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第5話

カーテシーを終えたルリータは、可愛らしく笑いながらバグザルドを指さす。


「初対面でなんですが、()()、返してもらってもよろしいですか?まだまだ必要なんですよね。それ。」


相変わらず、魔道国のバグザルドに対する扱いは酷いようだ。

しかも鞘までもが、魔道国中枢の思考に侵されているとは。


“国のため、国民は皆、身をささげるべし。それはやがて大義となる。”


その思考に則り、バグザルドは今まで虐げられてきた。

国の中心から離れるほどに献身主義的思考は薄まるが、そんなものはバグザルドに何の影響も与えなかった。


彼は“国の所有物”。


いくら酷い扱いを受けていようと、彼が居なくなれば魔道具は使えなくなり、国民である彼らは今の便利な生活を送れなくなる。

そのためならば、一人の犠牲さえ厭わない。

それにバグザルドは特殊能力者。

人とは言えない化け物なのだから、人とは違うのだから、傷つけても構わない。

歯を食いしばり、マチルダは彼らの前に立ちはだかった。


「“青聖の一徹者”。それがバグザルドの通り名だ。間違っても空け者(うつけもの)などと、それも魔道国民が、口にするな…!」


彼女の気迫に、彼らは恐れるように顔を青ざめさせ、数歩後退する。


「っ、そ、そんな強気でいても良いのかしら?」


ルリータが遠隔操作用の魔道具を起動すると、バグザルドは再び苦しみ始めた。


「バグザルド!」


まるで自分の手の中に、バグザルドの命があると示すかのような行為。

電源を落としたのかバグザルドの意識が戻る。


「ここ、は…。…え、ル、ルリータ…!」


視界の端にルリータの姿を見つけ、バグザルドの体は恐怖に震えだす。

なぜ、これほどまでに恐怖を感じているのか。

バグザルドを落ち着かせるように手を握るが意味はない。


「落ち着け、バグザルド!私がいる!」


「マチルダ、駄目だ、駄目だ…!」


そのやり取りを見ていたルリータは再び魔道具を起動させ、バグザルドを苦しめる。


「やめろ!」


しかしルリータはマチルダを無視してバグザルドに話しかけた。


「ねぇ、バルド~。私、とっても悲しいの~。あなたが、私のそばからいなくなったって聞いて、涙が出ちゃったくらい。こういうときって、どうするんだっけ?ね、バルド~。教えたよね、私。」


息も絶え絶えのバグザルドは、無理やりに体を起こそうとする。

それをマチルダは止めるが、当の本人が拒否した。


「…ごめ、ん、マチルダ。…行かなくちゃ、駄目なんだ。」


フラフラとした足取りで、彼はルリータの元まで生き、彼女の前で平伏する。


「ん、良い子ね~、バ~ルド~。」


頭を撫でられたバグザルドは、ただひたすらに、ルリータの名前を繰り返す。

ルリータがいなければ駄目だと。

ルリータ無しでは生きていけないと。

彼女の足に縋りつき、ただルリータの許しを請う。


「ごめんなさい…。ごめんなさい…。」


それはまさしく、奴隷のように。


「良い子のバルドには、ご褒美をあげる。」


落とされるキスを受け、彼は歓喜の涙を流しながら感謝の言葉を何度も何度も口にした。

その光景を前に、マチルダは怒っていた。


「バグザルドに、何をした…!」


特殊能力者と鞘は、確かに特殊能力者の方が鞘を求める関係だ。

しかし彼らの間に上下関係など存在しない。

互いを支え、守り、生きていく。

歴代の特殊能力者と鞘は、その関係を守りながら生きてきた。

その関係が友だろうと恋人だろうと関係はない。

どちらかが一方を使役することなどあってはならない。


皆同じ生き物であるのだから。


縋りつくバグザルドを撫でながら、ルリータは悦に浸るように笑う。


「簡単なことですよ。暴走極限まで追いつめて、教え込むんです。どうすればその苦しみから解放されるのか、与えられる存在は誰なのか、懇切丁寧に。良く出来たらご褒美を、出来なかったら罰を。それをただ繰り返すだけ。」


簡単でしょ?と首を傾げる

可愛らしい見た目の彼女が、言葉を話す得体のしれないものに感じられた。

動こうとするマチルダをルリータは止める。


「止めた方が良いですよ。バルドのためにも、あなたのためにも。」


バグザルドのため、なら分かるが、自分のためにも、とはどういうことか。

理解できないでいるマチルダを馬鹿にしたように見て、ルリータは後ろに控える魔道騎士に支持を出す。


()()をここに。」


元から用意されていたのだろう。

すぐに運ばれてきたものは、台車の上にある布を被った四角形の何か。

ずいぶん大きいが何だろう?と見ていたマチルダは、取られた布の下のいた人物に驚かずにはいられなかった。


「そこで何をしているんだ?!国王!」


整い過ぎた顔でニコニコと笑いながら、人が一人入る檻の中にいる国王フィンリー。


「ガハハハハハ!いや~、うっかりうっかり!」


「うっかりで国王が捕まってたまるか!!」


檻の中で胡坐をかいて寛いでいる。


「マチルダが部屋を出てすぐに襲われてしまってな!抵抗しようとしたのだが、マチルダを追いかけるよりも早いかと思って、そのまま捕まった、というわけだ!だが動けん!これは誤算だった!ガハハハハハハ!」


「笑い事じゃない…!」


檻の中にいなければ一発殴りたいほど、なんとうかつな国王だろう。

動けない、とはどういうことだろうか。

疑問に答えるためにルリータは金のブレスレットを取り出した。

フィンリーの首にも、金の首輪がつけられている。


「っ…!」


「さぁ、怪物姫。貴方のだい~じな鞘を傷つけられたくなければ、言うことを聞いてもらいます。」


マチルダは何もできない自分を情けないと思った。

しかし、友を、目の前の憎たらしい笑顔で筋肉だるまの王を、皆殺しにすることなどできはしない。

力を抜くマチルダに、ルリータは魔道騎士たちを向ける。


「まずは口を塞ぎなさい。能力者は能力使用の際に、呪文を吐かないといけないんだから。口さえ塞げばただの人間よ。」


無抵抗でされるがままのマチルダ。

やがて手と足も縛られ、魔道騎士に抱えられる。


「さて、お目当てのモノは回収できたのだし、帰りましょう。っと、その前にこの国を滅ぼさなきゃだった。」


「!」


「だって~そう指示されたんですもの。貿易国はどこの国も欲しがる貿易中継地点。豊富な物資や人材とかも揃ってる。国王も、能力者もいない国なんて、簡単に滅ぼせちゃうでしょ。滅ぼした後は、私たちが有効活用するの。」


滅ぼさせてはいけない。


マチルダはこの二週間を思い出す。

特殊能力者であるだけでなく、マチルダは世界三強の一人。

国家一つなど簡単に滅ぼすことが出来る。

いくらフィンリーがマチルダにとって鞘だったとしても、フィンリーを傷つけずに滅ぼせばいい。

しかし国民はマチルダを暖かく受け入れてくれた。

脱走が繰り返されるにつれて、なぜか歓声が上がっていたが。

優しく笑顔で、普通の人間のように接してくれる。


だから、マチルダは脱走したかった。


いつか自分が暴走した時に、その暴走に巻き込まれて生まれる多くの死体や、住む場所を追われた彼らの姿を見たくなかった。


マチルダはこの国の民を、愛してしまった。


自分の馬鹿さ加減に笑うことさえできない。

笑う暇があるのなら、この状況を何とかしろ。

決意を新たにしたマチルダの首元。


「失礼しますね。」


「…?!」


小さな痛みだった。

何が起きたのか分からなかったが、一歩身を引いたルリータの手に握られているのは注射器。


「滅ぼす~って決まった時に、私、すっごい天才的なこと思いついたの。私たちが単純に滅ぼすんじゃなくて、本人に、滅ぼさせてあげようって。」


すり…と注射器に頬ずりするルリータのおぞましさに体が震えたのかは分からなかった。

だがやがて大きくなる震えに、それだけではないことが分かる。


頭が熱い。いや、脳が、熱い。

いや、それだけではない。

からだのすべてが、あつくてあつくてたまらない。


「あ、がぁ…!!!」


苦しみに悶え、暴れ出すマチルダを、抱えていた魔道騎士は悲鳴をあげながら放り出した。


「これ、暴走を促す魔道具なんです。あ、バルドに作ってもらって、さらに、実験もしてるので安心してください!暴走後の副作用とか全然無いので、ちゃーんと、あなたが滅ぼした国がどうなったのか、見ることが出来ると思います!」


ルリータの言葉はマチルダに絶望を与えた。

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