21-3 ママ③
ケルヴェイン家の庭は露壇式庭園となっていて、幾何学模様に刈られた長い垣根が迷路のように道を成していた。
その中を神太郎とルメシアのカップルが行く。
「手の込んだ庭園だな。鬼ごっこが出来るぞ」
「我が家の自慢の庭でね。代々の国王がいらっしゃったこともあるのよ」
庭全体が幾何学的な図形で構築され、それを飾るように花壇、噴水、更には半裸男性の彫刻まであった。日本なら観光名所になっていそうな大層な出来栄えである。
「凄いな。流石にここまでの庭は無理だわ。普通の芝生の庭でいい」
「そうは言うけどさ、庭付きなんて買えるの? 衛士の給料なんて高が知れてるし。神太郎も門番をしているから知っていると思うけど、今キダイには移民が押し寄せていて住宅の価格が急上昇しているのよ?」
「その辺は大丈夫。庭付き一戸建てが手に入る手筈だ」
神太郎が自信満々に答えるので、ルメシアもそれ以上は問わず。ここは彼の面子を尊重することにした。
やがて、垣根の道は広場へと出る。
そこでは一人と一頭がボールを使ってじゃれ合っていた。利発そうな少年と大きな犬である。その彼がルメシアに気づいて「お姉様」と呼ぶと、彼女も彼を呼び寄せて神太郎に紹介する。
「紹介するね。弟のアルマ」
「初めまして、お義兄様。ケルヴェイン家嫡子のアルマと申します。今年で十二になります」
背は低めの痩せ型。運動より読書や勉強が好きそうなお淑やかそうなお子さんだ。
「こちらは愛犬のポロムズ」
次いで紹介された犬の方は、毛の短い猟犬のようだが躾はなされているのかちゃんとお座りをしている。犬まで気品に溢れているとは、流石大貴族のペットである。
「これはご丁寧に。三好神太郎、十七歳。独身。趣味はリフティング。好きな食べ物は氷砂糖」
ならばと、神太郎もまた丁寧に答えた。ただ、アルマには一つ気になる言葉が。
「リフティング? リフティングとは何ですか?」
「リフティングを知らないのか? やってみせるよ」
神太郎は彼が持っていた頭大のボールを受け取るとトン、トン、トンと足でお手玉をしてみせた。
アルマは「おお」と感嘆し、ルメシアも「器用ねー」と感心する。
更に、頭や肩まで使うと二人は拍手をした。
「こんな風に地面につけずにボールを上げ続けるんだ。但し、手や腕は禁止だぞ。やってみろ」
「は、はい」
アルマも挑戦。……が、たった二度蹴っただけで失敗。案の定、運動は苦手そうな子だった。
その後も続けるも中々上手くいかず。三度目にすら達せられない。ちょくちょく明後日の方向に行ってしまうボールを追いかけていた。それでも挑戦し続けたのは好感がもてる。
「難しいですね」
「初めてはそんなものだ」
そしてもう一度試すと、遂に三度目に達した。
……ポロムズが。
アルマがこぼしたボールを、愛犬が鼻でリフティングし返してくれたのである。
それをすかさず神太郎が蹴り拾い、そのうち神太郎とポロムズの二人でパスし合うようになった。流石、大貴族のペットである。賢い上に、運動神経抜群だ。
「ポロムズの方が上手いじゃない」
ルメシアも愛犬に感心……というより、弟に落胆。彼も気まずそうだ。
「続ければモノになる。バランス感覚を養えるぞ。公爵家を継ぐなら鍛えた方がいいだろう? ユリーシャの家なんか、当主も息子もゴツかったぞ。あれぐらいになれ」
「あそこは軍人の家系だから。でも、アルマにはもう少し鍛えて欲しいわ」
神太郎の言葉は無茶振りだったが、姉としてももう少し逞しくなってもらいたいところ。
しかし、本人には他に立派な夢がある。
「僕は学者になりたいんです。本を読むのが好きで、知識を身につけるのが楽しいんです。そういう生活を送りたい」
「へー。何の学者?」
「それはまだ……特には。決めかねているというか」
いや、立派とは言い難かった。神太郎の問いにも答えられぬところから、今はただ本が好きというだけ。まぁ、十二歳で明確な夢をもつ方が珍しいか。
「せめて具体的な道を示してくれたならねー」
ルメシアが未来の当主を案じていると、そこに現在の当主が現れる。
「楽しそうな声が聞こえてきたと思ったら、こんなところにいたの?」
やってきたのはマダム。煌びやかなドレスに、美しく整えられた髪形、理想的なプロポーション。そして大きくはだけた胸元。歳は三十代後半というところだが、その妖艶な美貌はあらゆる世代の女性でも敵わないだろう。神太郎も目を奪われる。
「御機嫌よう。私がルメシアの母でケルヴェイン公爵家当主のフェリーゼよ。貴方が神太郎君ね」
「初めまして! 三好神太郎、十七歳。独身。趣味は……」
「ルメシアから色々聞いているわ。実はひっそりと働きぶりも見させてもらったのよ。娘の夫になる人の人柄は予め知っておきたいでしょう?」
「あら。で、どうでした?」
「……」
「……」
何故か置かれる微妙な間。
そして……、
「良かったわ~」
絶賛。
「気を張らず、とても伸び伸びと働いていて。仕事でストレスを抱えちゃ夫婦仲も上手く回らないものね」
「全くもってその通り」
「それに、とてもお強いんですってね。魔族すら討伐してしまうとか。逞しい男性なら娘を護ってくれるでしょう」
「全くもってその通り」
「何より気に入ったのが、そのモテぶりね。ルメシアの他に二人も恋人がいるなんて。私の娘の夫なんだから、それぐらいモテてもらわないとね」
「全くもってその通り!」
フェリーゼの言葉に、そうだそうだとニコニコ顔で頷く神太郎。そしてルメシアはというと、そんな二人を苦虫を噛み締めたような表情で見ていた。
これが彼女が二人を会わせたくなかった理由である。
性格が滅茶苦茶似てたのだ。
「私もね、未婚で特定の夫はいないのよ。恋人はたくさんいるんだけどね」
「そうなんですか?」
「皆、それぞれ良いところがあるからね。結婚して一つだけしか味わわないなんて勿体ない人生じゃない」
「全くもってその通り! いやー、シンパシーを感じるなー」
意・気・投・合。
恋人と親の仲が良いのは喜ばしいことだ。思っていた形とは違ったが、結婚挨拶も大成功だろう。されど素直に喜べない。ルメシアは何とも言えぬ悶々としたものを抱えてしまった。
ただ、その悶々としたものの正体はすぐに判明する。
「アルマも可愛くて好きなんだけど、やっぱり逞しくて立派な男らしい息子も欲しいと思っていたのよね。親御さんは旅に出ていて留守なんですって? 独り身で大変でしょう。だから、私のことを母親と思って甘えてくれていいわ」
「母親? ……ママ!?」
「ええ、私は貴方のママよ♡」
「ママー!」
新しい息子は感極まり、新しい母親に抱きつく。母性に飢えていた少年は、それが溢れた豊満な胸に顔を埋めその温もりを味わった。
「よしよし、寂しかったのね」
母親もまたそんな彼の頭を優しく愛おしく撫でる。ただ、その眼差しは母というより一人の女のものだったが。
実の息子のアルマも、二人の仲が良いことは歓迎である。
「初対面でお母様とここまで気が合うなんて珍しい」
そして、結婚が許された姉に祝福の視線を送る………………が、
「良かったですね、お姉様……ひっ!?」
閉口。
瞠目し、言葉を失った。
隣のポロムズも怯え震えている。
彼らは見てはならぬものを見てしまったのだ。
のちにアルマは語った。
あの時の姉の形相は、この世のモノとは思えないほどおぞましいものだったと。
―ママ・完―




