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俺のけじめ(1)

「爽馬!あなたを本当に幸せにできるのはあんなお子様じゃなくてこのあたしだってこと何で分からないの!?」


ふんわりと巻いた栗色の髪も控えめで上品なピンクのワンピースも何もかもが取り繕ってあるだけの女には、どんなものにも汚されない綺麗な心を持つあの子に匹敵するわけがない。


こいつの相手もいい加減うんざりだ。


全てを終わらせて今すぐにでもあの子に、俺の大切な真奈に会って力いっぱいに抱き締めたい。


ふうと短く息を吐き、これまでのことに決着をつけるため、目の前で半ばヒステリックになっている栗色の髪の女に一歩、また一歩とその距離を縮めていった―――。







――――――――――――――――――――――――――――――――約一ヶ月前、7月半ば。




「で、俺は真奈ちゃんがバイト終わるまでの埋め合わせっつー名誉ある役なわけか」


なるほどねとウンウンと満足気に頷き一人で納得している赤茶頭の男。


「お前が珍しく飯奢るっていうから暑い中わざわざ来てやったんだ。本当なら真奈がバイト終わるまで家で寝てるはずだったんだからな。ありがたく思え」


そうのクーデレー!!とか何とか相変わらず一人でギャーギャー騒ぐ宏樹をほっといてメニューに目を通す。


猛暑だとか酷暑だとか今年の夏の異常な暑さを表現する言葉はいくつか存在するが、この男の鬱陶しさを的確に表現する言葉はないのだろうか。


「はあ…宏樹、ここはお前の家じゃないんだ。少しぐらい大人しくできないのか」


「ちょっ!それ俺がいつもうるさいみたいな言い方だなー。心外だぞ!し、ん、が、い!

確かにここは俺んちじゃねーけど第三の家みたいなもんだろー?なあ、ゆうりん?」


「いつからあんたの第三の家になったのよ。バイクオタクはガレージがホームでしょ」


清潔感のある白いエプロンを身に付けた小柄な女性は、勝手に決めないでよ…と呆れた顔をして水の入ったグラスを2つコトッと静かにテーブルに置いた。


このお店のオーナーであるゆうりんこと菅野優璃は、俺と宏樹と同じ中学校の同級生だった。


俺達2人は中学一年の頃から3年間同じクラスだったが、優璃とは中学時代一度も同じクラスになることはなかった。


にも関わらず何故か中学3年の頃からよく3人で遊ぶようになり、大人になった今でも連絡を取り合う仲にまでなったのだ。


優璃は落ち着いた茶髪でくりくりとした二重の丸い目と同じように丸みを帯びたボブがよく似合い、明るくサバサバとしていながらどこか凛としている俺達の大切な友人だ。


優璃の経営するこの小さな店『テゾーロ』は彼女の亡くなった父から譲り受けた大切な場所だ。


生前父が私達家族の為に守ってきたこの店を、今度は私が自分の手で自分の力で守り抜くんだと、俺達にその強い決意を打ち明けてからもう10年以上経つ。


父から受け継いだパスタの味を守りながらも創意工夫を重ね、今やパスタの美味しい店と評判になり女性客を中心にそれなりに繁盛している。


「それで?ご注文はお決まりになりましたか?」


この店のオーナーは手書き用の伝票でペシペシと赤茶頭を叩きながら注文を取り始めた。


「いてっ!!ゆうりん暴力反対だぞっ!っていうか客を叩くな!」


ぶーぶー騒ぐ宏樹にハイハイ申し訳ございませんお客様~と嫌味たっぷりに返事をする優璃。


もっと心込めろよーとさらに抗議する宏樹と心の底から楽しそうに笑っている優璃。


まったく、優璃ももう少し自分の想いに素直になれば自然と道も開くだろうに…。


優璃も優璃だが問題はこのバイクオタクだ。本当はとっくに気付いているんだろう、自分に対する優璃の気持ちに。


「はあ…」


「「何溜め息ついてんだよー(のよー)」」


息もピッタリのクセにお互いに何してんだか…。


「優璃、このテゾーロオリジナルパスタと生ハムサラダを頼む」




―――――――――――――――――――――――――――――――




「いや~やっぱゆうりんの作るパスタは旨いわぁ~!ほんと何万回でも食べたくなるんだよなあ」


美味いのは分かったから一口食べるごとにう~デリシャス!って言うのはやめろ。

目障りなうえに耳障りだ。おまけにせっかくの美味しいパスタの味も分からなくなりそうだ。


「その鬱陶しいリアクションとか中学の頃のまんまね~。あんた本当変わってないのね。

ていうか当たり前でしょ。誰が作ってると思ってんのよ?この可愛い優璃様が作った物が美味しくないわけないじゃない」


フフンと誇らしげに笑うオーナーの頬はほんのりと赤みがかかっていた。


そういう優璃こそ、その初めて恋を知った少女のように想い人を見つめる瞳も中学の頃から何一つ変わっていないのだが…。


「そういやそろそろ店の片付け始めなくていいのか?もう2時半だぞ」


この店は個人経営の都合上、午前の部と午後の部に分かれており、午前の部終了時間の3時まで後30分だ。


今から少しずつ片付けていかないと午後の部までに休憩も食材の買い足しも出来ないのではないか。



ん?もうそんな時間かあ~とコーヒーを飲みながら他人事のように言うオーナー。


「ちょっと早いけど今日はもう閉めるわ。あんた達しかお客はいないしね、ゆっくりしてきなよ」


「おい、おま「まじで!?俺達貸し切りじゃん!イェーイ!騒いで飲んでジャンケンポンだー!」


「…」


「あんたね~…騒いでもいいけど隣の暴君のかんに障らないように気を付けなさいよ」


優璃は苦笑い浮かべながら店のドアの外側にかかっている木製のプレートを『open』から『close』にくるりとひっくり返した。


「さーてと…そうだ、真奈ちゃん来月からうちでバイトしてもらうことになったから」


「!?ヴハッ!ッゴホッゴホッゴホッ」


「わあーっそうがコーヒー吹き出したーっ!!死ぬなそうーっ!ゆうりん救急車!消防車ー!!」


「ちょちょっそんなに驚かなくても!あとヒロうるさいっ!このくらいじゃ死なないし救急車も必要ないでしょ!…あんた消防車なんて本気で言ってるわけじゃないでしょうね」


ギャーギャー馬鹿騒ぎする宏樹と俺の背中をさする優璃。


真奈がここで働くだと…?


優璃は真奈に初めて会った時からあの子をテゾーロの看板娘にしたい!と言っていたがまさか本当に雇うなんて…。


そもそも真奈から今のバイトを辞めてテゾーロで働くなんて話は一度も聞いていない。


今朝のメールでもバイトが終わったら連絡するとしか言っていなかったのだ。


真奈のことだから言い忘れていたとかそんなところなのかもしれないが、ここでのバイトは何が何でも絶対に反対だ。


何故なら―…


「真奈ちゃんは可愛いし愛嬌もあるし絶対似合うと思うのよ猫耳メイド服!」


「真奈ちゃんがメイド!?そりゃ鼻血もんだわー!!やべ…俺毎日通うわ」


「宏樹!!…真奈に手出したらお前に未来はないからな。

優璃!!何度も言うようだがここで真奈は働かせない。大体なんで真奈の制服だけがメイド服なんだ。そんなふざけた格好真奈にさせられるか」


そう君こわーいと怯える馬鹿は完全無視して勝手に話を進めているオーナーを睨み付ける。


「ははん、要するにそうはメイド服の真奈ちゃんを他の男に見られるのが嫌なわけだ?

あ…それ以前に真奈ちゃんに男が寄り付かないかが心配なんでしょー?」


図星でしょとフフンと意地の悪い笑みを浮かべる優璃。


…まったく優璃の言う通りだ。


現在真奈が働いている和菓子屋は店員の年代層も客層も俺から見て比較的安心できるものだ。


だがこのテゾーロの客層は女性客が中心だが若い男性客もよく訪れる。


真奈は小柄で童顔のためよく中学生に間違われるが、彼女の無邪気で屈託のない笑顔を見て可愛がらない年上の男はいないだろう。


俺だってその年上の内の一人なのだから自分が証明というわけだ。


真奈に好意や興味を持つ男はもちろん、ただの店員と客としての会話さえも良く思えない。


彼女の笑顔が他の男に見られることも、彼女が他の男に丁寧に接することも本当は嫌で嫌で仕方がない。


こんな自分の独占欲にうんざりする。


だからといって真奈の行動を縛ろうなんてことは思わない。

彼女にも彼女の生活があるし様々な人と関わることで人はたくさんのことを学ぶ。


と、頭で分かってはいても避けられることは避けておきたいというのが本心だ。


今回のテゾーロの話もできれば避けたいが真奈がやると決めたのなら、彼女の意見を尊重して応援してやりたい。


ただ俺なりにお前を守らせてもらう。


「…分かった、真奈が自分で決めたことならもう反対はしない」


「覚悟決めたのね!あんまり独占欲強いと嫌われちゃうかもしれないものね~」


「おっ!!さっすがそうだな!やっぱメイド服は男のロマン゛ぐふっ」


ギャーギャーうるさい男の口をガシッと掴み黙らせてオーナーと交渉開始だ。


「メイド服は絶対に着させるな。もちろん猫耳もだ」


「「えーっ!!」」



カランカラン



宏樹と優璃の声が重なったちょうどその時、来客の訪れを知らせるドアのベルが店内に鳴り響いた。


「あ、申し訳ございません。本日の午前の部はもう終わってしまいまして…」


時刻は2時45分、午前の部終了にはまだ少し時間があるが店はもう『close』状態。


優璃が自分の気まぐれの犠牲者になってしまった運の悪い客の対応をしようと声をかけながら近付く。


「あのう、お客様?」


その運の悪い女性客はそれまで被っていた品のある白い帽子を脱いで、栗色のふんわりとした巻き髪を微かに揺らしながら微笑んだ。


!…まさか、こいつ…


「久しぶりね優璃。あたしのこと覚えているかしら」


「え?…もしかして里沙、工藤里沙?同じ中学だった…」


「そう里沙よ。良かった~覚えていてくれて嬉しいわ」


ニコッと微笑むその女性客の名前は工藤里沙、俺達3人と同じ中学校の同級生だ。


俺達の中学校はこの店からそう遠くはなく、中学時代の同級生がこの店を訪れることはそう珍しいことではないのだが。


「おい…そう、工藤里沙ってまさか…」


「…どうやらそのまさかのようだな」


工藤里沙、中学一年の頃に何かと俺を遊びに誘ってきていた女。


それが好意からなのか、ただの友人としてなのか、最初は多少困惑しながらも女子からの誘いに悪い気はまったくしなかったため、気持ちよく誘いを受けていた。


しかし一緒になって遊んでいるうちに、誰からも好かれる栗色の髪の優等生は腹の奥にどす黒い何かを隠しているということに気付いてしまったのだ。


その存在に気付いてしまってからは彼女に対する嫌悪感が生まれ、彼女からの誘いも断るなど極力関わりを持たないようにしていた。


そして中学卒業後、たまたま彼女と同じ高校に入るがもう関わりのない女。


高校から女遊びを覚えた俺は言い寄ってくる女はうまく利用していた。


俺に言い寄る女達に便乗したのか、中学一年以来何の関わりもなかったはずの彼女が再び俺に近付いてきたのだ。


高校での彼女はその可憐な容姿とお得意の純情演技で男子からの評価が非常に高かったのだが、俺は腹黒いぶりっこには興味もないし、はっきり言ってしまえば生理的に受け付けない。


言い寄る女は全て利用していた俺だが、当然工藤里沙だけは相手にしなかった。


だが工藤里沙は高校を卒業してからも俺にずっと付きまとっていた。


『…お前の望みはなんだ?どうしたらお前は俺の前から消える?』


『…あたしだけを愛してなんて言わない。一度でいいの。あたしを抱いて』


付きまとう彼女にうんざりしていた俺は、解放されたい一心で生理的に受け付けない女を抱いたのだ。


それ以来彼女からの連絡も一切なく、風の噂で彼女は他県へ引っ越したという話を聞いただけであったのだが…。


「あら、そこにいるのはもしかして…成嶋君、成嶋宏樹君じゃない?」


久しぶりねと巻き髪を揺らしながら笑顔でこちらに近付いてくる工藤。


俺はなるべく工藤と目を合わせないようにと2杯目のコーヒーを口にする。


…それ以上近付いてくるな。


「そーんなに渋い顔して飲んだらコーヒーの味も分からなくなるだろー?

ここのコーヒーも美味いんだからゆーっくり味わってろって」


ピンッ


「って!」


不意打ちのでこぴんに思わず舌打ちしそうになったが、俺の親友は瞬時に俺の内を読みとってくれたのだろう。


「…ああ、ゆっくり味わって飲ませてもらうよ」


ういういっとニヘラと笑うと宏樹は席を立ち自ら工藤に近付いていった。


「いかにもー!我こそは泣く子も黙る成嶋宏樹にありけるぞー」


手を広げて堂々と自分の名を叫ぶ頼もしき馬鹿将軍。


「ふふっ、成嶋君たら中学の頃と変わらず面白いのね」


「俺はずっと変わらないさー。いつまでも永遠にカッコイイからなっ」


フフフと楽しそうに笑う工藤を相手に宏樹が取り留めのない話をいくつかしたところで、その様子をぼんやりとつまらなさそうに見ていた優璃が口を開いた。


「あの…里沙?せっかく来てくれたのに悪いんだけど、午後の部に向けて片付け始めなきゃいけないんだ」


「あ、ごめんなさい。パスタが美味しいお店があるって聞いたからやって来たのだけれど、まさか中学の同級生が働いているなんて思わなかったからついはしゃいでしまって。

今度また改めて来るわね。それじゃあ」


再びニコッと微笑むとくるりとドアの方へと体を向けた。


何事もなく終わる…。


宏樹のおかげで十分に味わえたコーヒーの余韻にでも浸ろうとした時、工藤はあ…と何かを思い出したかのように振り返った。

「ここに来る前に寄った和菓子屋にとても可愛らしい黒髪の女の子が働いていたの。

少ししか話していないのだけど、あたし何だかあの子のこと気に入っちゃった。

今度ここでゆっくりお話してみようかしら。きっとみんなも可愛いって言うと思うわ。

ね、爽馬?」


「な!?」


カランカラン


俺が工藤の方へと目を向けた時には店のベルが客の帰りを知らせていた。

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