に言葉を出そうとしたその時。


『分かってるっ!』


今までよりも少し大きな声で叫ぶようにして俺の出鼻をくじく工藤。


『分かってるのよ…爽馬の気持ちは。…今爽馬に彼女がいることも知ってるわ。…ねえ爽馬』


工藤は叫ぶような声から急にふっと力を抜いたように落ち着いた声へと調子を変えた。


『爽馬がうんざりしていることも分かってるの。だからここで終わりにしようと思って連絡をしたの』


工藤は言葉を続ける。


『ただ、一度ちゃんと会って話がしたいの。お願いよ爽馬。これで終わりするわ。だから』


「…本当に終わりか?」


俺は工藤の『終わりにする』という言葉に食いついた。


まさか工藤からその言葉を聞くとは思ってもみなかったが、本人がそう望んでいるのなら話は早い。


『ええ、あたしは本気よ。もうこれ以上あなたに迷惑はかけたくないの』


工藤の言葉をすんなりと信じることに抵抗はあるが、これで本当に全てが終わるというのなら…。


「…分かった。ただし一度きりだ」


元はといえば、今回の件が起きた原因は俺自身にある。必ず事態を終息へと向かわせるとともに、きっちりけじめをつけなければならない。


昔の俺が工藤に付きまとわれたくないが為にしたことを思えば、たかが一度会うことぐらいどうってことはない。


『ああ爽馬!ありがとう…。断られたらどうしようかと思ってたの。良かった…本当に良かった』


「…で?会うのはいつだ?」


『そうね…爽馬は日曜日が休みの日はあるのかしら?』


日曜日…。

確か再来週の日曜なら休みだったはずだ。


「日曜に休みになるのは再来週だ」


『再来週ね。分かったわ。時間と場所はまた連絡するわ。あなたにまた会えるなんて…人生捨てたものじゃないわね。ねえ、爽馬』


工藤のそれじゃあまたの言葉で、やりとりの時間が必要以上に長く感じた電話がやっと終了した。



…ふう。

どさっ


全身から力が抜けていくのを感じながらソファーに自分の体を預けた。


少し固めのソファーが俺の体を受け止める。


電話のやりとりの間には気が付かなかったが、思っていた以上に気を張っていたようだ。



とにかくこれでようやく終わる。



けじめをつけると決めた日から今日までの数日間、俺は昔の友人やそのまた友人などの協力を得て工藤里沙についての情報を出来る限り集めた。


プライバシーの侵害だなんて俺も工藤のことを言ってはいられない。


大学進学とともに地元を離れて都心で一人暮らしを始めたこと、大学卒業後はそのままそこで企業に就職をしたこと、たまに休日を利用して地元に帰ってくるということ、そして―――



「俺を探していた…か」



どうやら工藤里沙は今年に入ってから俺に関する情報を集め始めたようだ。


現在俺がどこに住んでいるのか、どこで働いているのか、何か大きく変わったことはないか、そして恋人がいるのかどうか…。


工藤はそうして真奈の存在を知ることになったのだろう。これは俺の憶測でしかないが、恐らく工藤は俺と真奈の仲を引き裂こうとしている。


その理由が俺に対する復讐のつもりなのかどうかまでは分からないが、工藤と会うその日まで用心するにこしたことはないだろう。


再来週の日曜日までの間に工藤が真奈を傷付ける可能性はないとは言い切れないのだから。



工藤の行動心理やこれから起きる可能性のある事をいくら考えても、結局は全て俺の勝手なあて推量であって確実性などない。


こういう時こそ予知能力のような超越した力があればな、なんていう非現実的な考えが浮かぶようになったのはどこかの誰かさんの影響なんだろうな。


まあ、そのどこかの誰かさんは予知能力に加えて空飛ぶ能力も欲しいっ、あとなんかビーム出したい!!なんて言い出しかねないが。



工藤がどんな手を使ってこようとも、俺は必ず俺の大切な誰かさんを守る。


あの子を傷付けさせたりはしない。それこそどんな手を使ってでもだ。

あの子が、真奈が安心して俺の隣で笑っていられるように―――。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






工藤から直接連絡があった日から約束の日までの間に、工藤が真奈に接触することも、必要以上に俺に連絡をしてくることもなかった。



そして迎える約束の日曜日―――




工藤との待ち合わせは午後1時に近くの駅ということになっている。


日曜日の今日は本来なら真奈は和菓子屋でバイトをしているのだが、今日は何が起こるか分からないので念の為に休みを取ってもらい、優璃に真奈を一日預かってもらうことにした。


「真奈、何時に戻ってこられるかは分からないが、終わり次第迎えにくる」


いつになく不安そうな表情で俺を見つめる真奈。

濁りない綺麗な黒の瞳には不安の色が混じり込んでいる。


その不安を少しでも和らげたい。


俺は小柄な真奈の目線に合わせるようにして少しかがんだ。


「真奈、大丈夫だ。俺は必ずお前を迎えに帰ってくるから」


「そう…」


「だからお前は俺を信じて待っていればいい。絶対にお前を一人にはしないから」



な、とぽんぽんと彼女の頭をゆっくり撫でながら優しく言い聞かせた。


「そうま~」


真奈は俺の胸に飛び込んでぎゅっと俺のシャツを握りしめた。


「絶対にぜーったいに帰ってきてね!私ちゃんと良い子にして待ってるからね」


そう上目遣いで威勢良く発する真奈。


「私ね、そうのことが大好きだよ。だから信じろなんて言われなくても最初から信じてるもん」


ぎゅっとシャツを握りしめる手にさらに力がこもった。


「そりゃやっぱりちょっとは不安だったけど…。

でも大丈夫だよ。今の言葉聞いて安心したの。だってそうは嘘つかないもん」


えへへと無邪気で可愛らしい笑顔で嬉しい言葉をくれる俺の彼女。


もうその瞳には不安の色なんて少しも混じりこんではいなかった。


「真奈、ありがとな」


ぎゅっとその小さな体を抱き締めて、真奈の額に優しく小さなキスを一つ落とした。


「ふえっ!…へへ」


抱き締めたことと小さなキスに驚いた様子の真奈は、恥ずかしがりながらもなんだか幸せそうな表情を浮かべていて、それを見ているこっちの方が何倍も幸せだと感じる。


「…あのー…ちょっとー、そこのバカップルー」


つかの間の至福の時間に浸っていた俺達は優璃の呼びかけによって現実世界へと戻された。


「あのねー、イチャイチャするのもいいんだけどさ、一応人前だってことを忘れないで欲しいのよね。ていうか今は優先事項があるんだから、そっち終わらせてから家でたーっぷりとイチャついてよねぇ」


まったくもう…と半ば呆れ顔の優璃に対して

ごめんなさいとしゅんとうなだれる真奈。


そしてその真奈を慰める宏樹。


「っておまっ、宏樹!?お前いつの間に来たんだよっ」


「えっ?ちょちょっとっヒロ!あんた本当にいつ来たのよ!?」


「うう…ヒロさーん」


ばくんばくんと心臓の鼓動が無駄に早まったのは、どこからともなく急に現れたこの赤茶頭の馬鹿親友のせいであることは明らかだ。



「いやさ~実はさっきここに着いたんだけど、そうちゃんたら真奈ちゃんにデレッデレで出づらかったんだよねぇ。

ほらほら落ち込まないで真奈ちゃん。ゆうりんは優しいけどすっごく怖いよね~」


「ちょっと!怖くないわよっ」


宏樹は優璃の反論を聞き流しながらよしよしと真奈の頭を撫でて慰めている。


「で、お前はどうしたんだ?」


俺はその光景を少し複雑な気持ちで見ながら宏樹に問いかけた。


「ん?いやー、ゆうりんはレストランの仕事があるから真奈ちゃんのことずっとは見てられないでしょ?

だから俺もゆうりん家で真奈ちゃんと一緒に遊ぼーっと思ってさ。それに…」


宏樹はふっと真奈から離れて俺の耳元でいつもよりも低い声で言葉を続けた。


「…なんか変な虫がたかってくる気がしてさ。男の俺がいた方が心強いでしょ」


「…」


変な虫…か…。

工藤里沙なら何かを仕掛けてきてもおかしくはかい。

むしろ今までに何もなかったことの方が怪しく思える。


「とっ!いうことでー。今から決戦に向かうそうちゃんを見送ろーぜいっ」


くるっと女性陣の方に向きを変えた赤茶頭はいつものおどけた調子でそう声をかけた。


「そうね。早くしないと約束の時間に間に合わなくなるわ。

そう、きっちりとけじめをつけて帰ってくるのよ」


凛とした瞳のレストランのオーナーは、茶色のボブを微かに揺らしながらを右の拳をぐっと突き出した。


ああ、必ずけじめをつけてくるさ。


「よっし!そう!お前は目の前のことをしっかりと片付けてこいっ!

あとのこまかーい事は俺に任せとけ☆」


パチッと切れ長の瞳でウインクをした赤茶頭の親友は、俺よりも少し大きな右拳を突き出した。


お前には感謝してもしきれないな。

頼りにしてる。


「そうま」


可愛らしい声で俺の名を呼ぶ真奈。


「私、ちゃんと待ってるよ。…気をつけてね。

行ってらっしゃい」


真奈はくりっとした目で俺を見つめて、綺麗な黒髪から香るふわりとした甘い香りとともにすっと両手を出した。



おう、行ってくる。


俺は自分の右の拳で優璃と、左の拳で宏樹のとぶつけ合わせた。


そして最後に真奈の両手を俺の両手で優しく包んで微笑んだ。


「じゃあ、行ってくる」

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